第九十六話 雷と剣2
静寂が訓練場を包む。
風が一度だけ吹き抜け、砂埃がゆっくりと舞い上がった。
ヴァルクは何事もなかったかのように剣を軽く振り、付着した砂を払ったかと思うと剣を静かに鞘へ納めた。
――カチリ。
小さな音だけが響く。
「……終了しました。」
その声で、ようやく皆が我に返る。
「……お、おぉ。」
「終わった……。」
「あれで?」
「あっという間だったな……。」
ざわつきが少しずつ広がる。
教師は倒れた三体の魔法人形へ歩み寄った。
膝をつき、一体ずつ丁寧に確認していく。
獣型の脚、重装型の首元、術師型の手元...
どれも必要最小限の損傷しかない。
教師はしばらく無言だったが、やがて立ち上がってヴァルクに呼びかけた。
「ヴァルク。」
「はい。」
「なぜ壊さなかった。」
突然の問いだった。
周囲の生徒も耳を傾ける。
ヴァルクは少しだけ人形へ視線を向けた。
「壊す必要がありませんでした。」
「理由は。」
「動けなくなれば、それで十分です。」
教師は腕を組む。
「……続けろ。」
ヴァルクは淡々と答えた。
「敵を倒すことより、戦闘を終わらせることが目的です。壊し過ぎれば修理にも時間が掛かりますし、必要以上に魔力も消費します。だから最小限で済ませました。」
その口調は当たり前のことを説明しているだけだった。しかし、リーバはぽかんと口を開けていた。
(そこまで考えて戦ってんのかよ……。)
自分なら風魔法でまとめて吹き飛ばしていた。
細かいことなど考えたこともない。
教師の口元が、わずかに緩んだ。
「面白い。」
その一言だけだった。
学院の教師が生徒を褒めることは滅多にない。
だからこそその言葉の重みは大きかった。
「だが。」
教師は重装型の人形を指差す。
「正面から盾を崩したな。普通なら回り込む。」
ヴァルクは頷く。
「はい。」
「なぜ正面だった。」
少しだけ間が空いたあと、ヴァルクは静かに答えた。
「実戦では後ろに守る人がいるかもしれません。だなら回り込めません。」
その一言で、訓練場が静まり返る。
教師も何も言わない。
リーバはヴァルクの横顔を見る。
(……守る人。)
その発想が最初に出てくるのか。
勝つためではなく守るための戦い。
ヴァルクの剣は、そのために振るわれている。
教師はゆっくりと頷いた。
「……なるほど。よく考えられている。」
その時だった。
「兄さん!」
カイルが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「今の最後の受け流し、前より速くなっていました!」
「そうか。」
「はい! あと踏み込みも半歩短く――」
「カイル。」
「はい?」
「分析は後だ。」
「あ……。」
カイルは少し照れくさそうに笑った。
「すみません。」
その様子を見ていたリーバが吹き出す。
「ははっ!」
カイルが首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「いや。」
リーバは笑いながら頭をかいた。
「お前、兄貴のこと好きすぎるだろ。」
「はい。」
カイルは迷いなく即答した。
「兄さんは昔からすごいです。努力家ですし、強いですし、優しいですし...尊敬しています。」
リーバは思わずヴァルクを見る。
ヴァルクは少しだけ困ったように息を吐いた。
「……言い過ぎだ。」
「そんなことありません。事実です。」
兄弟のやり取りに、教室中から小さな笑い声が漏れる。セレナも口元を隠しながら微笑んでいた。
その穏やかな空気を破ったのは、リーバだった。
「ヴァルク!」
訓練場中に響く大声。ヴァルクがリーバの方を見た。
「なんだ。」
リーバは不敵に笑う。
「次は私と勝負しろ。」
その言葉を聞いた教師が眉をひそめる。
「リーバ。授業中だ。」
「いいじゃないですか!」
「よくない。」
即答だった。
周囲から笑いが起こる。
リーバは頬を膨らませる。
「ちぇっ。」
それでもヴァルクから目を逸らさない。
「でも覚えとけ。」
真っ直ぐな瞳で言う。
「私はお前と同じくらい強いぞ」
ヴァルクはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷か答えた。
「……ああ。楽しみにしている。」
その短い返事だけで十分だった。
リーバは思わず笑みを浮かべる。
(よし。絶対勝ってやる。)
その日から学院では、事あるごとに二人が競い合うようになる。良き友人であり、良きライバルになったのだ。後にこのライバル関係が、お互いを王国屈指の魔法使いへと成長させていくのだった。




