覚醒編6
○オレとマスターは周囲を警戒しながらそっと代表者の家の敷地に入る。
現在の家屋は変異体の襲撃を警戒して窓などにはフェンスが貼られているので侵入口はドアしか無い。
電力供給が絶たれているので電気的な警報装置などは存在しないが、糸などを使った警報装置はあるかも知れない。
マスターがドア周辺を念入りに調べてうなずく。
どうやら警報装置は無いようだ。
しかし、それで安全とは思えない。
オレたちが二人を奪還に来る事は相手も予想済だろう。
それなのに警報装置を仕掛けていないという事は内部に別の警報装置、そしくは撃退装置がある可能性が高い。
マスターがドアの鍵付近にナイフの先端をこじ入れ扉を開ける。
静かに開いたドアの向こうは真っ暗だ。
耳を澄ますがなんの音も聞こえない。
マスターと視線を交わして内部に足を踏み入れる。
外観からの予想だがかなり広い洋風建築だ。
もしかしたら地下室などもあるかもしれない。
ゆっくりと静かにマスターと内部の部屋を確認していく。
部屋を見て回るが妙な感じだ。
人間が暮らしていればどんなに気を付けても部屋は汚れる。
それなのにこの屋敷からはその気配が全くしない。
まるできれいに清掃された廃墟のようだ。
空気もなんとなく白く広がりを感じる。
誰もいないのだろうか?
しかし、玲子たちは屋敷から出た者は居ないと言っていた。
いくら夜でもライカンスロープの超感覚を誤魔化すのは不可能に近い。
中に二人がいるのは確実な筈だ。
もしかして手遅れだったのだろうか?
脳裏をよぎる暗い予感を打ち消しながら捜索を続ける。
一階の部屋は全て探したが二人の姿は無かった。
しかし、ますます変な屋敷だ。
部屋はおろかキッチンまでもが使われた形跡が無い。
ここに住んでいた代表者は食事もしなかったのだろうか?
二人を探して二階へ向かう。
二階に上がる階段の途中でマスターが手を上げる。
立ち止まったオレにマスターが床を指差す。
階段に敷かれた絨毯の毛に何かを引きずったような痕跡がある。
その太さとサイズからしてさくやさんの尻尾だろう。
少なくともさくやさんは二階に招かれたようだ。
ラミアであるさくやさんは移動する際、蛇のように下半身を左右に動かして移動する。
階段に敷かれた絨毯にはその独特の痕跡がある。
絨毯に残った跡を目で追う。
どうやら一番奥の部屋に連れ込まれたようだ。
罠の可能性もあるが確認した方が早いだろう。
マスターと素早く奥の部屋に近付く。
耳を澄ますがやはり音はしない。
・・・いや、かすかに音がする。
風の音だろうか?
扉に近づいて内部の様子を窺う。
・・・風の音に混じって小さな音がする。
これは呼吸音だ!
それを認識したと同時にマスターが扉を蹴り開け、部屋に突入する。
「やあ、いらっしゃい」
両手を大きく広げて代表者の男がオレたちを歓迎する。
「待っていたよ」
黒い服で全身を包んだ男が微笑む。
外見だけは以前と同じだがその表情や雰囲気は違い全くの別人のようだ。
「二人はどこ?」
厳しい口調でマスターが問いかける。
「あぁ、安心してくれ。彼女たちは君たちを招待する為のただのエサだ」
男が傍らのベッドを示す。
シーツに覆われて見えないがベッドの中央が大きく盛り上がっている。
「なんの為に二人を拐ったりしたの?」
「ゆっくりと君たちと対話がしたかったのだ。邪魔が入らない環境でね」
男は椅子にゆっくりと腰掛ける。
武器を持った二人の男が目の前にいるのに全く気にしていないようだ。
「ブランデーはいかがかな?今では貴重な品だよ」
男がテーブルに置かれたガラス瓶とグラスを手に取る。
「ご遠慮するわ」
マスターが男を睨み付ける。
「残念だね。失礼して私はいただくよ」
ちっとも残念そうな顔をせずに男はグラスに酒を注ぐ。
「話ってのは何?」
男が酒に口を付けるのを待たずにマスターが質問する。
「ふむ、我々と手を組む気は無いかね?」
男はしばらくグラスを名残惜しそうに見ていたが、結局酒を口にせずに言葉を紡ぐ。
「我々?この町の事じゃないわよね?」
この町の代表者たちとは既に関係を持っている。
「無論だ。我々はここから遥か遠くの町からやって来た」
男はマスターとオレの目を交互に見て話し続ける。
男の話によると彼らはここからかなり離れたここより大規模な町からやって来た。
彼らはそこでギルドと同じような組織を作り活動しているそうだ。
最初、男はこの町の調査が終われば町を去るつもりだった。
しかし、自分たちと同じような活動をするギルドの存在を知りここに留まる事にした。
そして、ギルドとの抗争で前代表が解任されたのでやむを得ずに代表に成ったそうだ。
「驚いたよ。我々と同じような組織を作り上げる者がいるとは」
しかも、ギルドは町を包囲した変異体の群れを撃退する程の戦力を持っていた。
さらにギルド法なる物を作り電気まで復活させ独自の武器防具を作成する能力がある。
「知れば知る程、君たちは有能な組織だ。ぜひ、協力して欲しい」
そう言って男はようやく酒を口に含む。
現在はヒトが協力しなくては生き残れない世界だ。
そこでギルドのような組織が生まれるのは自然な事なのかもしれない。
「協力って具体的には何を考えてるの?」
マスターの質問に嬉しそうに男が頷く。
「知識や技術、情報など全般的な協力だ。なんなら君たちを我々結社の一員として迎え入れてもいい」
彼らの組織は結社と名乗っているようだ。
男は嬉々としてマスターに結社の事を自慢している。
具体的な所在地はさすがに言わないがギルドより大きな組織のようだ。
「君たちが協力してくれれば我らの主もお喜びになるだろう」
「主?」
マスターの言葉に彼は大きく頷く。
「我ら結社で最も美しく最も優れた存在だよ」
男の顔がうっとりとしている。
ふむ、オレは二人の会話を聞きながら少しだけ重心を移動させる。
「つまり、その人物があなた方のリーダーなのね」
「すでにあの方はその様な矮小な存在では無い。この混沌とした時代の救世主だ」
男の瞳が妖しく輝いている。
男とマスターはテーブルを挟んで向かい合っている。
男は座り、マスターは立っている。
テーブルの上に置かれた酒瓶と二つのグラス。
ふむ、オレは二人に気付かれないように少しだけ移動する。
話を続ける二人を尻目にオレはじりじりと男に近付く。
ゆっくりと静かに・・・
「どうだろうか?お互いにとってメリットしか無い筈だ」
男の言葉を聞きマスターが考え込む。
オレはそれを見て確信する。
オレは手にしていた斧を男の頭目掛けて振り降ろす!
