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第九十五話 雷と剣

教師の合図と同時に三体の魔法人形が一斉に動いた。

重装型は大盾を構え、地面を揺らしながら正面から迫る。

獣型は低く身を沈め、左右へ軌道を変えながら一気に間合いを詰める。

術師型は後方へ跳び退き、すでに詠唱を始めていた。


「『風よ──』」


術師型の詠唱が聞こえ始める。

その様子を見ながら、リーバは小さく頷いた。


(まず後衛を潰すか、それとも足の速い獣型から……。)


リーバがそう考えている間もヴァルクは動かなかった。ヴァルクは剣の柄へ、静かに右手を添えるだけ。


「……?」


リーバは眉をひそめる。

獣型はもう目の前だ。

今から詠唱していては間に合わない。


(遅い。)


だが、ヴァルクは口を開かなかった。


「……え?」


セレナが思わず声を漏らす。

誰もが耳を澄ませる。

魔法を使うなら、詠唱が聞こえるはずだった。

しかし聞こえない。

風の音だけが訓練場を吹き抜ける。

そのとき、ヴァルクの足元に、淡い光がふっと浮かんだ。

本当に一瞬だった。

水面に月が映るような、儚い紫色の光。

何かが描かれたようにも見えたが、それを確認する間もなく消えてしまう。


「今……。」


リーバが目を凝らす。


(見間違いか?)


誰もがそう思うほど短い時間だった。


かと思いきや次の瞬間、ヴァルクが一気に踏み込んだ。


「速っ……!」


リーバの目が見開かれる。

踏み込みに迷いがない。

獣型の牙がヴァルクに届くより、一瞬早くヴァルクはその懐へ滑り込んでいた。

大きく振りかぶることはしない。

肩も肘もほとんど動かない。

手首を返すような、小さな一閃。


キィン――。


乾いた金属音。

獣型の前脚が切り離され、勢いのまま地面へ転がる。

しかしヴァルクは追い打ちをかけない。

静かに剣先を人形へ向ける。


パチッ。


小さな音が鳴った。

青白い光が一瞬だけ刀身を走る。

次の瞬間、獣型の体がびくりと震え、そのまま完全に動きを止めた。


「……。」


訓練場が静まり返る。

リーバは瞬きも忘れていた。


(今、何した……?)


斬ったのは分かる。

でも、それだけでは終わっていない。

何かをした。

だが、それが何なのか見えなかった。

教師も黙って獣型を見る。


「……。」


何も言わない。

ただ、その目だけが少し鋭くなっていた。

その間にも重装型が盾を構え突進し、鈍い足音が地面を震わせる。

リーバは思わず叫びそうになる。


(そっちは正面からじゃ無理だ!)


何故なら重装型が身につけているものは分厚い魔鋼製の盾であるからだ。

魔法で吹き飛ばすならともかく、剣で相手をするような装備ではない。

しかしヴァルクは足を止めない。

真っ直ぐ盾へ向かって走る。


「おい!」


リーバの声が漏れる。

ぶつかる。

そう思った瞬間ヴァルクは半歩だけ身体をずらした。

盾の縁を剣でほんの少しだけ軽く払う...それだけだった。

だが、重装型の身体が大きく泳ぐ。


「え……?」


盾の重心が崩れた。

その一瞬の隙へヴァルクは迷わず踏み込み、喉元へ剣先を添える。

今度も一瞬、また、あの青白い光が走る。

重装型はその場で膝をつき、動きを止めた。


「二体……。」


セレナが小さく呟く。

まだ三十秒も経っていない。

残るは術師型だけ。

後方では、ようやく詠唱が終わろうとしていた。


「『我が前に集え、雷よ──』」


術師型が手を掲げたその瞬間、ヴァルクが初めて左手をゆっくりと前へ差し出した。

やはり、詠唱はない。

ただ、一瞬だけまた、あの淡い光が足元を走った。

次の瞬間――。


バチッ!!


鋭い雷鳴が訓練場へ響いた。

青白い稲妻が一直線に走る。

術師型の掲げた手だけを正確に撃ち抜いた。


術師型の発動しかけた魔法は暴発することもなく消え去り術師型は力を失ったようにその場へ崩れ落ちた。

1分もしないうちに終わったその光景を見て、誰一人、すぐには声を出せなかった。

リーバはゆっくりとヴァルクを見る。


(あいつ……。さっきから、一度も詠唱してない。)


その疑問はまだ誰の口からも言葉にはならなかった。

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