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第五十一話 テティス・フォンティーヌ

「……ね、リオ」

「ん?」

「先生にさ」

手を見る。


「“中身ない”って言われたんだ」


「……うん」


リオは否定しない。ただ聞いてる。


「私さ」


ぽつり。


「昔から、そうなんだと思う」


さっきの回想の気持ちが、そのまま出る。


「みんなが決めたことについていくのに必死で、嫌われないように自分で決めたことなくて。だから、たぶん」


小さく笑う。


「本当に中、空っぽなんだよね」


静かな告白。


「それなのに、みんなと一緒にいたいと思っちゃうし、みんなすごいって思う反面、嫉妬心ばっかりで本当に凄く汚い感情。本当は全然綺麗じゃなくてぐちゃぐちゃなの。」


その言葉を聞き、リオは少しだけ考えて、


「じゃあさ」


と言う。


「今、決めればいいんじゃない?」


「……え?」


「今まで決めてこなかったんなら今から決めていけばいいんじゃない?別に何も遅くないと思う。」


リオはあっさり提案する。

本気でそう思ってる顔。純粋で曇りのない返答。


「……そんな簡単に」


苦笑する。


「難しいのは分かるけど」


少しだけ真面目な顔になる。


「でも、“ない”って分かってるならもう同じじゃないじゃん。それに、空っぽって言うけどちゃんとぐちゃぐちゃな感情、ある。それって他のみんなが大好きってことでしょ?」


「……」


その言葉が、静かに落ちる。


(同じじゃない)


確かに。


“何もないと思ってなかった自分”と

“何もないって分かってる自分”は違う。


「それにね、僕も同じような訓練、昔やったんだ。」


「え?」


「僕、孤児院出身で、そこから師匠に拾ってもらったんだ。話せば長くなるけど」


リオは照れながら続ける


「僕、その訓練で師匠に合格もらうまで1年かかったよ。」


「1年?」


「うん。1年。もうずーーっと同じことしてた。合格してからも次の課題があるでしょ?だいたい全部できなくて。僕の師匠はヴァルクって言うんだけど、ヴァルクは出来るまで気長に待ってくれたんだ。あるとき、この訓練とほとんど同じ内容。魔力を半分にしろって言われてしてみたら...」


「してみたら?」


「失敗した。半分にしろっていうから、僕は純粋に魔力を半分にすればいいと思ったんだ。でも半分にしようとすればするほど思い通りにならなくて、勝手に魔法が発動して、ぐちゃぐちゃに飛び散って、家の畑を壊滅させかけた。それでその日の晩ご飯は具なしカレー」


テティスはクスッと笑う。リオは続ける。


「テティスはさ、魔力を綺麗に整えようとするから難しいんじゃない?たぶん、テティスの思う綺麗とガイアが思う綺麗の基準って違うじゃん。」


あ、ガイアに失礼。まぁいいか。


「たぶん、もうちょっとぐちゃぐちゃになっても大丈夫だよ。失敗したって誰も気にしない。そのままのテティスがみんな好きだと思うよ。」


「....ぐちゃぐちゃになっても、大丈夫..」


テティスはゆっくり立ち上がる。


「……やってみる」


テティスはリオにもらったドリンクを勢いよくぐいっと一口飲む。


しゅわ、と弾ける。

ほんのり甘い。

でもそれだけじゃない。


……あれ


体の中に、“流れ”が入ってくる感覚。

さっきまでの自分の魔力と違う。


なに、これ


水が、ただ流れてるだけじゃない。

“動きながら、形を保ってる”

泡。

弾けて、消える。

でも消える瞬間まで、ちゃんと“そこにある”。


……これ



無意識に、手を出し、水を出す。

いつもの綺麗な球。


「……」


少しだけ力を込める。

ぐにゃり、と歪む。


でも、さっきと違う。

崩れない。


中で“動いてるのを感じる”。


「……あ」


さらに意識を向ける。


“感じる”。流れてるものを、そのまま...

そっと、整える。

歪だけど、

崩れない。

中でちゃんと“動いてる”。


「……ねぇ、少しできたかも。」


小さく呟く。

リオがそれを見る。


「……うん、いいね」


「え?」


「なんか、ちゃんとある感じする」


そのときまた水がパンっと弾けた。

テティスは、手から落ちていく水を見る。

さっきまでと違う。


ふと、気づく。さっきのソーダ。

あれと同じ。

身体が器だとすれば、私の身体の中でちゃんと“存在してた”。


私、ずっと流れ続ける魔力に対して、その流れを表面にもっていって綺麗に整えようとしてた。

だから、

中がなかった。


「……」


胸の奥が、少しだけ熱くなる。

リオを見る。


「……リオ」

「ん?」

「これ」


瓶を軽く振る。


「ちょっと魔力込めた?」

「え?」


きょとんとする。


「……あー」


少し考えて、


「なんか、触ったかも」


本当に覚えてない顔。


「……そっか」


小さく笑う。

やっぱり、この人教えるつもりなんてないのに“できる側の感覚”を、普通に混ぜてくる。


「……ありがと」


「うん」


何でもない返事。

でも。

さっきより、少しだけ——

その存在が、大きく見える。


「もういっかい。やる。」


小さく言う。手を出す。もう一度水を出す。

いつも通りの綺麗な球。


「……」


ここから...

一瞬、怖くなる。

崩れるのが分かってるから。

でも...


でも、自分でやるって決めた


ぐっと力を込める。

ぐにゃり、と歪む。


「……っ」


崩れそうになる。

でも、止めない。


「……っ」


さらに崩す。

形がぐちゃぐちゃになる。

今までなら絶対戻してた。

でも——


戻さない。


戻さない。それが私の選択。

ぐちゃぐちゃの水。歪んで、不格好で、全然綺麗じゃない。でも、触れてる。

中に、触れてる。


「……あ」


小さく声が出る。

ゆっくり、

ほんの少しだけ整える。

完璧じゃない。

歪んでる。

でもやっぱり

“ある”

ついさっきまでなかったものが。


「……できた」

ぽつり。リオがそれを見る。少しだけ近づいて、じっと見て、


「……いいと思う」


まっすぐ言う。


「え?」


「さっきより、もっとずっとちゃんとある感じする」


迷いのない言葉。テティスは、その水を見る。

綺麗じゃない。でも、今までで一番——

“自分のもの”な気がする。


「……ほんと?」


「うん」


その一言で、

胸の奥が、少しだけ熱くなる。


「……そっか」


小さく笑う。

今までの笑顔と、少し違う。

少し不安で、

でも、ちゃんと嬉しい顔。


「……ありがと、リオ」


「どういたしまして。僕、何もしてないけどね」


いつも通りの返事。

でも、その何気なさが、やけに優しく感じる。


「……」


テティスは思う。



この人なんでこんなにまっすぐなんだろう。

否定もしないし、無理に励ましもしない。

ただ、“今の私”をそのまま見て、「いい」って言った。



胸の奥が、少しだけ、くすぐったくなる。


……あれ


今までにない感覚。


なんだろ、これ。



少しだけ、リオの横顔を見る。

ほんの少しだけ目が離せなくなる。


「……?」


リオが気づく。


「どうかした?」


「……ううん」


慌てて目を逸らす。


「なんでもない」


でも胸の奥に、小さな変化が残る。

まだ名前はつかない。

でも、確かにそこにあった。

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