「ぐっ!」
男の頭をかち割るつもりで振り降ろしたのだが、頭の一部を砕いただけで男は椅子から飛び退ける。
こういう時、大きな肉体は不利だよな。
座っていた男の頭部との距離があった為にストロークが延び逃げられてしまった。
本当はもう少し近付いてから攻撃するつもりだったんだけど仕方無い。
しかし、静かに移動していた甲斐あって男とベッドの間に肉体を置く事が出来た。
男とマスターの会話中に横目で見ていたがベッドの膨らみは呼吸音と共に動いている。
どうやら本当にあそこに二人はいるようだ。
酒の匂いが邪魔で確認するのが遅れたが二人の匂いもしている。
自信家の男は二人を本当にベッドに置いておいたのだろう。
「貴様、どうして私の能力が効いていない!」
オレの攻撃からかろうじて逃れた男の顔が憎々しげに歪む。
男の言葉を無視して隣でぼうっとしているマスターのケツを強く叩く。
「痛~い!真人ちゃん、なにすんのよ!」
尻を叩かれたマスターがオレに掴みかかってくる。
うん、大丈夫みたいだな。
「妙な力を持ってるな」
オレの言葉に男の目が見開かれる。
「あれ?あたし、どうしたのかしら?」
マスターの瞳にようやく光が戻ってきた。
「視線で人の意識を低下させてるみたいだな」
おそらく、酒もその効果を助長させる為の小細工なのだろう。
「変異した者なら私の能力には逆らえない筈だ」
男がオレの目を睨み付ける。
ふむ、男に視線を合わせると少しクラっとする感覚があるな。
しかし、少しクラっとするがそれだけでオレの意識が低下した感覚は無い。
最初に部屋に突入した時に攻撃の間合いを外されて攻撃出来なかったのは理解出来る。
人間は攻撃されそうになると反射的に防衛行動を取るのだが、その反応が無いとえらく攻撃しにくいのだ。
しかし、その後に会話を続けたのは理解出来ない。
オレとマスターはさくやさんと京子さんを救出する為にここに来たのだ。
それなのにマスターはこいつとの会話を優先させて二人の存在を全く無視していた。
最初は油断させる為の方策かと思ったのだが、途中からおかしいと気付いた。
おしゃべりなマスターがどんどん無口になっていき、こいつはオレには話しかけなかった。
実際のところは置いておくが、マスターとオレを見比べた時に警戒するのは大柄なオレの方だろう。
それなのにこいつは途中からオレの存在をほとんど無視していたのだ。
武器を持ったオレを無視するなど、いくらなんでも無警戒過ぎる。
先程の発言からすると変異の度合いが大きい程意識レベルが低下するようなのでそれで無視していたのだろう。
「なぜ、私の能力が効かない!?」
男は血塗れの顔で聞いてくる。
「そんなん知るか!」
警戒していたから効かなかったのかと思ったが、警戒していた筈のマスターには途中からちゃんと効いてたな。
本当になんでオレには効かなかったんだろう?
少し疑問に思うが、今はどうでもいい事だ。
回復したマスターと協力して男を包囲する。
今度はマスターも警戒して男と視線を合わせないようにしている。
包囲された男がじりじりと壁に追い詰められていく。
「くそっ!」
男は言葉と共に上半身に着ていた服を引きちぎる。
男の不審な行動にオレとマスターが一気に距離を詰める。
しかし、それよりも男の行動の方が早かった。
ガシャン
男は体当たりして窓ガラスを割り外に飛び出る。
屋敷の外は玲子たちが見張っている。
逃がす事は無い。
そう思って窓に近付いた時に信じられない光景を見た。
空中を落下する男の肉体がどんどん変化していくのだ。
地上に落下するほんの数瞬で男の肉体は完全に変わっていた。
巨大な蝙蝠に変化していたのだ。
「オボエテイロ」
そう言い残し巨大な蝙蝠が空を飛んでいく。
・・・なんて非常識な変化をするんだ。
新しいライカンスロープの一種なのだろうか?
それとも・・・




