第九十七話 負けず嫌い
教師が手を叩く。
「よし、実技はここまで。」
緊張が解け、生徒たちは一斉に息をついた。
「午後からは二人一組で模擬戦を行う。勝敗よりも連携を見る。ペアは午後に発表する。」
そして午後、実技演習場には再び生徒たちが集まっていた。
午前中までの緊張は少し和らぎ、あちこちで感想を話し合う声が聞こえる。
「リーバの風魔法、すごかったな。」
「いや、ヴァルクだろ。」
「詠唱してなかったよな?」
「見間違いじゃないか?」
「でもカイルも……。」
小さなざわめきは尽きない。
その中心にいる当人はというと、ヴァルクは訓練場の隅で静かに剣の手入れをしていた。
刃についた砂を布で拭き、鞘へ納める。
それだけの動作にも無駄がない。
カイルはその隣で目を輝かせていた。
「兄さん。」
「……。」
「さっき、最後の踏み込み、少し変えましたよね。」
「変えた。」
「やっぱり!」
カイルは嬉しそうに頷く。
「今までより重心が低かったです。」
「いつもより訓練場の地面が少し柔らかかった。」
ヴァルクは短く答える。
「沈む。だから変えた。」
「なるほど……。」
カイルはすぐに小さな手帳を取り出し、何かを書き始めた。
「柔らかい地面では踏み込みを——」
「カイル。」
「はい?」
「今じゃない。」
「あ……。」
カイルは苦笑いしながら手帳を閉じる。
「つい癖で。」
そのやり取りを少し離れた場所から眺めていたリーバは、思わず吹き出した。
「なんだあいつら。」
セレナが隣へ歩いてくる。
「仲が良いんですね。」
「良いっていうか……。」
リーバは腕を組んだ。
「兄貴好きすぎだろ。」
セレナは小さく笑う。
「微笑ましいです。」
リーバはセレナをちらりと見る。
そういえば彼女は王族だ。リーバは王族に興味がなかったので兄弟がいるのかどうかも知らない。
聞こうか迷ったが、ちょうどその時、パン、と乾いた音が訓練場へ響いた。
教師だった。
「私語は終わりだ。」
全員が教師を見る。
「午後の課題へ移る。」
生徒たちの空気が再び引き締まる。
教師は名簿を開いた。
「これから二人一組で模擬戦を行う。目的は勝敗ではない。互いを理解し、連携すること。相手の長所を活かし、短所を補え。それが実戦だ。」
教師はゆっくりと名前を読み始める。
「アーノルド、レイン。」
「はい。」
「クラウス、メイ。」
「はい。」
次々と組み合わせが決まっていく。
リーバは足先で地面を軽く蹴りながら考えていた。
(ヴァルクと組めたら面白いんだけどな。)
強い相手ほど燃える。
できれば隣で戦ってみたい。
そう思っていた。
「リーバ・ボレアス。」
「はいっ」
思わず返事が弾む。
「セレフィーナ・ヴェイル。」
「……え?」
二人同時に顔を見合わせた。
セレナは少し驚いたあと、ふわりと微笑む。
「よろしくお願いします。」
丁寧に頭を下げる。
リーバも慌てて頭を下げ返した。
「あ、ああ!よろしく!」
(違ったか……。)
正直に言うと、少しだけ残念だった。その様子を教師は見逃さない。
「何か不満か。」
「いえ!」
リーバは背筋をピンと伸ばす。
「ありません!」
教師は小さく頷き、再び名簿へ目を落とす。
「ヴァルク。」
「はい。」
「カイル。」
「はい。」
一瞬、静まり返ったあと。
リーバが腹を抱えて笑い出した。
「ぶっ!兄弟じゃねぇか!」
周囲もつられて笑う。
教師は平然としていた。
「問題あるか。」
「いや、ないですけど!」
「連携を見る。」
教師はそれだけ言った。
「最も息が合う者同士から始める。」
カイルは嬉しそうにヴァルクを見る。
「よろしくお願いします、兄さん。」
「ああ。」
「今日は兄さんの邪魔をしないように頑張ります。」
「邪魔になったことはない。」
ヴァルクは何気なく答えた。
その一言に、カイルは少し目を丸くしてから照れたように笑った。
「ありがとうございます。」
リーバはその様子を見ながら、腕を組む。
(なんだよ。あんな一言で嬉しいのか。)
でも2人のやり取りを聞いているリーバは少しだけ羨ましかった。
自分にはあんなふうに背中を預けられる相手はいないからだ。
セレナがそっと声を掛ける。
「リーバさん。」
「ん?」
「私たちも頑張りましょう。」
リーバはニッと笑う。
「うん!まずは勝つ!」
「えっと……。」
セレナは苦笑する。
「勝敗は関係ないそうですよ?」
「関係ある!」
リーバは胸を張った。
「なにせ、私は負けず嫌いだからな!」
その元気な声に訓練場には再び笑いが広がった。
遠くでヴァルクがほんの少しだけ口元を緩めたことにその場で気付いた者は誰もいなかった。




