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第六十九話 静夜の報告

夜の学院は、どこか張りつめた静けさに包まれていた。

昼間の喧騒が嘘のように消え、長い廊下にはリーバ・ボレアスの足音だけが規則正しく響いている。

壁に灯る魔導灯は淡く揺れ、その光が影を歪ませていた。

リーバは学院長室の前で足を止め、ほんの一瞬だけ目を閉じる。


(……面倒なことになったな)


軽く息を吐き、扉を二度叩いた。


「入れ」


いつもと変わらない声。

だが、その変わらなさが逆にこれから話す内容との温度差を強調していた。

リーバは扉を開ける。

学院長は机に向かい、書類に目を落としたままだ。


「この時間に来るとは珍しいな」


「報告があります」


短く答える。

その声音に学院長の手が止まった。

ゆっくりと顔が上がる。


「……ただ事ではなさそうだな」


リーバは扉を閉め、部屋の中央まで歩く。

そして間を置かずに言った。


「リオが、妙な連中に目をつけられています」


学院長の眉がわずかに動く。


「妙な連中、とは?」


リーバは少しだけ言葉を選ぶように視線を横に流した。


「……おそらく...教団かと。」


「教団?」


「はい。」


リーバの目が冷える。

学院長はゆっくりと背もたれに寄りかかった。


「教団とは、あの、教団か?」


「はい。才能のある人間を集めている、特に魔力に偏りがある者を、そして心の闇を持つものを操るあの忌まわしい集団です。」


「偏り、か」


「ええ。普通じゃないやつほど好まれる」


リーバは淡々と続ける。

まるでその集団を知っているかのように。


学院長の目が細くなる。


「リオに接触したのか」


「直接ではありません」


「だが?」


「監視はされているでしょう」


部屋の空気がわずかに重くなる。

学院長は机の上で指を組んで少しだけ考え込む。


「外部の人間が紛れ込んだ可能性は」


「低いです」


即答だった。


「この学院の警備は甘くない。それを抜けてまで入るなら、必ず誰かが気づくでしょう。おそらく、いや、確実に内部の人間の仕業です。」


学院長は視線を落とし、机を軽く叩いた。


「……内部に協力者がいる、と言いたいのか」


「可能性としては高いです」


「断定はしないのだな」


「まだ材料が足りません」


リーバは冷静に答える。


「ですが疑って動く価値はあります」


「そうだな」


短い同意。

再び沈黙が落ちる。

やがて学院長が口を開いた。


「その集団について、今はどこまで分かっている」


リーバはわずかに首を振る。


「断片的です」


「構わん。話せ」


リーバは腕を軽く組む。


「共通しているのは、“選ばれた者だけが世界を導く”という思想です」


学院長が小さく息を吐く。


「選民思想か」


「ええ。そして、その“選ばれた者”を集めている」


「リオは、その基準に引っかかった」


「むしろ、ど真ん中です」


リーバの声に、わずかな皮肉が混じる。


「あの子ほど“わかりやすい異質”はいない」


学院長は目を閉じ、少しだけ考え込んだ。 


「……厄介だな」


「ええ、かなり」


リーバは淡々と返す。


「力を持つ者を崇拝し、囲い込む。放っておけば規模は拡大するタイプです」


「対処を誤れば、衝突するな」


「確実に」


短い沈黙。

魔導灯の光がわずかに揺れた。


「対応は?」


学院長が問う。

リーバはすぐに答えた。


「三つ考えています」


「聞こう」


「一つ目。リオを目立たせない」


学院長が小さく頷く。


「妥当だ」


「今は少し目立ちすぎています。あれでは“見つけてください”と言っているようなものです」


「抑えられるか」


「“普通より少し上”に落としたいところですが...あの子は自分の力の異質さを理解していません。正直のところ、難しいかと。」


「二つ目、情報を流します」


学院長の目が細くなる。


「どの程度の」


「リオに関する偽の情報を、いくつかに分けて流します。例えば、魔力量が少ない、制御が未熟、特定属性に偏っている――それぞれ違う内容を」


「なるほど」


「どれが外に出るかで、経路が分かる」


「内部の炙り出しか」


「ええ」


学院長はわずかに口元を緩めた。


「お前らしいやり方だ」


「効率重視です」


「三つ目は」


リーバは一瞬だけ言葉を止めた。

ほんのわずかな間。


「最悪の場合の話です」


「構わん」


「リオを、ここから離す」


学院長はすぐに反応しなかった。

数秒の沈黙のあと、ゆっくりと頷く。


「……避難か」


「ええ」


「安全か?」


「保証はありません」


リーバは正直に言う。


「ただ、ここにいるよりは被害を限定できます」


学院長は深く息を吐いた。


「学院を守るか、個を守るか……」


「両方です」


リーバは即座に返す。


「そのための手段です」


しばらくの沈黙。

やがて学院長が口を開く。


「分かった。その三段階で進めよう」


リーバは小さく頷いた。


「了解です」


「ただし」


学院長の声が低くなる。


「お前も危険にさらされる」


リーバは一瞬も迷わない。


「承知しています」


「それでもやるか」


わずかに、笑った。


「私が、それしきのことで怯えるとでも?」


学院長は小さく目を細める。


「そうか」


短い返事。

だが、それで十分だった。

リーバは踵を返し、扉に手をかける。


「リーバ」


呼び止められる。


「はい」


「...お前は今でもまだ、あの時のことを後悔しているのか?あれはお前のせいではない。それはあのことを知っている者の共通の意見だ。」


ほんの少しだけ、沈黙が続く。

リーバは小さく息を吐いた。


「リオのことは、全力で守ります。」


そして扉を開ける。

外の廊下は、変わらず静かだった。

だがその静けさは、もう“ただの夜”ではない。

何かが動き出している気配だけが、確かにそこにあった。

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