第九十二話 過去の記憶
闇の中へカイルの気配が完全に消えた。
森は静寂を取り戻したがリーバはその場を動かなかった。
夜風だけが頬を撫でる。
長く息を吐き、目を閉じる。
「……。」
数秒の静寂。
そして一言だけ暗闇に向かって言った。
「出てこい。」
だが、返事はない。
リーバはさらに言う。
「いるんだろ。」
すると木の陰が小さく揺れ、恐る恐る姿を現したのは――リオだった。
「...先生。」
リーバは眉を寄せる。
「いつからだ。」
リオは困ったように笑う。
「すみません...途中からです。」
「どこから聞いた。」
「『兄に似てた』ってところから。」
「……そうか。」
思わず小さく舌打ちをしてしまう。
そこを聞かれるのが、一番面倒だった。
「あの...すみません...聞くつもりはなかったんです...。先生がいなくて、待ってたんですけどあまりに長くいないから、探しにきただけで...」
リオは小さく頭を下げる。
「そうだとしても、夜に1人で行動するのは関心しないな。...たとえお前の馴染みの森でもな。」
「すみません...。」
リオは森を見る。
「なんだか眠れなくて。あと森って夜も静かで好きなんです。」
その言葉に、リーバは小さく笑う。
「夜になると、あいつも...ヴァルクもよく出歩いていた。」
リオは目を丸くする。
「そうなんですか?先生は僕の師匠を知っているんですか?」
「ああ。」
少しだけ昔を思い出すように空を見る。
「あいつは私と同期で...昔から校則違反の常習犯だ。...そして常習犯は私もだ。これは、秘密にしてくれるとありがたいが、私は教師になった今じゃ示しがつかないくらい昔は悪さもした。」
「へぇ。」
リオが少し嬉しそうに笑う。
育ての親と先生の知らない一面を知れた気がした。
やがてリオが口を開く。
「先生。」
「なんだ。」
「さっきの人、先生のご友人ですか?」
リーバはすぐには答えなかった。そしてしばらく沈黙が続いた後、どこか遠くを見つめてポツリと答えた。
「……知り合いだ。昔な。」
「やっぱりそれって、友達?」
「違う。」
即答だった。
「仲間?」
「それも違う。」
「じゃあ?」
リーバは苦く笑う。
「腐れ縁だ。」
リオは首を傾げる。
意味が分からない。
その様子を見て、リーバは肩をすくめた。
「仕方ないか。お前は知らないもんな。」
しばらく空を見つめ、そして静かに口を開いた。
「私とヴァルク。そして、さっきの男。みんな同じ学院で学んでいた。さっきの男はヴァルクの弟だ。」
リオの目が大きく開く。
「えっ。ヴァルクの弟って、カイルって人?昔ヴァルクが、弟は死んだって言ってました。」
リーバはちらっとリオの方を見ては答える。
「いや、本当は生きている。正しくは...死んだと取り扱われた人間だ。」
リオは2人が「教団」について話しているのを聞いてしまっていた。だからこそ、その言葉が気になるうえにどこまで質問して良いのかわからなくなった。そんなリオを見かねてか、リーバが口を開く。
「少しだけ昔話をするか。」
リオたちは焚き火の前へ歩いて行き、座り直した。
リオは膝を抱え、子どものように目を輝かせる。
「はい、聞きたいです。」
リーバはサッと自分たちの周囲に防音魔法をかけたかと思うと火を見つめたまま、小さく息を吐く。
「あれは――私がこの学院の生徒だったころの話だ。」




