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第九十四話 実技試験

午前中のやわらかい日差しが訓練場を照らしていた。

A組の生徒たちは広い演習場へ集められている。

新入生たちは期待と緊張が入り混じった表情で立っている。


「今日から実技を始める。」


担当教師の低い声が響く。


「魔法学院では実力が全てだ。身分も家柄も関係ない。王族も、貴族も、平民も同じ条件で評価する。」


その言葉に、生徒たちの空気が引き締まる。

教師は名簿を閉じた。


「まずはAクラスの魔力量と魔法の精度を見る。一人ずつ前へ。」


最初の数人は火魔法、水魔法を放つ。


「火球、直径四十センチ。...水刃、形成速度良好。」


「次。」


リーバから見ても他の生徒はみんな優秀だった。

さすが王立学院に集まった人間だ。


「リーバ・ボレアス。」


「はい」


リーバは勢いよく前へ出る。


「目標はあの岩だ。」


教師が指差したのは、人の背丈ほどある大岩だった。


「壊せばいいんですよね?」


「壊せ。」


リーバは口角を上げた。


「わかりました」


右手を前へ突き出し、詠唱する。


「吹き飛べ!」


その瞬間、轟音と共に暴風が巻き起こり風が一直線に岩へ叩きつけられる。

かと思うと次には岩が粉々に砕け散っていた。

砂煙が舞う。

周囲から歓声が上がる。


「すげぇ!」

「一撃だ!」


教師も少し目を見開いた。


「……合格。」


リーバは振り返る。


「どうだ!」


得意げな笑顔。

教室から拍手が起こる。


「次、セレフィーナ・ヴェイル。」


セレナは静かに前へ出る。

派手な動きはしない。

胸の前で両手を合わせ、小さく祈るように目を閉じ、詠唱する。

するとセレナを囲むように淡い金色の光が広がる。

それは優しく、温かく、眩しいほど美しい光だった。

ボレアスによって砕けた岩がゆっくりと元の形へ戻っていく。


「修復魔法……。」


教師が思わず呟く。


「この年齢でここまで完成しているとは。」


セレナは小さく頭を下げた。


「ありがとうございます。」


リーバが目を丸くして言った。


「壊すより難しそうだな。」


セレナは照れくさそうに笑った。


「父にたくさん練習させられました。」


「次、カイル。」


カイルは静かに前へ出る。


「攻撃魔法を。」


教師が言う。


「はい。」


しかしカイルは詠唱を始めようとはしなかった。

かわりに右手を少し前へ出すだけ。

すると空中に幾何学模様の魔法陣が幾重にも展開された。

幾何学模様が何重にも重なり、美しく回転する。

教室が静まり返る。


「……魔法陣?」

「詠唱してないぞ?」


先生も目を見開く。

魔法陣が回転し、

雷が一本走る。


「……?」


教師が首を傾げる。

すると次の瞬間、雷が空中で幾重にも分岐し、標的だけを正確に撃ち抜いた。

他には一切傷をつけない。


「制御……。」


教師が驚く。


「ここまで精密なのか。」


カイルは少し考えてから言った。


「魔力効率を32%改善しました。」


教室が静まり返る。


「32%?」


「どういう意味?」


リーバだけが苦笑した。


「分かんねぇ。」


セレナも困ったように笑う。


「私もです。」


ヴァルクだけは静かに頷いていた。


「……よくできてる。」


その一言だけだった。

ヴァルクのその言葉が聞こえたようで、カイルの表情が一瞬だけ明るくなる。


「ありがとうございます、兄さん。」  


それからしばらくして教師は名簿へ目を落とした。

紙をめくる音だけが訓練場へ響く。

やがてその手が止まった。


「……次。」 


静かな声が辺りへ広がる。


「ヴァルク。」


教室の空気がほんの少しだけ変わった。

端に立っていた少年が小さく返事をする。


「はい。」


その声は相変わらず淡々としている。

必要以上に大きくもなく、小さくもない。

ただ呼ばれたから返事をした...それだけだった。

ヴァルクはゆっくりと歩き出す。

一定の歩幅で姿勢は真っ直ぐ。

周囲の視線など気にも留めていない。

その腰には一本の剣。

朝からずっと気になっていたそれを見て、リーバは思わず腕を組む。


(やっぱり持ってんのか。)


魔法学院で剣を下げている生徒なんて初めて見た。

ほとんどの魔法使いは杖を持つ。

近距離戦を想定する者でも短剣程度だ。

あんな長剣を日常的に持ち歩く人間など聞いたことがない。


「なぁ。」


リーバは隣のセレナへ小声で話しかけた。


「あいつ、なんで剣なんだ?」


セレナは困ったように首を横へ振る。


「私も初めて見ます……。」 


「だよね。」


教師もヴァルクの腰へ目を向ける。


「その剣。」


ヴァルクは顔を上げる。


「はい。」


「飾りではあるまい。」


「違います。」


「なら使うつもりか。」


「使います。」


あまりにも自然な返事だった。

教室のあちこちから小さな笑い声が漏れる。


「本当に使う気だ。」

「魔法学院なのに?」

「変わってるな。」


だがヴァルクは何も気にしない。

教師も表情を変えずに続けた。


「いいだろう。」 


教師が少し詠唱をすると地面に三つの光が灯る。

淡い光が徐々に形を成し、人ほどの大きさを持つ魔法人形が姿を現した。

一体は大盾を構えた重装型。

一体は四足で駆ける獣型。

そして最後は杖を握った術師型。

教師は三体を見渡しながら言う。


「実戦では敵は一人とは限らん。今回はこの三体を相手にしてもらう。」


ざわめきが広がる。


「三体同時?」

「一年最初の実技だぞ?」

「難しくないか?」


教師は続ける。


「制限時間は一分。倒す必要はない。無力化できれば合格だ。」


ヴァルクは静かに三体を見つめた。

視線だけが相手の動きを追っており、焦る様子もなければ、緊張も見えない。

教師が最後に尋ねる。


「準備はいいか。」


「はい。」


短い返事。

その声と同時に、訓練場全体が静まり返った。

誰もが息を呑む。

リーバも、腕を組んだままヴァルクから目を離さない。


(さて……。どんな魔法を見せてくれるんだ。)


教師は静かに右手を振り下ろした。


「――始め。」



ヴァルクはゆっくりと剣へ手を添えた。

カイルだけが、その姿を静かに見つめていた。


「兄さん……。」


思わず出た言葉は心配の気持ちからの言葉ではなかった。


兄が剣を抜く時はもう勝負は終わっていることをカイルは誰よりも知っていたのだった。

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