同盟編7
○「全員、装備を確認!」
オレの号令で突撃隊が鎧や武器を点検する。突撃隊は全員が肉体的に強化されたギルドメンバーで構成されている。身体を守る鎧は工房のおっさんが鍛えた分厚い全身鎧、手にする武器は斧や槍、戦棍などの重量級の武器。突撃隊はその性質上、常に戦いの最前線に立たなくてはいけない。その為、武器も鎧もこれまでの戦いで傷だらけになっている。おっさんやアキラが鍛えた武具なので大丈夫だと思うが万が一戦場で鎧や武器が破損すると命取りになる。全員が自分の武器を調べそれを終えると近くにいる者の鎧を交代で点検する。武器に異常は無いか?鎧の留め金が緩んでいないか?装甲に亀裂が入っていないか?丁寧に点検すると結構時間が掛かる。
その間にオレは突撃隊近くに転がっている真新しい巨大な亀の甲羅を点検する。この甲羅はギルド本部近くで発見され今ではトラック代わりに活用されている大陸亀の甲羅だ。大陸亀は力が強く性質が大人しいので役に立つ生き物だがその肉は特有の臭みが強く様々な調理法を試したが食用にはならなかった。野生肉好きなオレや玲子でも飲み込むのに苦労する程肉が臭い。あのサイズの生物が食用になれば食料事情がこれまで以上に好転するのだが仕方ない。なんせ噛めば噛むほど臭みが出る肉なのだ。どうも足長亀とは根本的に種が違うらしい。荷物の運搬用に大切にされている大陸亀だが脚を滑らせるなどの事故で安楽死させるしかない個体が定期的に出る。肉は食用に適さないが甲羅や骨は有効活用出来る。特に甲羅は軽く頑丈なので色々利用出来る。突撃隊は敵の砦を落とす為に敵の城壁に最接近しなくてはいけない。接近すると敵は城壁の上から矢を射ったり大きな石を落としたり煮えたぎった油を注いだり色々抵抗してくる。それらを防ぐのにこの大陸亀の甲羅は最適なのだ。ギルド本部で行った模擬戦では分厚い鉄板なども使用してみたが鉄板は重量が有りすぎオレ以外一人で持てる者がいなかった。それに鉄板では矢は防げるのだが煮えたぎった油などを浴びると一気に高温になり持っているのがキツい。大きな石などを大量に落とされると鉄板の上に石が乗り益々重くなる。その点大陸亀の甲羅なら矢や石は天然の曲線で全てはじくので鉄板のように重量が増す事は無い。それに煮えたぎった油などを浴びても甲羅の熱伝導率は低くほとんど熱を感じない。オレたち遠征軍が敵の砦を落とせるのもこの甲羅があればこそだ。しかし、これまでの激戦で今まで使っていた甲羅はかなり傷付いてしまった。敵の本拠地を攻めるのにこれでは少々不安がある。そこで本部に伝令を出し新しい甲羅を用意してもらった。
「どうです?新しい甲羅は?」
甲羅を確認していると船長がやって来た。
甲羅はいくら軽いといってもサイズがサイズなのでそれなりの重量がある。これを陸送するのは大変だ。大人しい大陸亀も仲間の甲羅を運ぶのには抵抗があるのか嫌がる。食料事情などから早急に新しい甲羅を必要としたオレたちは海上封鎖をしていた船長に頼み甲羅を輸送してもらったのだ。
「無理を聞いてもらいありがとうございます」
「いえいえ、我々もこの甲羅にはお世話になっていますから」
船長が乗る船団の旗艦の外装にはこの甲羅が分解され張り付けられている。陸亀とはいえ亀は亀。水に対する適性は高く甲羅を張ると水を撥き浮力が増すそうだ。
船長と今後の事などを話していると突撃隊の副長を務めている藤井くんが近付いてきた。
「総員点検完了しました!」
きちんと後ろに腕を組んで報告する。森のくまさんだった藤井くんもこの三年でかなり雰囲気が変わった。今では立派な人喰い熊だ。いや、もちろん人は喰わないけどね。
「ご武運を」
陸戦が苦手な船長が下がる。
後方で待機している主力軍を見る。
-あっちも準備は完了しているな。
それを確認して主力軍の中央に立つマスターと視線を交わし頷き合う。
「出陣!」
拳を振り上げ大声で命令する。
「おおっ!」
数人の突撃隊が甲羅の下に潜り込み甲羅を持ち上げる。持ち上げられた甲羅の下に他の突撃隊が入る。
全員が甲羅の下に潜ったのを確認する。
「前進!」
敵の砦に向かいゆっくりと歩を進める。
カンッ!カンッ!
