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第八十六話 お料理教室

森の中に静寂が落ちる。

巨大な魔物は地面に横たわったまま動かない。

ついさっきまで異様な存在感を放っていたのに、今はただの食糧の一つだった。

リオは魔物の横にしゃがみ込み、ぺたぺたと首元を触る。


「うん」


満足そうに頷く。


「血抜きも大丈夫そう」


その発言で、再び空気が凍った。


「血抜き」


とテティス。


「血抜き」


とガイア。


「血抜き……」


とアリア。


まるで呪文みたいに復唱される。

リオは不思議そうに振り返った。


「え?」


「え?じゃないよ!」


テティスが叫ぶ。


「なんでそんな落ち着いてるの!?」


「お昼ご飯だから?」


「疑問形で返さないで!」


ガイアが魔物を見て、リオを見る。

そしてまた魔物を見る。


「俺、やっぱりお前みたいなの初めて見た」


「そう?」


「そうだよ...」


リオは困った顔になる。

本当に分からない。

だってヴァルクもこうしていた。

森で狩るときは肉を傷めない。

毛皮を駄目にしない。

余計な力を使わない。

それが普通だった。


「リオ」


不意にリーバ先生が呼ぶので振り返る。

リーバは腕を組んで立っていた。

どこか満足そうでもあり、呆れているようでもある。


「何ですか?」


「解体しろ」


「はい」


「ただし」


リーバ先生が続ける。


「説明しながらやれ」


リオが固まる。


「説明?」


「授業だ」


嫌な予感がした。


「えぇ……」


「やれ」 


「先生、僕説明とか苦手です」


「お前が解体しなけりゃ誰がするんだ?だから教えろ」


リオは困った顔で頭を掻く。


「うーん……」 


ライルが鼻で笑う。


「諦めろ」


「ライル助けて」


「嫌だ」 


即答だった。

リオはため息を吐き、魔物の横へ戻る。


「じゃあ……」


剣を抜く。


「まず大型の魔物を倒したら急いで血抜きをします」


アリアが真面目に聞いている。

レオも聞いている。

ヘスティアなんて手帳を出していた。

リオは気付いていない。

気付いていたら逃げていた。


「血が残ると味落ちるから」


「味」


ガイアが呟く。


「あと臭くなる」


「味」


テティスも呟く。

誰も先ほどの無駄のない戦闘技術の話を出来ずにいるくらい、完全に料理の話だった。

リオは魔物の首元へ剣を入れる。

迷いがない。

必要な場所にだけで最小限の動きだった。


「ここ切ると血が抜けやすいんだ」


ガイアが小声でサナに言う。


「なんか漁師のおっちゃんみたいだな」


「分かる」


サナも頷く。

リオは続ける。


「次に解体だけど」


そこで魔物の脚を指差した。


「さっき関節狙ったの覚えてる?」


全員頷く。


「これ」


剣を入れる。

スッ

驚くほど簡単に切れる。


「最初からここ狙うと後で楽なんだよ」


ヘスティアが目を見開く。


(戦闘中から解体を考えていた……?)


リオは当然のように続ける。


「お肉も綺麗に取れるし」


「だから脚を切ったのか」


レオがぽつりと言う。

リオは笑顔で頷く。


「うん!すごく捌きやすくなるんだよ」


ヘスティアのペンが止まる。


(この人、本当にそういう理由だったんだ……)


普通の人なら敵を倒すために関節を狙う。

リオは違う。

倒した後の食べ方まで考えている。

リーバが額を押さえた。


「ヴァルクめ……」


小さく呟く。


「何教えてるんだあいつは……」


だが口元は少しだけ笑っていた。

なぜなら、この森で一番危険なのは魔物じゃない。

生き残る方法を知らないことだ。

そして今、リオは本人も気付かないまま誰よりも実践的な授業をしていた。


その時リーバがふと視線を森の奥へ向ける。

誰も気付かない。

ほんの一瞬だけの気配。


木々のさらに奥。

何かがこちらを見ていた。

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