第六十八話 リーバ・ボレアス(番外編)
リーバ・ボレアスといえば——
誰もが、少しだけ言葉を選ぶ。
そして結局、同じところに行き着く。
——“歩く災害”。
それが、最も有名な呼び名だ。
だが、その呼び名が生まれた日を知る者は少ない。
今から数年前。
まだ魔法戦争の爪痕がうっすら残る時代。
各地で小競り合いが続いていた頃。
その最前線に——リーバはいた。
彼女は風の魔法使い。
それ自体は珍しくない。
だが彼女のそれは“違った”。
風とは、本来——
流れ、循環、支える魔法。
だが彼女は、それを“壊す力”として使った。
彼女が一歩、踏み込む。
それだけで戦場の空気が変わる。
その日は砂嵐のような戦場だった。
視界は悪い。
叫び声と爆音が混ざる。
魔法が飛び交い、地面はすでに原型を留めていない。
「押されてるぞ!」
「持たねぇ!」
前線は崩れかけていた。
敵は数で上回る。
「ふざけんな……」
兵の一人が吐き捨てる。
魔法が強すぎる。
押し返せない。
そのとき——
風が、止まった。
「……?」
誰もが一瞬、違和感を覚える。
音が消える。砂が落ちる。
そして——
一人歩いてくるリーバ。
「遅ぇな」
それだけ言った。
敵が気づく。
「一人だ!」
魔法が放たれる。
炎。
雷。
氷。
すべてが彼女に向かう。
だが——届かない。
正確には“触れる前に消える”。
風がリーバの周りをまとい、さらに見えない刃が空間ごと削る。
「……は?」
誰かが呟く。
リーバはただ、前へ歩く。
一歩。
その瞬間、敵の一列が消える。
二歩。
地面ごと、削り取られる。
三歩。
増幅陣が跡形もなく消滅する。
「なんだ、これ……」
味方すら、動けない。
戦いじゃない。
一方的な“消去”。
リーバは止まらない。
風を“操っている”のではない。
“そこにいるだけ”。
ただ、それだけ。
気づいたときには——戦場が、終わっていた。
敵も、陣も、地形すら、消えている。
残ったのは——静寂。
そして一人の女。
「終わりか?」
それだけ。
その日戦場にいた全員が思った。
(これは、人じゃない)
それが“歩く災害”の始まりだった。
風が、止まる。
それを初めて見た者は言った。
「……災害だ」
それが広まりいつしか彼女はこう呼ばれるようになった。
——歩く災害。
そして彼女は止まらなかった。
命令など待たない。
戦況など関係ない。
“最短で終わらせる”。
それだけを選び続けた。
その結果一つの戦線をたった一人で何度も崩壊させた。
敵も味方も同じ感想を持った。
「……やりすぎだ」
だがその“やりすぎ”がなければ終わらなかった戦いもあった。だから誰も止められなかった。
そして——戦争が終わる。
多くの英雄が名を残した。
だが、その中でも彼女は異質だった。
称えられることを一切望まなかった。
「めんどくせぇ」
それが理由。
勲章も、地位も、すべて断った。
そして気づけば——魔法学院。
教師。それも、Aクラス。
最も才能の原石が集まる場所。
「ガキの面倒なんざ柄じゃねぇ」
そう言いながら、教師を辞めない。
殴るように、叩き込むように身体で教えてきた。
だが、誰よりも“見ている”。
「死ななきゃいい」
雑な言葉。
だがその裏で、絶対に“死なせない”。
それが、リーバ・ボレアス。
豪快。
粗雑。
酒好き。
面倒くさがり。
だが——最強。
そして今も、
誰にも気づかれない場所で風は動いている。
“もしものとき”のために。
彼女がいる限り——少なくとも、簡単には壊れない。
この学院も。
あの、生徒たちも。




