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第七十一話 真夜中の密告者

それからさらに数日後、学院は、何事もなかったかのように動き出していた。

中庭には生徒たちの笑い声が広がり、訓練場では魔法の光が弾ける。

いつも通りの風景。

だが、その“いつも通り”の中に、わずかな歪みが混ざっていた。

リーバは訓練場の端に立ち、生徒たちを見ている。

視線は全体をなぞるように動くが、特定の誰かに留まることはない。

ただ、見ている。

その中に、リオの姿もあった。

今日のリオは、意図的に力を抑えている。

魔法の出力は控えめ。制御も、あえて少しだけ粗い。

数日前にリオに練習でそうしろと指示したからだ。


(……上出来だ)


気づく者は少ない。

だが、ずっと見ている者には分かる。

“わざと崩している”動き。

リーバはわずかに視線をずらす。

そこに、レオがいた。

全身黒い服に包まれたレオはいつも通りの無表情。

無駄のない動き。

魔法の発動も正確で、癖がない。


(……変わらないな)


だが、それが逆に気になる。

“変わらなさすぎる”。

先日、あの場所にいた人間とは思えないほどに。

リーバは何も言わない。

ただ観察を続ける。

訓練が進む中で、何気ない会話が生徒の間で交わされる。


「最近、外の警備が厳しいらしい」


生徒たちが軽くざわつく。


「何かあったのかな?」


「さあな。ただの噂だ」


リーバはそのやり取りを横目で見る。

その瞬間、レオの動きがほんの一拍だけ遅れた。

操っていた魔法がわずかに揺れるがすぐに修正される。

誰も気づかない程度の乱れだ。


(……反応したな)


確かな変化だが、それだけだ。

決定打にはならない。


(焦るな)


リーバは自分に言い聞かせるように、視線を外した。


昼。

食堂は賑わっていた。

トレイのぶつかる音、笑い声、何気ない会話。

その中に、レオもいた。

一人で静かに食事をしている。

リーバは遠目で見える距離で観察していた。

周囲と距離を取る位置。

視線は下。会話には入らない。


(いつも通り……か)


だが、よく見ると違う。

食べる速度。

視線の動き。

ほんのわずかだが、落ち着きがない。


(気のせいか?)


いや、違う。

リーバは確信する。


(何かを気にしている)


そのとき、レオが、ふと顔を上げた。

視線が一瞬、ある方向へ向く。

入口。

誰かを確認するような目。

だがすぐに逸らす。


(……誰を見た?)


リーバはさりげなく視線を動かす。

入口には、数人のAクラスの生徒が出入りしている。

特別な存在は見えない。


(……違うな)


“人”ではない。

“タイミング”だ。

何かの合図。

あるいは、確認。

リーバは何もせず、ただ席を立った。


夜。

学院は再び静けさを取り戻していた。

リーバは今夜も廊下を歩いている。

同じ時間。

同じルート。

同じ空気。

いつもと違うのは――

“待っている”こと。


(来るか)


曲がり角の先に気配。

やはり、いる。

足音は規則的で、迷いがない。

そして姿が現れる。


レオ。


先日と同じ。

同じ時間。

同じ動き。


(……繰り返している?)


不自然な一致。

偶然ではありえない。

レオは周囲を一度確認する。

その仕草も、先日と同じ。

そして、迷いなく裏手へ向かう。

リーバは静かに後を追う。

距離を保ち、音を消す。

夜気が肌に触れる。

裏手の扉にレオは躊躇なく手をかけ開ける。

冷たい空気が流れ込み、外に出る。

リーバは扉の影から様子を窺う。

月明かり。

薄い雲。

揺れる木々。

レオは数歩進み、止まる。

そして――何も起こらない。


風の音だけが流れる。


(……来ない?)


この前と違う。

待っている様子はある。

だが、相手が現れない。

数十秒。

一分。

レオは動かない。


(……どういうことだ)


やがて、レオは小さく息を吐いた。

そして、踵を返す。

そのまま学院へ戻る。

何もなかったかのように。

リーバは動かなかった。

しばらくその場に留まる。

外の気配を探る。

だが――

何もない。

完全な静寂。


(……ズレた)


昨日と同じ行動。

同じ場所。

だが、“結果だけが違う”。

リーバはゆっくりと目を細める。


(……これは)


偶然か。

それとも――

仕組まれているのか。

リーバは扉から離れる。

思考が、静かに回り始める。


(レオは黒か?)



ここ数日の行動。

状況だけ見れば、ほぼ確定。

だが――


(……違和感が消えない)



リーバは足を止めた。

静かな廊下の中で、ひとり考える。



疑いは、まだ終わらない。

むしろ――ここからが本番だった。

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