第五十四話 試験前日の男子寮視点
夜の男子寮。
窓の外では風が吹いていた。
サナはベッドに寝転びながらぼーっとしていた。
「……はー、暇」
「寝ないの?」
リオが椅子に座ったまま言う。
「寝れない」
「なんで?」
「なんでって……」
少し間。
「明日、テティスの試験じゃん」
「……うん」
リオが頷く。サナがボソッと言う。
「落ちたら終わり、だね。」
軽い口調。
でも、軽くない内容。
「……」
ライルは壁にもたれている。
腕を組んだまま、目を閉じている。
「別に」
ライルがぽつり。
「落ちるやつは落ちるだけだろ」
淡々とした声。
サナが少し考えながら答える。
「まぁね」
リオは少し黙ってから言う。
「でも、できると思う」
「……あ?」
ライルが目を開ける。
「テティス。やるって決めた顔してたし」
ライルは何も言わない。
ただ、目が開き、ほんの少しだけ眉が動く。
リオの言葉にサナがニヤッとしながら少しだけ意地悪そうに言う。
「リオさ、やけに気にしてるね」
リオがキョトンとして返す。
「普通でしょ、だって、同じクラスだし」
ライルの視線が、わずかに動き、リオに質問する。
「……それだけか?」
「え?」
「理由」
「……?」
リオは少し考える。
「それ以外にある?」
本気で分かってない顔。
「……」
ライルは目を逸らす。
「……ならいい」
短く言う。
でも、胸の奥に小さな引っかかりが残る。
「……」
サナがその空気を読んで少しだけ笑う。
「まあでもさ」
軽く言う。
「落ちたら、いなくなるんだろ、Aクラスから」
「……うん」
リオが小さく返す。
サナは天井を見たまま言う。
「じゃあまぁ、普通に気になるよね。みんなお菓子とか差し入れしてたし」
「なんで知ってるんだよ」
ライルがすかさず突っ込む。
「え?たぶん俺が1番最後にミュシャに渡した。テティスに直接渡しても、テティスはああ見えて頑固なところがあるから同情されてると思って受け取らないかもじゃん。それでミュシャがみんな私に渡してくるって言ってたよ」
リオは内心静かに焦る。
僕のは休憩がてらのドリンクだったから受け取ってもらえたのかな?
「テティスって頑固なの?」
リオが問う。
「ああ、頑固だな。」
ライルが即答し、サナが続ける。
「うん、可愛い顔して実はめっちゃ頑固だよ。何事も自分ができるようになるまで、なんかコソコソずっとやってるし。諦め知らず。...まぁ、ライルもだけど。」
「……」
静かになる。
風の音だけが聞こえる。
「……寝る」
ライルが横になる。サナも欠伸をする。
「俺も寝よっと。おやすみ」
「うん」
リオも軽く返してみんなベッドに横になった。
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部屋が暗くなってどれくらい経つだろう。
リオはベッドに入ったものの、全く寝れなかった。
明日、テティスは合格できるだろうか。
テティスは昔の僕を見ているようだった。
空っぽで、中身がなくて、落ちこぼれで、弱虫と呼ばれていたあの頃の僕。
孤児院の片隅。
うまくできなくて、何度やっても形にならなくて、
「また失敗してる」
そんな声を、何度も聞いた。
悔しいとか、悲しいとか、そういうのもだんだん分からなくなっていって、ただ、
「できるようにならなきゃ」
その感情だけが残った。
孤独にならないように、置いていかれないように必死で繰り返した。
何度も、何度も。
弱虫って言われないように、
それだけで気づいたら、ずっとやっていた。
……多分
小さく思う。
僕の空っぽはいつの間にか埋まってた。
あれは、僕じゃない。
僕が埋めたんじゃない。
いつの間にか埋まっていた。
「……ヴァルク」
あの人の顔が、ぼんやり浮かぶ。
厳しくて、無口で、でも、何も言わなくてもずっと見てくれていて、気づいたらいつもそばにいてくれた人。
多分、僕の知らないうちに中身を埋めてくれていた。
形じゃなくて、
“使い方”を。
“持ち方”を。
「……」
ふぅっと息を吐く。
でも少しだけ首を振る。
いや、昔の僕に重ねるのは、申し訳ないくらいにテティスは明るくて、笑顔が素敵で他の皆に愛されている女の子。
だから多分、必要なのは、“埋めること”じゃない。
「……きっかけ、か」
ぽつりと呟く。
あの日、ふと視界に入った売店の棚。並んでいる瓶。
色とりどりの飲み物。
その中で、ひとつだけ目に止まる。
淡い水色。
中で、小さな泡が揺れている。
「……スピリットソーダ?」
魔力に反応して少しだけ性質が変わる飲み物だという。
リーバ先生の言っていたことを少し思い出す。
魔力は水。
魔法は使い方。
だったら——
「……少しくらい、いいか」
ほんの少しだけ、自分の魔力を流す。
強くじゃない。
形を変えるほどじゃない。
ただ、
“触れる”くらい。
すると瓶の中の泡が少しだけ揺れ方を変える。
さっきより少しだけまとまりがある。
「……へぇ」
面白いな、と思う。
これなら言葉で説明するより、もしかしたら
“感覚”を掴めるかもしれない。
教えなくても、“中身”に触れるきっかけになるかもしれない。
「……」
別に深い理由はない。
ただなんとなく気休めになればいいと思った。
初めて僕に声をかけてくれた優しい女の子。
今度は僕が少しでも助けてあげたいと思ったクラスメイト。
リオは静かに眠りについた。
後にこのドリンクを渡した出来事が大きな意味を持つとは知らないで。




