第九十三話 風は駆け、雷は黙る
王立魔法学院の正門には、新入生たちが溢れていた。
色とりどりのローブに包まれた学生たちの顔は緊張してこわばっていたり、期待に満ちた笑顔を見せていた。
国中から集められた魔法使いのひよこたちが、これから始まる学院生活に胸を躍らせている。
その中を一人の少女が大股で歩いていた。
風になびく緑色の長い髪。
背筋をぴんと伸ばし、周囲を見渡すその姿には迷いがない。
「……おぉ。」
思わず声が漏れた。
白い石造りの巨大な校舎、何本もの塔、広大な訓練場。
遠くには魔法演習用の湖まで見える。
「すごいじゃないか!」
少女――リーバ・ボレアスは、満面の笑みで両手を広げた。周囲の新入生が一斉に振り返る。
「……元気だな。」
「声でけぇ……。」
そんな視線など気にも留めずリーバは正門を見上げてさらに言う。
「今日からここが私の舞台ってわけだ!」
その瞬間、低い声が後ろから聞こえた。
「邪魔だ。」
リーバは振り返る。
そこには、一人の少年が立っていた。
紫の瞳の整った顔立ちをしており、腰には一本の剣。
魔法学院ではほとんど見ない本格的な長剣だった。
制服も皺ひとつなく整えられ、無駄な装飾は何もない。
静かな瞳だけが真っ直ぐ前を見ていた。
「悪ぃ悪ぃ。」
リーバが笑いながら道を空ける。
少年は軽く会釈をすると、そのまま校舎へ歩いていった。足音すら静かだった。
「……なんだ、あいつ。」
リーバは思わず呟く。
「剣?」
魔法学院で。
あんな堂々と剣を下げている奴は初めて見た。
「変な奴。」
それが第一印象だった。
入学式が終わる。
長い学院長の話リーバはすでに飽きていた。
ようやく式が終わり、指定されたA組の教室へ向かう。
扉を開けると、一番窓際の席にさっきの少年が座っており、もう教科書を開いている。
「またお前か。」
リーバは前の席へ座りながら声を掛けた。
少年は顔を上げる。
「……。」
「おい。」
「聞こえてるか?」
「聞こえている。」
短い返事。
「名前。」
「ヴァルク。」
「それだけ?」
「十分だ。」
リーバは吹き出した。
「十分じゃねぇだろ。初対面だぞ!」
ヴァルクは首を傾げる。
「名乗った。終わり。」
「終わってねぇ!」
教室のあちこちから笑い声が漏れた。
その時。
「ふふっ。」
優しい笑い声が聞こえる。
振り向くと、一人の少女が口元を押さえていた。
黄金色の髪で透き通るような白い肌。黄金の瞳がキラキラと輝いていた。
その立ち居振る舞いには気品があり、誰が見ても育ちの良さが分かる。
「ごめんなさい。」
少女は柔らかく微笑んだ。
「でも、お二人とも面白くて。」
「どこがだ?」
「自己紹介だけでこんなに賑やかな方、初めて見ました。」
リーバは笑った。
「そうか!私はリーバ・ボレアス!よろしくな!」
少女も軽く頭を下げる。
「セレフィーナ・ヴェイルです。セレナと呼んでください。」
その名前を聞いた瞬間、教室の空気が変わった。
いや、正しくはクラス分けで名前を言われた時から注目されていた。
「ヴェイル……?」
「やっぱり。」
「王家の第一王女……?」
セレナは困ったように笑う。
「はい。髪色で既にわかっている方もいらっしゃいましたが、その王家の者です。」
教室が静まり返り、誰もが近付かまいと席を立とうとした。でも、そんな中リーバはただ一言
「へぇ。」
それだけだった。
「王女でも腹減る?」
「え?」
「眠くなる?」
セレナは少し驚いたあと、小さく笑う。
「……なります。」
「だよな!」
リーバは豪快に笑った。
「安心した!同じ人間だ!」
教室中が呆気に取られる。
王女に対して、こんな態度を取る人間を初めて見たからだ。
しかしセレナはどこか嬉しそうだった。
その時だった。教室の扉が開く。
「失礼します。」
入ってきたのは、小柄な少年だった。
他の新入生より頭一つ低い。
年齢も明らかに幼い。
ざわめきが起こる。
「中等部の子が迷い込んだ?」
「見学か?」
少年は教壇へ進み、一礼した。
「カイルです。年下ではありますが飛び級でA組へ編入しました。これからよろしくお願いいたします。」
教室中がどよめく。思わずリーバが年齢を聞いた。
「飛び級!?何歳だ?」
「十三です。」
「十三!?」
リーバは目を丸くした。
「若っ!」
その時、窓際のヴァルクが静かに立ち上がる。
少年の前まで歩くと、短く言った。
「来たか。」
「はい、兄さん。」
教室中が固まる。
「...兄さん?」
その場にいた他の生徒が聞き返す。
カイルは当然のように頷いた。
「兄です。」
「……は?」
「飛び級なので学年は同じですが。」
ヴァルクは困ったように小さく息をついた。
カイルはもう一度前を向いて生徒たちに宣言をした。
「兄さんが王国一の剣士になるので。」
教室が静かになる。
「俺は、それを支える研究者になります。」
その言葉には迷いがなかった。
ヴァルクは何も言わない。
だがほんのわずかに、その表情が和らいだ。
それを見たリーバは思う。
(なんだ、この兄弟。変だけど……なんか面白れぇな。)
まだ誰も知らない。
この日出会った四人が、やがて王国の歴史を大きく変える存在になることを。
そして、この何気ない笑い合う時間が、二度と戻らないほど大切な日々だったことを。




