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第十五話 ヴァルクの家

 ヴァルクの家は王都から遠く離れた、普通の人は立ち入らない森の奥にあった。

背の高い木々が空を覆い、風が吹くと葉がざわざわと揺れてまるで森そのものが呼吸しているようだった。


その森の中に、ぽつんと一軒だけ家が建っている。


外壁は派手な装飾は何もない。

けれど、よく見ると壁には古い魔法陣の刻印がいくつも刻まれていた。最初の頃はわからなかったが、勉強をしていくうちにその刻印の意味に気づく。防御魔法、結界、魔力遮断――普通の人なら気づかないが、この家は強力な魔法で守られている。理解するたび僕は驚いた。


「……これ全部、ヴァルク...さんが?」


そう聞くと、ヴァルクは短く答えた。


「昔な。あと、ヴァルクでいい。」


それ以上は語らなかった。家の前には小さな畑がある。ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ。食べ物のほとんどはそこで育てていた。どういう仕組みかはわからないが定期的に水が出される魔法陣が施されており、ほとんど何もしなくても種を植えると成長を待つだけの人に優しい畑だった。

料理は基本、僕の担当だ。最初はひどかった。焦げたスープ。硬すぎるパン。

ヴァルクは文句を言わず食べる。ただ一言。


「……塩」


それだけ言われたこともある。悔しくて何度も作り直した。

家の裏には広い空き地がある。そこが修行場だった。地面には剣の跡がいくつも残っている。岩には深い切り傷。木は真っ二つに割れていた。全部、ヴァルクが昔つけたものらしい。

僕はそこに立つたび思う。


……この人、どれだけ強いんだろう


家の中はとても質素だ。リビングには古い机と椅子、暖炉。そして壁一面の本。その壁の一角には剣が一本掛けられている。

その剣は、ヴァルクが普段使っているものとは違った。シルバーの鞘に入った古い剣。

僕が一度だけ聞いたことがある。


「この剣は?」


ヴァルクは少し黙ってから言った。


「……昔のものだ」


それ以上は話さなかった。二階には部屋が二つある。一つはヴァルクの部屋。そしてもう一つは僕の部屋だ。部屋の中には簡素なベッドと机。そして棚には古い本がいくつも残っていた。魔法理論。魔力制御。戦闘術。

全部、難しい本ばかり。


「……これ全部読んでいいんですか?」


そう聞くとヴァルクは答えた。


「好きにしろ」


それだけだった。

孤児院ではセレナ院長に読み書きを教えてもらっていたから、簡単な本は読めた。難しい部分は何度も何度も繰り返し読んで理解しようとした。暖炉のそばで僕が本を読んでいると、ヴァルクは時々黙って後ろから覗いていた。

間違った理解をすると、短く言う。


「違う」


それだけで、また黙る。

ヴァルクはたいてい大きな窓の下の出っ張りに座り、本を読んでいたり、静かに、お酒を飲んでいたりした。かと思えば何日も部屋にこもって見かけない日もあった。

優しいのか厳しいのか、よく分からない人だった。


夜になると、森は静かになる。風の音、虫の声、冬には暖炉の火の音。

孤児院とは違う静けさだった。でも、不思議と寂しくはなかった。

ここで僕は――魔法を学び、剣を学び、料理を覚え、体を鍛えた。


ある時、僕が自分の部屋の掃除をしていると、机の引き出しの奥に古い紙束が入っているのを見つけた。


「……?」


取り出してみる。そこには細かい文字と、魔法陣の図がいくつも描かれていた。

魔力の流れ、属性の循環、複数の魔力を同時に扱う理論...

僕は眉をひそめる。


「……難しい」


読み取れるところだけを断片的に読み込んだ。

孤児院で習った魔法とは、まるで違う。孤児院で教えてもらう魔法は一つの属性を強める方法ばかりだった。でもこの紙に書かれているのは違った。

属性を分けるのではなく、混ぜる理論。

火と風。水と氷。光と闇。

まるで――複数の属性を同時に扱うことが前提のような研究のメモだった。


「こんなの……僕にもいつかできるのかな」


僕はそう呟く。その時、後ろから低い声がした。


「それはカイルのものだ」


ヴァルクは少しだけ紙を見る。その目に、ほんの一瞬だけ――懐かしそうな影が浮かんだ。


「あの、カイルって……?」


ヴァルクは短く言った。


「昔、あいつが研究していた。...死んだ弟だ。」


それだけ言うと紙を机に戻す。僕は思う。


カイルって、どんな人だったんだろう


ヴァルクはほとんどカイルの話をしない。ただ、部屋はそのまま残している。

まるで――その部屋だけ時が止まっているかのように。



また、ヴァルクの家にはまだ僕が知らない場所がいくつかあった。

ある夜、水を汲みに家の裏へ行ったときだった。

ふと、地面の一部が不自然に盛り上がっているのに気づいた。


「……?」


よく見ると、木の扉のようなものが埋まっている。土を少し払う。

すると――

地下へ続く扉。

僕は驚いた。


「こんな場所あったんだ」


開けてみようかと思った、その時、後ろから声がした。


「……そこは触るな」


ヴァルクが珍しく少しだけ厳しい目をしている。


「地下室だ」


「地下室?」


「昔の研究道具がある」


それだけ言うとヴァルクは扉の前に立ち、ただ静かに扉を閉め、土を戻した。その背中を見ながら僕は思う。


...この家には、まだ僕の知らないことがたくさんある。でも、いつの間にかこの家は僕の居場所になっていた。

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