第八十五話 魔物狩り
巨大な魔物が森の奥から現れた。熊のような大きな巨体。だが、熊よりはるかに大きく、仰々しく、ゆうに5メートルはありそうだった。
その巨体だけで周囲の空気が変わる。
狼型の魔物たちは怯えたように距離を取った。
ドォン――
一歩。
踏み出すだけで地面が揺れる。
僕は、息を呑んだ。
正しくは、よだれを飲み込んだ。
あれ、美味しい肉のやつだ。
森で生活してたら保存食にもまわせるくらいの、なかなかお目にかかれないやつ。
同じくテティスも息を呑んだ。
「な、なにあれ……」
ガイアも顔を引きつらせる。
「昼飯のサイズじゃねぇだろ……」
ライルは静かに魔物を見ていた。
既に戦闘態勢に入っている。
レオとミュシャは無言だが、目つきは鋭い。
ヘスティアは何かを考えるように目を細めていた。
その時。
リーバ先生が口を開く。
「リオ」
全員の視線が集まる。
リオはきょとんとした。
「え?」
「早く手本を見せろ」
沈黙。
森が静かになる。
僕は数回瞬きをした。
「……僕ですか?」
「そうだ」
「え、なんで?」
「森出身だろ」
あまりにも当然のように言う。
ガイアが叫んだ。
「いや待て!!」
「手本ってなんだよ!」
「死ぬだろ!」
リーバ先生はちらりとガイアを見る。
「死なん」
「なんで分かるんだよ!」
「分かるから言っている」
ガイアが頭を抱えた。
テティスも慌てる。
「先生!」
「いくらリオでも無理だよ!」
「そうか?」
リーバ先生は本気で不思議そうだった。
そして、僕もみんなの困惑を少し不思議に思っていた。
「早くやれ」
「えぇ……」
リーバ先生はさらにニヤニヤしながら言った。
まるで新しい玩具でも見つけたかのようだ。
「それから」
「はい」
「剣を抜け。魔法を使うな。」
「え?あ、はい」
僕は素直に従い、腰の剣へ手を伸ばす。
カチャリ。
静かな音。
刃が姿を現す。
その瞬間、おそらく全員がリオを見た。
なぜなら、普段のリオは魔法ばかりだからだ。
剣を使うところをまともに見たことがない。
孤児院育ち。
森で育てられた少年。
その剣捌きがどれほどのものなのか誰も知らない。
リーバは思う。
(……さて)
珍しく少しだけ口元が上がる。
(どこまで見せる)
そうしているうちにまた、魔物が吠えた。
巨体が走り、森が揺れ、地面が震える。
その魔物は真っ直ぐリオの方へ。
普通の生徒なら逃げる。
だが、リオは剣を握ったまま、一歩前へ出た。
そして小さく呟く。
「……なんで僕なんだろ」
その声を聞いて、
リーバは思わず笑った。
巨大な魔物は普通なら恐怖で動けなくなるような圧を出している。
だが、リオは逃げなかった。
剣を肩に担ぐように持ちながら、魔物をじっと観察している。
「えっと……」
のんびりした声。
「魔物の肉、みんな食べられるよね?」
ピリッと張り詰められた空気に似合わないセリフ。
テティスが叫んだ。
「そこ!?今確認するところ!?」
リオは首を傾げる。
「だって昼ご飯だし」
正論だった。
リーバが笑いを堪えている。
ドォォォン!!
魔物がどんどん迫っており、距離が一気に縮まる。
それでもリオは動かない。
「まずね」
リオはぽつりと言った。
「森の魔物って、倒すことより捌く方が大変なんだよ」
ライルの眉が動く。
「……は?」
「例えばこれ」
リオは魔物を指差す。
「首を焼いたら食べられるところ減るし。脚を吹き飛ばしてももったいないし。お腹を破ると後で大変なんだ」
魔物が目前まで迫る。
テティスが悲鳴を上げる。
「来てる来てる来てる!」
魔物とぶつかりそうな距離になってようやくリオはようやく動いた。
一歩。それだけ。
魔物の突進軌道から外れる。
まるで散歩の途中で人を避けるみたいな自然さ。
ズォン!!
巨大な牙が空を切る。
「だから剣が楽」
リオは続ける。
「解体がそのまま終わるから」
剣が閃いた。
キィン
金属音にも似た音。
魔物の右前脚の関節部分。リオはそこだけを斬る。
傷は深くはない。
だが、巨体が傾く。
「関節は柔らかいからね」
リオは当たり前のように言った。
ドォン!!
魔物が片膝をつく。
ガイアが固まる。
「今なにした」
「関節切っただけだよ」
「だけ?」
リオは不思議そうな顔をする。
「うん」
魔物は怒り狂ったように暴れ、リオに向かう。
その衝撃で巨木がへし折れる。
だが、リオはもうそこにいない。
ふわり。
風みたいに移動している。
アリアが目を見開いた。
(速い)
速いだけじゃない。
無駄がない。
最短。
最小。
必要な距離しか動いていない。
みんなは呆気にとられた。
何も言わない。いや、何も言えない。
視線は釘付けだ。
リオは魔物の背後へ回る。
「それとね」
リオはまだ説明をしている。
まるで料理教室だった。
「大型は疲れさせた方が安全」
剣が走る。
今度は後ろ脚。
また、浅い。
だが正確。
魔物の体勢がさらに崩れる。
「無理に力比べしない。怪我するから」
ライルが思わず呟く。
「誰に教わった」
リオは答える。
「ヴァルク...僕の師匠だよ」
その一言で、リーバ先生の目が少しだけ細くなる。
魔物が最後の突進を仕掛ける。
魔物は傷だらけだがまだ生きている。
テティスが息を呑む。
「危ない!」
しかし、リオは落ち着いていた。
「うん」
小さく頷く。
「もう終わり」
剣を構える。
初めて、少しだけ真面目な顔になる。
魔物が飛び込む。
リオも踏み込む。
一瞬の交差。
音が消えた次の瞬間。
ズン――
巨大な身体が止まった。
首筋。
最小限の一太刀。
急所だけを正確に断っていた。
魔物は二歩進み、
そのまま静かに倒れた。
ドォォォォン……
森が揺れる。
リオは剣を払う。
「よし」
満足そうに頷いた。
そして魔物を見下ろす。
「これならお肉ほとんど傷んでないと思う」
「……」
「……」
「……」
Aクラス全員が固まっていた。
リオだけが首を傾げる。
「どうしたの?」
最初に口を開いたのはガイアだった。
「いや」
一拍。
「お前、普段それ隠してるの?」
僕は本気で意味が分からなかった。




