第八十八話 夜ご飯
影が消えたことなど知らずリオたちは相変わらず騒がしかった。
「で、結局これ食べるの?」
テティスが恐る恐る魔物の脚を指差す。
「食べるよ」
「本当に?」
「うん」
「お腹壊さない?」
「壊さないよ」
リオは少し考えてから付け加えた。
「ちゃんと処理すれば」
「その"ちゃんと"が怖いんだけど」
「僕、森育ちだから大丈夫だけど、もしかしたら森育ちじゃない人たちはみんなお腹壊すかも?」
ガイアが笑う。
テティスは少し顔を青ざめる。
リオは不思議そうな顔をした。
森で暮らしていた頃は当たり前だった。
食べられるものを食べる。
食べられないものは避ける。
ただそれだけだ。
「この魔物はね」
脚の付け根を指差す。
「ここが柔らかい」
「へえ」
「逆にこの辺は硬いから煮込みかな」
「煮込み」
「うん」
「今お前の頭の中、完全に夕飯のことしかないだろ」
ライルが呆れる。
「そうだけど?」
即答だった。
ライルが無言になる。
周囲から笑い声が上がった。
そんな生徒たちを見ながら、リーバは少しだけ肩の力を抜く。
少なくとも今は平和だ。
だが、だからこそ気が抜けない。
「さて」
リーバが手を叩いた。
生徒たちの視線が集まる。
「今日はこの先で野営する」
「えー」
「なんだその声は」
「疲れた」
ガイアが即答する。
「知らん」
「ひどい」
「知らん」
リーバは容赦がなかった。
「暗くなる前に設営を終わらせる。移動するぞ」
文句を言いながらもぞろぞろと歩き始める一行。
森の奥へ、さらに奥へと進むと、やがて開けた場所に出た。
周囲を木々に囲まれた小さな空間で野営にはちょうどいい。
「ここだ」
生徒たちは荷物を下ろす。
薪を集める者。
水を汲みに行く者。
自然と役割が分かれていく。
リオはというと、1人で地面にしゃがみ込んでいた。
「何してんの?」
サナが声をかける。
「結界」
「結界?」
「簡単なやつ」
リオが指先で土をなぞってから魔力を流すと、淡い光が地面に走った。
「夜に小さい魔物が入ってこないように」
サナが少しだけ目を丸くする。
「そんなの作れるの?」
「うん」
「授業で習ったっけ?」
「習ってないよ」
「だよな?」
「森で必要だったから」
リオはさも当たり前のように答えるのでサナは思わず笑った。
本当にこの少年は基準がおかしい。
その時だった。
リーバが不意に振り返る。
森。
奥の暗がりからまた視線。
本当に一瞬だけ感じる。
だがやはり姿は見えない。
(……しつこいな)
今度は確信した。
気のせいではない。
誰かがいる。
しかも離れたかと思うとまた追ってきている。
「先生?」
アリアの声。
リーバは表情を戻した。
「どうした」
「何かありましたか?」
リーバは少しだけ笑った。
「いや」
嘘だった。
だが今は言わない。
生徒を不安にさせるだけだ。
「気にするな」
アリアは納得していない顔だったが、それ以上は聞かなかった。
そして太陽が沈み始め、森が少しずつ暗くなる。
焚き火が灯り、火の粉が夜空へ舞う。
今日の夕飯は当然ながら先ほど狩った魔物たちだった。
「うまっ!!」
最初に叫んだのはガイアだった。
「ほんとに?嬉しい」
リオが得意げになる。
「めちゃくちゃうまいじゃん!」
「やったね」
「お前料理できるのか」
「これに関しては相当な失敗と努力をしてきたし、上手に調理できるかはそのとき次第の運が実はある。」
それを聞き全員が同時に笑う。
普段無口なレオやヘスティアも口角が上がっているのがわかった。
相当な努力とは、規格外の魔法や剣捌きよりも努力してきたのだろうか。
その笑い声が夜の森に響いた。




