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第七十話 真夜中の密告者

数日後、その日の夜はまだ深くなりきっていなかった。

学院長室の窓から見える空には、雲の隙間に月が滲んでいる。

灯りに照らされた室内とは対照的に外の世界はどこか曖昧で、不確かな輪郭をしていた。


机の上には、数枚の書類が並べられている。

内容は似ているようで、微妙に違う。

リーバ・ボレアスは、その一枚を手に取り、軽く目を通した。


「……魔力量は平均以下、制御に難あり、か」


小さく呟く。

対面に座る学院長は、もう一枚の紙を見ていた。


「こちらは逆だな。魔力量は高いが、属性が偏っている」


「三種類」


リーバは机に視線を落とす。


「それぞれ違う教師経由で流します」


学院長が聞く。


「範囲は絞るか?」


「ええ。広げすぎると意味がないかと。」


リーバは紙を揃えながら続ける。


「違和感が出ない範囲で接触頻度の高い者を中心に流してみます。」


学院長は静かに頷いた。


「選定は任せる」


「承知しました。」


リーバは書類を一つずつ重ねる。

その動きは無駄がない。


(これで動くはずだ)


動かなければ、それはそれでいい。

だが、動いたとき。

“どの情報が漏れるか”で、全てが決まる。

リーバは最後の一枚を机に置いた。


「……あとは時間ですね」


学院長は短く答えた。


「嵐の前は、いつも静かだ」





それからリーバは毎晩、学院の警備を行った。

その日の夜も学院は静まり返っていた。

風の音だけが、廊下の窓をかすめている。

その静寂の中をリーバは足音を殺して歩いている。

目的はひとつ。

“動いたやつ”の確認。


(偽情報は流した。あとは——)


足を止める。

視線の先、曲がり角の向こうに、わずかな人の気配。

こんな時間に、ここにいる理由は限られる。

リーバは壁に身を寄せ隠れ、呼吸を浅くする。

……足音。

一定のリズム。

迷いのない歩き方。



次の瞬間、その人物が姿を現した。

暗い夜に馴染むような全身黒ずくめの黒髪。そして無駄のない動き。

レオだった。

リーバの目が、わずかに細まる。


(……なるほど)


レオは周囲を一度だけ確認し、そのまま廊下を進む。

向かう先は――

学院の裏手へ続く通路。

普段は使われない、人気のない場所。

リーバは音もなく後を追った。

距離は一定に保つ。

近すぎず、遠すぎず。

レオの動きは自然だった。

だが、“自然すぎた”。

迷いがない。

まるで最初から、ここに来ると決めていたような自然さだ。


(偶然じゃない)


裏手の扉が見える。

レオは足を止めない。

そのまま手をかけ――開けた。

外の夜気が、わずかに流れ込む。

リーバは扉の影に身を潜め、様子を窺う。

外は薄暗い。

だが、月明かりがわずかに地面を照らしている。

レオは数歩進み、立ち止まり、誰かを待っている。


(……やっぱりか)


数秒の沈黙。

やがて、もう一つの影が現れる。

フードを被った人物。

顔は見えない。

だが――


(外部の人間)


学院の人間ではない動き。

警戒の仕方が違う。

二人の距離が、一定で止まる。

会話は聞こえない。

声を落としている。

だが、何かをやり取りしているのは明らかだった。

レオが、何かを差し出す。

フードの人物が受け取る。


(情報……か)


胸の奥で、何かが冷たく沈む。

レオはそのまま短く何かを言い、踵を返した。

フードの人物はすぐに闇に溶け完全に気配が消えた。

リーバはしばらく動かなかった。

風の音だけが戻ってくる。

やがて、ゆっくりと目を閉じる。


(……タイミングが良すぎる)


偽情報を流した直後。

そしてこの動き。

偶然では説明がつかない。

リーバは扉から離れ、元の廊下へ戻る。

足取りは変わらない。

だが、思考は静かに回っていた。


(レオ……お前か?)


翌朝の訓練場。

いつも通りの空気。

だが、リーバの視線はひとりに固定されていた。

レオ。

何事もないように立っている。

呼吸も、姿勢も、乱れがない。


(……演技なら大したものだ)


「レオ」


名前を呼ぶ。

レオは振り向いた。


「はい」


短い返事。


「昨日の夜、どこにいた」


空気が、わずかに変わる。

周囲の生徒たちが気づかない程度の変化。

だが、確かに張り詰める。

レオは一瞬だけ間を置いた。

ほんの、わずか。


「……自室です」


迷いのない答え。

だが、その“一瞬”をリーバは見逃さない。


「そうか」


それだけ言って、視線を外す。

それ以上は追及しない。


(否定は想定内だ)


重要なのは、反応。

その日の訓練中。

リーバはわざと、ある話題を出した。


「最近、外部の動きが活発らしいな」


独り言のように。

だが、全員に聞こえる声量で。

一瞬。ほんの一瞬だけ。

レオの動きが止まった。


(……当たりか)


確信に近い感触。

だが同時に、どこか引っかかる。


(……違和感)


決定的すぎる。

出来すぎている。

まるで――

“疑われるための動き”のような。

リーバは何も言わない。

ただ、静かに見ていた。


(もう少し、見るか)


疑いは、まだ確信じゃない。

そして――

本当に厄介なのは“確信に見える違和感”だ。

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