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第五十二話 この気持ちはいったい何だろう(テティス視点)

静かな寮の部屋。

窓の外は、もう夜。明日は期限の3週間目になる。

明日合格できなければ...Aクラスからは落ちる。


テティスはベッドに座って小さな瓶を見ていた。

淡い水色。

瓶の中で泡がゆらゆら揺れている。 


「……」


「それ、残ってる部分はもう飲まないの?」


振り返るとミュシャが壁にもたれていた。


「……いたの?」


「さっきからいたわよ」


「……ごめん」


小さく笑う。

ミュシャの視線が手元に落ちる。


「それ、リオから?」


「うん」


「ふーん」


少しだけ目を細める。


「……飲まないの?」


「……うん、まぁ」


曖昧に答える。


「嫌いだから?」


ミュシャの言葉に身体がぴたり、と止まる。


「……知ってたの?」


「見てれば分かるわよ。あなた、そういう甘いの苦手じゃない」


「……」


「前、顔に出てたもの」


思い出す。昔みんなで初めて飲んだとき、ほんの一瞬だけ顔をしかめた。


「……そっか」


少しの沈黙。


「...で?」


ミュシャが腕を組む。


「なんで持ってるの」


「……なんとなく」


「嘘ね」


ミュシャは即答。


「捨てたくないだけでしょ」


「……」


テティスは少しだけ視線を落として答えた。


「……うん……なんでかは、分かんないけど」


ミュシャは小さく息を吐く。


「分かってるくせに。それ、味じゃなくて“思い出”でしょ」


「……」


言葉が出ない。

瓶を見る。

初めて崩して初めて触れて、初めて「いい」って言われたあの時のこと。


「……」


ゆっくり蓋を開ける。

しゅわ、と音がして最後の炭酸が抜けた。

テティスはそれを一口飲む。


「……」


やっぱり少し甘い。

でも。


「……あれ」


前より、嫌じゃない。


「……ちょっと、美味しいかも」


ぽつり。

ミュシャが小さく笑う。


「でしょうね」


「なんで?」


「記憶が上書きされたのよ。人間ってそういう生き物でしょ。嫌いだったものに、“意味”がついただけ」


「意味……」


テティスはもう一口飲んだ。

さっきより自然に。


「……ほんとだ」


さらにミュシャが紙袋を差し出す。


「……これね」


「なにそれ?」


「差し入れ」


「え?」


「みんなから。あなた宛て」


袋を軽く持ち上げる。


「……え」


テティスは少しだけ驚いた。


「寮には直接来たら規則違反でしょ。だから、私が受け取ってきた」


「……そうなんだ」


袋を受け取って中を見る。

中には簡単な食べ物と軽い回復用のドリンク。

でも——

あれ、さっきのソーダは、入ってない。


「……」


ミュシャがそれに気づく。


「当たり前でしょ」


「え?」


「あなた、それ嫌いなんだから」


「……」


「ちゃんと選んでるわよ、あいつらなりに」


少しだけ、視線を逸らす。


「……そっか」


胸の奥が、少しだけ温かくなる。

“なんとなく一緒にいる”だけじゃない。

ちゃんと、見られてる。

ちゃんと、気にされてる。


「……ありがと」


「私に言うことじゃないでしょ」


「……じゃあ、あとで言う」


ミュシャは小さく肩をすくめる。


「好きにしなさい」


静かな部屋。

でも、さっきより少しだけあたたかい。

テティスは、手の中のソーダを見る。

袋の中には入ってなかったもの。

でも。それでも、もう一口飲む。



「……やっぱり、ちょっと好きかも」



テティスは誰にも聞こえない声で小さく、呟いた。

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