第八十話 収納鞄を渡そう
学院に戻る頃には、空は夕焼け色に染まりかけていた。
ガイアとサナはもう少し買うものがあるからと、街に時間ギリギリまで残り、僕とテティスは一足先に学院に戻ってきた。
僕とテティスが門をくぐった瞬間、さっきまでの街のざわめきが嘘みたいに遠くなる。
石畳の音がやけに響く。
「なんか……急に静かだね」
テティスが小さく言った。
「うん」
僕も頷く。
さっきまでの楽しい感じがそのまま残っているのに場所が変わっただけで少しだけ現実に引き戻される。
明日、出発。
その言葉が頭の中で改めて形になる。
荷物を持つ手にほんの少しだけ力が入った。
部屋に戻るとすぐに床に荷物を広げた。
買ってきた保存食、道具、そして――
さっき作った小さな収納鞄。
「……ちゃんと動いてるな」
しっかり中まで確認する。
流れは安定している。
歪みもない。
(やっぱりあの刻印をこう変えたら容量増やせるかも)
そんなことを考えながら鞄を手に取る。
テティスたちの顔が浮かぶ。
「作ってほしい」って、あの目。
(……まあ、時間あるし)
そんな言い訳みたいなことを1人で勝手に思い浮かべる。
人生で同年代の人に何かを頼りにされたことがなかったので、嬉しような、恥ずかしいような、照れ臭いような、そんな感覚。
作業台代わりに机の上に刻印用の道具を並べ、魔法石をいくつか取り出す。
魔法石も鞄も、みんかが失敗してもいいよ、と余分に買ってくれた。余分に余分に、、、とそれぞれ作るのに必要なものを買ってくれるので、そんなに買ったら収納鞄を買う方が安くつくよ!と僕が慌てると、みんなは顔を見合わせて笑っていた。
最初に作るのは、、、テティスの分。
なんとなく、イメージが浮かぶ。
(軽くて、取り出しやすい方がいいよな)
テティスが選んだみんなより少し小さめの鞄。
でも中は少し広めにしよう。
刻印を引く。
自分のときよりゆっくり、丁寧に作る。
「……うん、いい感じ」
軽く持ち上げ、中を確認するが問題ない。
次はガイア。
(ガイアは……適当でも使いそうだけど)
少しだけ耐久を上げる。
衝撃に強い構造。
多少雑に扱っても壊れないように。
「……これでいいか」
三つ目はサナ。
手が一瞬だけ止まる。
(……サナは)
何を重視するか、少し考える。
軽さか、容量か、それとも――
「……バランスかな」
ぽつりと呟く。
全部、少しずつ。
突出はしないけど、安定している構造。
刻印を重ねる。
静かに、ゆっくり。
完成。
気づけば外は暗くなりかけていた。
「……明日出発なのに、早く渡さないと。」
僕は小さく苦笑いをする。そして作った収納鞄を並べる。三つ。
どれもちゃんと動いている。
(うん、こういうの、嫌いじゃないかも)
「...それにしても、どうやって渡そう。」
軽い問題。サナとガイアには簡単に渡せても、テティスは女子寮なので寮に行って直接会うことは許されないのだ。
僕は少し悩んで窓の外を見る。
女子寮とは距離はあるけど――
(……いけるか)
なんとなく、できる気がした。
理由はない。
でも、こうすればいいっていう“感覚”だけがある。
リオはテティスの分の収納鞄を手に取り、軽く目を閉じて女子寮の位置を思い浮かべる。
仲良くなってら時折、寮の窓から手を振るテティスの姿。
その場所を改めて考える。
(……ここ)
空間を、ほんの少しだけ“繋ぐ”。
強引じゃない。
押し開けるんじゃなくて、
“重ねる”感じ。
そっと、薄く。
――空気が揺れる。
すると目の前の空間がわずかに歪む。
(……できた)
リオは少しだけ目を開く。
小さな“窓”。
手を伸ばせば届くくらいの、ほんのわずかな隙間。
そこに収納鞄をそっと通す。
落とさないように、ゆっくり。
(……届くかな)
そのとき――
「え?」
向こう側から声がした。
テティスだ。
ちゃんといる。
「なにこれ!?」
驚いた声。
でも、怖がってはいなくて、むしろ、興味の方が勝ってる。
僕は少しだけ笑う。
「テティス」
声をかける。
向こう側で、声が高くなったのがわかる。
「リオ!?」
「うん。それ、使って」
収納鞄をその空間にいれてみる。すると完全に向こう側へ渡る。
「え、これ……!」
テティスが受け取る。
その瞬間、空間の揺れがゆっくりと閉じていく。
「ちょっと待っ――」
声が途中で途切れる。
完全に繋がりが消える。
静けさが戻る。
リオはそのまましばらく、手を下ろさずにいた。
(……できたな)
僕は遅れて実感が湧いてきた。
少しだけ、心臓が早い。
でも、不思議と怖くはない。
むしろ――
「……よかった」
小さく呟く。
ちゃんと渡せた。
それだけで、十分だった。
少しして、部屋の窓の外から小さな光が弾けた。
水の粒みたいな光。
ぱっと広がって、消える。
(……あ)
テティスだ。
たぶん、お礼。
リオは少しだけ笑った。
手を軽く振る。
見えてるかは分からないけど。
僕が嬉しいやら恥ずかしいやら、そんな気持ちになっているとき、後ろから声がした。
「青春」




