第八十七話 森の視線
「だから、この辺は脂が乗ってて美味しいんだよ」
リオは真剣な顔で説明していた。
目の前には先ほど倒した巨大な魔物。
そして周囲には何とも言えない顔をしたAクラスの面々。
「……」
「……」
「……」
テティスが耐えきれず口を開く。
「リオ」
「なに?」
「私たち今、魔物の弱点とか教わってるんじゃなかったっけ?」
リオは少し考え、首を傾げる。
「弱点も大事だけど、せっかく倒したならちゃんと食べた方がいいでしょ?」
その返答にガイアが吹き出す。
「いやでも確かに」
魔物の脚を見ながら言う。
「めちゃくちゃ綺麗に切れてるな」
「でしょ?」
リオの顔が少し明るくなる。
「関節から外すと楽なんだよ」
「だから戦闘中からそこ狙ってたのか?」
「うん」
当たり前のように頷く。
「あと首も」
「首も?」
「うん」
リオは剣先で首筋を示した。
「急所だからじゃなくて血抜きしやすいから」
「お前ほんとにそれだけだったの!?」
テティスの悲鳴が森に響く。
ライルが呆れたように鼻を鳴らした。
「馬鹿だろ」
「なんで?」
「なんでじゃない」
「ライルだってお肉好きじゃん」
「論点が違う」
そのやり取りにガイアが腹を抱えて笑い始める。
少し離れた場所ではアリアが静かに解体の様子を見ていた。
黄金の瞳が剣の軌道を追う。その動きには無駄がない。
そして先ほどリオが見せた戦闘は戦うための剣ではない。生きるための剣であり、誰よりも実践的な戦いだった。
比べるには申し訳ないが、王宮で日常的に見ていた剣士達の動きとは全く違っていた。
剣の技術に関してもリオは規格外だ。
きっと騎士団と肩を並べるほどの実力。いや、そこに騎士では使えない魔法が加わるのならばその強さは圧倒的だった。
そしてその規格外の強さはそれは誰の目にも明らかだった。
なのに本人だけが気づいていない。
そのことが時々理解できないほど不思議だった。
少し離れた木陰。
ミュシャは木にもたれながら腕を組んでいる。
「なんというか……」
小さく呟く。
「平和ね」
「平和だな」
サナも同意した。
巨大な魔物を倒した直後とは思えない会話だった。
だが、その平和な空気の中でただ一人、リーバだけが笑っていなかった。
腕を組んだまま森の奥を見ている。
風が吹く。
木々が揺れる。
葉擦れの音。
鳥の声。
いつもなら聞き流す音。
だがその中にほんの一瞬だけ違和感が混じった。
視線。誰かが見ていた。
敵意はない。
殺気もない。
だが、確実にこちらを観察していた。
気づいたのは一瞬。
次の瞬間には消えていた。
長年生きてきた勘が告げている。
森のどこかに誰かいる。
しかも、見ているのは自分たちではない。
リオだ。
(面倒だな)
内心で呟く。
ここ数日の学院での出来事が頭をよぎる。
全部が繋がりそうでまだ繋がらない。
だからこそ厄介だった。
「リオ」
不意に声をかける。
「ん?」
リオが振り返る。
頬に少し血が付いている。
完全に肉屋だった。
リーバは額を押さえた。
「続きをやれ」
「まだやるんですか?」
「まだだ」
「もう大体終わりましたよ?」
「なら調理方法まで説明しろ」
「ええ……」
周囲から笑いが起こる。
リオは不満そうだった。
だが結局、また説明を始める。
その声が森に響く。
そして思う。
(面白いじゃねぇか)
もし本当に誰かがいるなら、動くのは夜か?
それともこいつが1人になったときか?
リーバは小さく息を吐いた。
夜は焚き火の準備。見張り。野営。
今夜は少し忙しくなりそうだった。
その頃。
森のさらに奥。
誰もいないはずの場所で木々の隙間から、灰色の髪の少年を見つめる影が一つ。
その人物はしばらく無言で立ち尽くし、
やがて静かに森の闇へと消えていった。
誰にも気づかれないまま。




