第二十話 修行の終わり
それから、月日が流れた。僕の生活はほとんど変わらない。朝は魔力の修行、昼は剣の修行。
合間には本や引き出しに入っていた紙の束を何度も読んだ。それが毎日続いた。最初の頃、僕は剣を振る体力すらなかった。少し振るだけで腕が震え、肩が上がらなくなる。
「体が弱すぎる」
ヴァルクはそう言って、僕に剣を持たせる前に別のことをさせた。
森を走る。薪を割る。水を運ぶ。石を持ち上げる。
最初はそれだけで倒れそうになった。森の坂道を走っては息を切らし、薪を割れば手の皮がむけ、水桶を運べば腕が痛くなった。それでも毎日続けた。やがて何度も春が来て、夏が過ぎ、秋が森を赤く染め、冬の雪が静かに森を覆う。
何度目かの季節をくりかえしたくらいに僕の体も少しずつ変わっていた。
剣を振っても腕が震えなくなり、森を走っても息が続くようになった。
ヴァルクは相変わらず多くを語らない。
でも時々、剣の持ち方や足の動きだけを短く教えてくれた。
「力むな」
「肩を下げろ」
「足だ」
その一言一言を、僕は何度も繰り返して体に覚えさせた。魔法の修行も続いた。最初に覚えた火魔法。そこから少しずつ、他の属性にも触れていく。水、風、土、雷...。最初は不安定だった魔法も、気づけば少しずつ形になっていった。
ある日、僕が最後の闇を操ったとき、ヴァルクは少しだけ眉を上げた。
「……できるのか」
「え?」
「全部」
僕は少し迷ってから答えた。
「たぶん……」
それ以上ヴァルクは何も言わなかった。
でもそれから、魔法の修行は少しだけ厳しくなった気がした。
森の中での生活も、いつの間にか慣れていた。
最初はまともに作れなかった料理も、今では少しは形になっている。鍋の火加減を調整したり、森で採れた野菜を煮込んだり、焼いた肉に塩を振ったり。
ある日、ヴァルクがスープを飲んだあとに言った。
「……前よりマシだ」
それはたぶん、褒め言葉だった。僕は少しだけ嬉しくなった。そんな生活が続き――
気づけば僕は15歳になっていた。
ある日の夕方、いつものように剣の練習を終え、家の前の切り株に座っていると、ヴァルクが珍しく先に口を開いた。
「リオ」
「はい」
ヴァルクは少しだけ空を見た。そして言った。
「王立魔法学院に行け」
僕は思わず聞き返す。
「え?」
「お前の年齢なら来年から入れる」
僕は驚いた。
王立魔法学院。それはこの世界の魔導士が通う場所だ。貴族や才能のある者が学び、魔導士になるための学校。
僕みたいな孤児には、縁のない場所だと思っていた。
「でも僕……」
灰色の瞳が不安そうに揺らぐ。僕の力は学校でやっていけるのか?ヴァルクは静かに言った。
「気にするな」
そして続ける。
「お前はもう、ここで学ぶことは少ない」
僕は驚いた。ヴァルクがそんなことを言うなんて思わなかった。
「外を見ろ」
ヴァルクは森の奥を見た。
「世界は広い」
そして短く言う。
「強くなりたければ、外へ出ろ」
森の風が吹いた。僕は空を見上げる。循環の森で過ごした年月。剣。魔法。ヴァルク。そのすべてが、僕の中に残っている。僕は静かに言った。
「……行ってみたいです」
実力不足で馬鹿にされようとも、自分の力を試してみたい。
ヴァルクは小さく頷いた。
僕の胸は大きく脈うった。