甲羅に軽い音と衝撃が走る。
巨大な甲羅が接近してくるのに怯えた城兵がまだ距離があるのに矢を放っているのだ。オレたちはわざと歩調を落とす。矢は有限だ。しかも包囲されていては補給もままならない。無駄に矢を射ってくれるのは大歓迎だ。大地に落ちた矢を視線の端で確認する。鏃の多くは鉄製だが中にはなんと石の鏃まで混じっている。おそらく最下級の奴隷兵に与えられた武器なのだろう。
-バカな奴等だ。
内心で呆れる。なにも奴隷兵に呆れている訳では無い。砦の城兵に呆れているのだ。共に砦に籠った時点で奴隷兵も一個の戦力として扱うべきだろう。その貴重な戦力の装備をケチっていては只の無駄飯食らいを砦に入れただけに過ぎなくなる。
-このまま包囲していれば奴隷兵の反乱でも起こったかもな。
いや、それは無いか・・・
これまでの砦でも奴隷兵の反乱は起きなかった。
当初、オレはなぜ武装して数も多い奴隷兵が大人しく城兵に従っているのか不思議だった。いくら武装が貧弱でも圧倒的に数の多い奴隷兵が反乱してくれれば砦は容易く落ちるだろう。しかし、これまでも奴隷兵の反乱は全く起きなかった。なぜか?連合の奴隷兵への教育、というか洗脳だ。連合の支配者層は奴隷の支配に慣れている。奴等の奴隷への支配は徹底している。
各地から拐ってきた一般人を奴隷にするのはオレが想像していたよりずっと簡単なようだ。例えば拐ってきた一般人に『座れ!』と命じる。中には気骨のある人物がいてその命令に従わなかったりする。するとどうなるのか?その者は全員の前で殴り殺されたりする。血塗れで襤褸切れのようになった死体の前で再度『座れ!』と命令する。すると今度は全員が大人しく座る。こういった事を何度も繰り返すのだ。命令に反抗的な者、動作の遅い者、単に命令の聞こえなかった者。そういった者を全員の前で見せしめに殺す。すると拐われてきた一般人が徐々に奴隷と化していく。一度、恐怖心を植え付けられると人は弱い。命令に反抗して殺されるぐらいなら命令に従おうとする。本人が自覚しない間に立派な奴隷が出来上がる寸法だ。
-まぁ、連合に限った話じゃ無いんだが・・・
程度の差こそあれこのような手段は社会では日常的に行われている。国家から小さな仲良しグループまでごく一般的に。立場の差を見せつけ命令に従わせる。そこに信頼関係が無ければあっさりと王様と奴隷の誕生だ。
そんな事を考えていると徐々に地面が下がってきた。どうやら空堀まで前進出来たようだ。
「堀に入るぞ!甲羅の角度に注意しろ!」
大声を出し周囲に注意を促す。
時おり足元に矢が掠めるが脚まで鎧で覆われているので大した被害は無い。運の無い者が鎧の隙間に矢が刺さり倒れるが前進は止まらない。
空堀の中に槍や落とし穴でもあるかと警戒したが何も無いようだ。
「進め!」
一歩ずつ城壁に迫る。
ガンッ!ガンッ!
