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第七十五話 課外学習へ行こう!

朝のAクラスの教室は、まだ陽が高くなりきる前の柔らかい光に包まれていたにもかかわらず、そこにいる全員の空気だけがどこか不自然に張りつめていた。


理由ははっきりしている。

中央に立つリーバ先生が、何も言わずにこちらを見ているからだ。

いつもなら簡単な指示や最低限の説明があるはずなのに、今日はそれがない。

ただ黙って見ている。

それだけで場の温度が一段下がる。

そんな謎の空気に生徒たちもどうしていいかわからずにいた。


リオは列の後ろの方に座りながら、わずかにふぅっと息を吐いた。



僕の後ろから弾むような声がコソコソっと飛んでくる。


「ねえねえ、なんかさ、校外学習の話っぽくない?毎年、今の時期ってそうなんだよ!」


テティスだった。

水色の髪が朝の光を反射して、やけに明るく見える。

その明るさがこの場では少し浮いている気がした。

それにしてもテティスはどこからそんな情報を仕入れてくるのだろう。女性の情報網って怖いな。


「……その話であの顔するの?」


空気が張り詰めていると感じるのは僕だけなのだろうか?

僕が小声で返すと、テティスは一瞬きょとんとしてから、小さく笑った。


「たしかに!」


軽い。けど、その軽さに少しだけ救われる。

視線を前に戻す。

斜め横にライルがいる。腕を組み、わずかに顎を引いた姿勢で、まっすぐ前を見ている。

その横顔は、相変わらず鋭い。


ふと、ライルがこちらに顔を向けた。

ほんの一瞬だけ目が合ったけどすぐに逸らされた。


(……?)


その少し先には、アリア。

黄金の髪が、静かに揺れている。姿勢は正確で、視線は微動だにしない。

まるで“感情を置いてきた”みたいな感じ。


サナは少し離れた位置で、ぼんやりと窓の空を見上げていたし、ガイアは寝そうな瞼を必死に開けてはまたトロンっとなっていた。


ミュシャは完全に興味なさそうに爪を見ている。

この空気の中でそれができるのは、逆にすごい。


レオは何もしていないのに、そこだけ余計な音がないように感じる。

視線を向けると、レオがこちらを見る。

目が合うが、レオは逸らさない。


僕は少しだけ、首を傾ける。


「どうしたの?」


小さく、コソコソとレオに向かって話す。

レオは何も言わずに視線を戻す。

余計なことは言わない。

でも、突き放す感じでもない。


(……あ、僕が見てたから見てきたのか。)



最後に目に入るのは、ヘスティア。

ピンクの三つ編みが肩に落ちている。

相変わらず、ほとんど動かない。

ただ座ってリーバ先生を見ている。


しばらくしてリーバ先生が一歩前に出た。


「最近」


低い声が落ちる。

慣れてきたとはいえ、何を言われるか想像もつかない時はそれだけで空気がぴりっとはる。


「空気が淀んでる」


誰も返さない。

僕は心の中で思った。


(……え?そうかな?天気の話?)


そう言われると余計に窓の外を意識してしまう。


「だから外に出る。課外学習だ。」


一瞬、間があく。

意味を理解するのに、少し時間がかかる。


「課外学習って...やっぱり校外学習だ」


テティスが呟いたのが聞こえた。


「行き先は森」


その言葉で、僕の思考が止まった。


(……森)



「森の奥のその先まで行く。お前ら、森を抜けたことはあるか。」


誰も何も答えない。


――森の奥のその先。

僕は頭の中に森の景色を浮かべた。

木々の匂い。湿った土。風の通り道。ヴァルクの家。

そして、その奥。ずっと森に住んでいたけど見たことのない場所。

森の奥には抜けるなとヴァルクに言われていたからだ。


そう....そこは禁忌の場所と言われていた。


「文句あるやつは残れ」


リーバ先生の声は変わらない。

誰も手を挙げない。

挙げられる空気じゃない。


「よし、決まりだ」


あっさり言う。

それで終わり。

理由も説明もない。


(……え?それだけ?)


けど、決まった。

ライルは口元をわずかに歪めている。

面白がっている顔。

アリアは無言のまま、わずかに視線を落とした。

テティスが後ろでそわそわしているのが、前の席に座っていてもわかる。


「やった!外だ!」


サナは「へえ」と軽く相槌を打つ。

ミュシャはため息をつく。


「物好きね」


レオは変わらない。

ただ、少しだけリオの方を見て言う。


ヘスティアは、何も言わない。

ただ――

ほんのわずかに、リオの方へ視線が向いた気がした。


(……気のせい、か)


分からないまま、終わる。

リーバ先生が背を向ける。


「準備しろ。長期間だ。翌日出発する。今日は各自準備をしろ。足りないものは街への買い物も許可する。持ち物は自分たちで考えて準備しろ。それも勉強だ。」


それだけだった。

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