第七十八話 収納鞄
それからその店の奥に並んでいた鞄を見たとき、最初に反応したのはテティスだった。
「あ、収納鞄だ!」
迷いのない声で、まるで当たり前みたいな言い方だった。
僕はその言葉に少しだけ首を傾げた。
「……収納?」
「え、知らないの?」
テティスが振り向く。
その顔がちょっと驚いている。
「うん、知らない」
僕は正直に言う。
するとガイアが肩をすくめた。
「見た目より中にいっぱい入るやつだぜ」
「へえ……」
僕は改めて鞄を見る。
ただの革鞄にしか見えない。
でもみんなの反応を見る限り普通じゃない。
サナが横から口を挟む。
「遠征とかだと必須に近いな」
「そんなに?」
「荷物かさばるだろ」
「……まあ、そうだね」
言われて納得する。
正直僕はずっと森での生活だったし、修行だと森にほっぽり出された時もほとんどその場で対応していたから、荷物がかさばるという経験はほとんどなかったのだ。でも、狩ってきた獲物とかを入れたりするにはとても便利そう。血生臭いものを入れるのとか、どこまでのサイズなら入るのかはわからないけど。
テティスはもう手に取っている。
「これ便利なんだよ!いっぱい入るし、重くならないし!」
「重くならない?」
リオはその言葉に引っかかる。
「うん!」
「……どうなってるんだろ」
思わず呟く。
僕は自然と鞄の内側を覗き込む。
(……あ)
一瞬で分かる。
奥に埋め込まれた魔法石。
そこから広がる刻印。
“空間を歪めて拡張する構造”と、
“重量を外に逃がす制御”。
さらに、
(……取り出しの補助もある)
意識に反応して中身を引き寄せる仕組み。
全部、繋がって見える。
「……なるほど」
ぽつりと漏れる。
「え、何が?」
テティスが覗き込む。
「え?だいたいの構造がわかったかも」
「え!?」
ガイアが振り向く。
「早くない?」
「構造はシンプルだよ」
さらっと言う。
「魔法石に刻印で空間を拡張してるだけだから」
「意味がわからん....“だけ”って言うなよ」
ガイアが笑う。
「普通はそれできねえから」
「そうなの?」
リオはきょとんとする。
サナが少しだけ肩をすくめる。
「そうだな。普通は買う」
その一言で、リオは値札を見る。
「……高っ」
思わず声が出た。
テティスが少し笑う。
「作れる人が少ないの。お金貸してあげよっか?いや、この前のお礼で..プレゼントでもいいよ!?」
僕はありがとー、と言ってしばらく考えた。
鞄を見る。
もう一度、内側を覗く。
構造をなぞる。
(これ……)
頭の中で、組み上がる。
必要な刻印。
魔法石の位置。
流れ。
(……作れるな)
自然にそう思う。
難しい、という感覚がない。
ただ“こうすればいい”が見える。
「……これ、自分で作れると思う」
ぽつりと呟く。
「え?」
テティスが固まる。
「いやいやいや」
ガイアがすぐにツッコむ。
「それ買うやつだろ普通」
「え、でも構造分かるし……」
リオは軽く言う。
「魔法石と刻印あればいけるよ、あんまり魔法石扱ったことないけど...」
「いけるよ、じゃないんだよ」
ガイアが笑いながら頭を抱える。
サナは少しだけ目を細めた。
「……できるかもね」
ぽつりと一言。
その言葉に、リオは少しだけ笑う。
「やってみるよ」
テティスはまだ半信半疑の顔だ。
「ほんとにできるの……?」
「たぶん」
軽く答える。
根拠はない。
でも、不思議とできる気がする。
サナが横から静かに言う。
「壊れないかは大事」
現実的な指摘。
僕は少し考える。
「僕の持ってる鞄で試すよ。ボロボロのやつ。できなかったらまぁ...がんばって荷物もつ。」
ガイアが笑う。
「なんかもう、前提がおかしいんだよな」
「そう?」
「そう」
即答だった。
テティスがぱっと顔を上げる。
「できたら見せてね!」
「うん」
「いっぱい入るやつ!」
「頑張るよ」
リオは少しだけ笑った。
鞄を棚に戻す。
高い買い物はしない。
その代わり――
(材料、見に行こう)
自然と足がそっちに向く。
魔法石の棚。
刻印用の道具。
頭の中では、もう形ができている。
(……ちょっと楽しみかも)
明日の不安は、消えたわけじゃない。
でも、新しく作るものがあるだけで少しだけ、気が軽くなっていた。




