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第二十一話 旅立ちの朝(ヴァルク視点)


朝の森は静かだった。

夜の霧がまだ薄く残り、木々の間を冷たい空気が流れている。小屋の前の切り株に腰掛けながら俺は剣を磨いていた。金属が擦れる音だけが森の静寂に響く。


家の中から物音がした。


……リオだ。

荷物をまとめているのだろう。 

あいつがこの家に来て、もう数年になる。

最初に会ったときは、小さくて、痩せていて、目の奥にどこか怯えた光を持った子供だった。

魔法もろくに使えない。体力もない。

だが――

俺は最初に見た。あの手の甲の痣の中にうっすら浮かぶ魔法陣のような印。そして、灰色の魔力。


あの瞬間、嫌な予感がした。


……運命というやつだ。


俺は剣を止める。


「……ちっ」


思わず舌打ちが漏れる。運命なんてものは嫌いだ。

人間を勝手に巻き込む。

家の扉が開き、リオが出てくる。

少し大きくなった体。だが服は相変わらず質素だ。古いマント。旅用の小さな鞄。

首には昔から肌身離さず着けている銀色のペンダント。


「ヴァルク」


リオは少し緊張した顔をしていた。


「準備、できました」


俺は剣を鞘に戻す。


「そうか」


それだけ言う。本当は言うことがいくらでもある。

だが俺はそういうのが苦手だ。沈黙が少し流れる。森の鳥が鳴いた。リオが言う。


「……本当に僕はやっていけますか。魔法の学校。僕、あまり上手くないし」


俺は鼻で笑う。


「そう思うなら行くな」


リオが慌てる。


「えっ、う、嘘です、行きます!」


俺は少しだけ口元を上げる。昔と同じだ。不器用で、真面目で、素直で、すぐ必死になる。

変わっていない。


リオはまだ気づいていない。自分がどれだけ異常な存在なのか。……お前は知らない。お前は自分に才能がないと思っている。だが違う。

全属性が使える魔導士なんて、おそらくこの世界にお前しかいない。


小さかったお前に最初に出した課題。火を安定させるだけの修行。あれは――6歳の子供に出す課題じゃない。普通の魔導士なら、まずできない。


いや、初めからおかしかった。普通なら魔法の練習にしてもすぐに魔力が枯渇して動けなくなる。それを小さな子供は朝から晩まで練習していた。練習で疲れているとはいえ、魔力が枯渇して気を失うことはこれまで一度もない。


そもそもリオは魔力量の底が見えない。

普通に魔法を覚えると全部暴走する。

だからまず魔力制御を覚えさせた。

火を安定させる修行。


それは10代の魔法学校の普通の学生が卒業までにできるかどうかも怪しい訓練。

それをお前は6歳からたった1年かけて掴んだ。そしてそのあと、すべての属性を扱えるようになった。


自覚がないだけだ。


お前の力はもう――宮廷魔導師に並ぶ。


いや、もしかしたら、それ以上かもしれない。

だが、そんなことを言うつもりはない。力なんてものは、気づかないくらいでちょうどいい。


俺はリオを見る。

こいつにはまだ足りないものがある。

それは魔法じゃない。


守りたいと思う存在があるということを知ることだ。


俺は思う。学校で仲間を作れ。 

笑って、喧嘩して、助け合え。孤児院ではそれができなかった。この森でも、俺しかいなかった。

だからせめて――

今しかできないことを経験しろ。

愛するということを知れ。

愛されるということを知れ。

その当たり前を知ってほしい。

俺は立ち上がる。


「学校は強い奴ばかりだ」


俺は言う。


「貴族もいる、天才もいる。お前より強い奴はいくらでもいる」


リオはうなずく。


「……はい」


だが俺は続ける。


「だが、お前より面白い魔導士はいない」


リオは少し目を丸くする。


「え?」


俺はそれ以上は言わない。沈黙が流れる。

森の風が吹いた。木の葉が揺れる。


俺はリオの手を見る。

手の甲。あの痣。今は静かだ。

だが時々光る。


ドラゴンが現れたとき。

強い魔力が近づいたとき。


……嫌な印だ。


俺は目をそらす。

リオはまだ知らない。

世界がこいつを狙うかもしれないことを。

それがお前の運命だということを。


だから俺は短く言う。


「行け」


リオは少し寂しそうな顔をした。


「……はい」


「ヴァルク。今までありがとうございました」


「礼はいらん。時々帰ってきて飯でも作れ」


リオは少し笑う。


「はい。もう焦がしません」


俺は鼻で笑う。


「期待してない」


リオは歩き出す。森の道。小さな背中。

だが昔よりずっと大きくなった。俺はそれを黙って見送る。やがて姿が見えなくなる。森がまた静かになる。

俺は空を見る。


そして一言だけ呟いた。


「……強くなれ、リオ」

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