第八十二話 出発の朝
朝は思っていたよりも静かに始まった。
まだ日が完全に昇りきる前の薄い光。
空気は少しひんやりしていて、息を吸うと胸の奥がすっとする。
僕は荷物を持ってゆっくりと寮を出た。
肩にかけた鞄は軽い。
見た目以上に中身は入っているはずなのにほとんど重さを感じない。
(……ちゃんと動いてるな)
問題ない。
(よかった)
小さく息を吐き、そのまま訓練場へ向かうと、すでに何人かは集まっていた。
朝の光の中でそれぞれが準備を整えている。
その中でテティスが一番に僕に気づいたようだ。
「リオ!」
ぱっと手を振る。
その動きがやけに元気だ。
「昨日のやつ、すっごい便利だった!」
「ほんと?」
「うん!全然重くならないし、いっぱい入るし!」
テティスは嬉しそうに話す。
その様子に僕は少し照れながら笑った。
「よかった」
ガイアも近づいてくる。
「お前のやつ、普通に使えるな」
「“普通に”ってどういうこと?」
「いや、もっと変なのかと思ってた」
「失礼だな」
軽く言い合う。
でも、どこか楽しい。
サナは少し後ろから歩いてくる。
「俺のも、問題なかった」
短く一言。
でも、それで十分。
僕は小さく頷いた。
少し離れた場所にライルが立っている。
すでに準備は終わっているらしい。
無駄のない装備。
そのまま戦えるくらいの気配。
視線が一瞬だけこちらに向くけど、すぐに逸らされた。
(……?)
その近くでミュシャはあくびを噛み殺しながら、やる気がなさそうに立っている。
「朝早すぎるのよ……」
小さく文句を言っているのが耳に入っている。
でも来ている時点で、ちゃんとやる気はあると思うけどな。
レオは少し離れた位置で静かに立っていた。
僕が近づくと、軽く視線を向ける。
「起きれたか」
「うん」
「そうか」
それだけ。
でも、やっぱりレオから声をかけることに周りのみんなはびっくりしているようだった。
ヘスティアも、もう来ていた。
相変わらずほとんど動かない。
でもその目は確かに周りを見ている。
そうしているとリーバ先生が現れた。
足音はほとんどしないのに、そこに立った瞬間、空気が変わったのがわかった。
リーバ先生はざっと人数を確認し、短く言った。
「揃ってるな。出るぞ」
それだけだった。
説明も、合図もない。
ただ、それで全員が動く。
学院の門を抜ける。
昨日街に買い物に出かけた道と同じ道。
でも、少しだけ空気が違う。
わくわくするようか、ドキドキするような、そんな気持ち。
(……いよいよか)
僕は前を見たまま歩いていると隣にテティスが来る。
「ドキドキするね」
ニコッと笑ったけれど昨日ほどはしゃいでいない。
やっぱり少し緊張しているようだ。
でも、やっぱり少しだけ楽しそうでもある。
その少し後ろに、ガイアとサナ。
変わらない距離を一定の間隔で並ぶ。
言葉はない。
しばらく歩いていると街を抜け、森が見えてきた。
見慣れたはずの森の景色。
でも、今日は少しだけ遠く感じる。
(……帰ってきた、みたいだな)
すでに懐かしいと感じる感覚がした。
森の入口。
全員が自然と止まる。
振り返らずに、リーバ先生が言う。
「ここから先は、気を抜くな」
静かな声。
でも、はっきり届く。
「何が起きてもおかしくない。...まぁ、楽しめ。」
そして一歩、踏み出す。
森の中へ。
みんなも続いて足を踏み入れる。
その瞬間――
空気が、変わった。
音が遠くなり、光が少し鈍る。
(あぁ、この感じ、やっぱり好きだな。)
木々がサワサワと揺れ、森独特の匂いがする。
みんなはあまり森にきたことがないのか、目をキラキラさせながらあたりをキョロキョロ見回していることがわかった。
「なぁ、森出身だろ?家ってどのへん?」
ガイアがきく。
「うーん、もっと奥。でも、森って言っても広いから、通るかわかんない。」
「そうだよな、でも改めてこんなとこ住んでたの、なんかすげーわ。」
「そう?僕はこれが普通だったから何も思わないけど。」
そんな話をしながら進む。
1時間、2時間、3時間、4時間...
小休憩をいれながらお昼にさしかかったとき、小さな川が流れる川沿いのひらけたところでリーバ先生が荷物を降ろした。
「さて?ここで昼休憩だ。お前ら、もちろん昼飯を用意してきただろうな?」
リーバ先生がニヤッと笑った。




