5-1
「知子さー、ここのところ元気ないよね?」
私、弓野つかさは、平日だけれども時間が合ったのでショッピングなど少しばかり一緒に楽しんだ帰りの道で、友人の平瀬知子に言った。
「うん……」
知子は小さくうなずいた。ただ、元気じゃないといっても、このコは通常でも快活という状態はないのだが。
「もしかして、相原穂南が活動を休止したから?」
「まあね」
相原穂南は、曲によって、激しくギターを弾いたり、しっとりとピアノを奏でたり、楽器はなしで情感を込めてマイクスタンドで歌ったりするスタイルで、私たちと近い年齢の、人気のシンガーソングライターだ。
ろくに娯楽に興じることがなく、スマートフォンを手にするのさえめったにしない知子の、唯一と言っていいくらいの趣味が彼女の曲を聴くことなのである。しかし、それに関しても、あまりに味気ない暮らしぶりの知子を見かねた私が勧めたのがきっかけなのだけれど。
相原穂南が活動を休むと発表したのは唐突な印象で、理由は定かではない。一説には、世の中の平和のために歌うというポリシーの彼女に、「音楽で世界が平和になるわけないだろう。いい大人が、そんなもんわかっているくせに。この偽善者め」と猛烈に批判した人たちがいて、それに対して彼女が激しく落ち込んでしまったとか、そうではなく、彼らに反撃の言葉を返して、その内容や語調がひどくてトラブルになったから自粛に追い込まれたとか言われているが、とにかく真相は明らかになっていないのだ。
「ただでさえ彼女、新曲を頻繁にリリースするタイプじゃないのにね。次はいつになることやら」
私はそう口にした。
「それは別にいいよ」
「え? じゃあ、なに、あの人が心配ってことなの?」
「うん」
「いやいや、大丈夫っしょ。身内でもないのに、そんなに真剣に心配してたら、くたびれちゃうよ。新曲のリリースは少なくても、ライブとか活動は精力的にやってたし、単に休みたかっただけで、今頃元気に遊び回ってる可能性もあるんだから、気楽に考えなよ。わかった?」
「うん……」
またコクリと首を縦に振りながらも、知子はやっぱり心配そうだった。
やれやれ。真面目で優しいのは結構だけれども、こんなことなら相原穂南の曲を聴くのを勧めたりするんじゃなかったと、私まで落ち込んじゃうよ。
「あ。じゃあね」
並んで歩いていたが、別れる地点に着き、私はそう声をかけた。
「うん、バイバイ」
知子は私のために、そこはしっかりと手を上げて応えてくれたのだった。
私の友人で、もう一人心配な相手がいる。坂口靖恵というコだ。私も靖恵も知子も現在会社に勤めていて、二人とは学生時代からの付き合いだ。靖恵とは中学校、知子とは中学校と高校が一緒のところだった。なので、靖恵と知子も同じ中学だからお互いに顔見知りだが、二人は友達と呼べる関係ではない。
その靖恵は、知子とは正反対で、近頃すごく元気なのである。元気なのになぜ心配なのかというと、靖恵は私たちが出会った学生のとき、勉強がかなりできる生徒だったのだけれども、いつもブスッとして機嫌が悪い感じで、明るくなった最近までずっと同じと言える人間性だった。要するに、ちょっとキャラが変わった印象なのだ。そんな大きな変化、嫌でも気になる。普通に嬉しいことがあったりした結果ならば良いが、例えば今まで浮いた話を聞いたことがまるでなかったし、結婚詐欺に引っかかっているなんて可能性だってゼロではないだろう。
それで、彼女とも遊んだタイミングで、本人に尋ねてみることにした。
「ねえ、ここのところの靖恵、やけに元気じゃない? 何か良いことあった?」
「え? 別に」
靖恵は、あっけらかんと、本当に何もない様子で返事をした。
「うそ。だって、私たち知り合って、もうけっこう経つよね? そんな靖恵を見るの初めてだよ。彼氏でもできたんじゃない?」
「できてないよ」
また軽い調子の返答だ。んー?
「本当に?」
「うん」
「だったら、どうしてそんなに明るくなったの? 教えてよー」
私がしつこく問いかけたことで、靖恵は少しの間黙って、どうするか考えたようで、再び口を開いた。
「わかった。じゃあ、教えてあげるから、今度うちにおいでよ」
何だ、思った通り、ちゃんと理由があるんじゃん。でも——。
「あんたん家に? ……そう。了解」
自宅に招くだなんて、やっぱり恋人がいて、紹介する気なんじゃないの?