甲羅に当たる物音が重くなってきた。城壁に接近した事で矢に威力が増し石などの重量物も届くようになってきたのだ。時おり輝く光が降り注ぐのは呪術だろう。しかし、大陸亀の甲羅は熱だけでは無く電流にも強い。質量を伴わない呪術は大して脅威にならない。
ジュウゥウッ!
「ぐわぁ」
隣の甲羅に煮えたぎった油状の液体が降り掛かる。甲羅から半身が出ていた隊員がその油を浴び苦悶の声をあげる。
「大丈夫か!?」
「だ、大丈夫です!」
鎧から白い煙が上がっているが命に別状は無いようだ。
「お前は中央に移動しろ!」
「は、はい」
油を浴びた隊員が甲羅中央に移動して他の隊員が甲羅を担ぐ。
「接近している!位置に注意しろ!」
「おうっ!」
空堀を慎重に登り城壁にたどり着く。
「鉄杭用意!」
各甲羅の中から槍と見紛うばかりの巨大な鉄杭を持った隊員が城壁に取り付く。
その後ろにこれまた巨大なハンマーを持った隊員が立つ。
「打ち込め!」
ガンッ!!
巨大なハンマーが一斉に鉄杭を打つ。
「貫通するまで打て!」
ガンッ!!ガンッ!!ガンッ!!
巨大なハンマーが何度も鉄杭を打つ。
ハンマーが叩き付けられる間にも甲羅には城兵から攻撃が加えられる。
矢に石、油、そして・・・
「チッ、クソが!」
甲羅に黒っぽい粘状の液体が降り注ぐ。
城内で溜め込まれた城兵たちの糞尿だ。実は矢や石などよりこれが一番怖い。人の糞尿は傷口に入ると感染症を引き起こす。戦国時代の戦でも実際に戦場で命を落とす者より戦後感染症で命を落とす者の方が多かったそうだ。
「傷付いている者は注意しろ!」
ガンッ!!ガンッ!!ガンッ!!ゴンッ!
ハンマーの音が変わる。
「貫通しました!」
ハンマーを振っていた隊員が笑顔を見せる。
「よし!」
オレも笑顔で答えて周囲を見渡す。
「貫通!」
「やりました!」
周囲の隊員が叩いていた鉄杭が次々に中ほどまで城壁に埋まっていく。
「よ~し!押せぇ!」
城壁に埋まった鉄杭を隊員たちが押す。
「逆転!」
オレの号令でさっきとは反対方向に鉄杭が押される。
「逆転!」
号令でまた反対方向に鉄杭が押される。
「亀裂確認!」
鉄杭の近くで城壁を見ていた隊員が声をあげる。
「押し上げろ!」
周囲全てから亀裂を確認した報告が出た時点で鉄杭を上に押し上げる。
オレの腕より太い鉄杭が曲がりそうになりながら城壁に食い込んでいく。
パラパラ
城壁から細かい小石が落ち始める。
「城壁を押せぇ!」
ゴツい男たちが城壁を押していく。
オレも城壁に肩を押し当て全力で押し込んでいく。あまりの力に脚が地面に埋まっていくが無視して城壁を押していく。
グラッ
城壁が微かに揺れた。
「総員、防御体勢!」
オレの号令で全員が甲羅に完全に隠れる。
そこからは早かった。城壁に刻まれた亀裂から城壁が内部に向かって轟音と共に崩れていく。瓦礫の一部がこちらにも降り注ぐが甲羅にはじかれる。
ゴオオオオォォォォォォ!!!!!
城壁の一面、約20メートルが轟音と共に崩れ去った。
ひどい土埃の中、甲羅を大地に投げ捨て武器を手にする。
「さぁ、お楽しみの時間だ!」
オレは凶悪な笑みを浮かべる。
「城兵を皆殺しにしろ!」
「おおっ!!!!!」
突撃隊が瓦礫を乗り越え城内になだれ込んだ。




