第20話「空白の死」
「あそことかどうかな」
ナダユキが指を刺したのは、夕陽から避けるように建てられた建物だった。
というより、廃墟?
「いや、あそこはどう見――」
「一回入ってみよう」
ナダユキは僕の言葉など聞きもせず、廃墟に入り込んでいった。
廃墟にはあまりいい思い出がない。
魔人の斧、フィリア、機械……
今旅をしている理由はこの一つだし。
二人は何も気にしていないのか?僕が気にしすぎてるだけ?
いや、僕がいくら心配性だとしても、こんなに気にしないのは狂っているだろう。
そんなこと言っていたらもう入り込んでいる。
しょうがない、着いていくか。
中に入り込んだ瞬間、風が吹いてきた。
でもその風はなぜか暖かかった。
それに、部屋はかなり綺麗で、ゴミも全くない。埃すら見つけられない。
ということは、誰かがここに住んでいるんじゃ?
息を飲み込んだ後、僕が話そうとした。
その時。
上へ続いている階段からドアが開く音がした。
もう遅いだろう。
「二人とも、僕の後ろに隠れてくれ」
そうナダユキが囁く。
だが、もうそんな暇はない。距離的に僕は見つかる。
来る……!
「なんだお前ら!」
階段から降りてきたのは、いかにもなチンピラ風の男だった。なんだ、とほっと息をついた時。
男の手が鋭く輝くのが見えた。
「二人とも注意してください、刃物を持っています」
この二人からしたら刃物なんてアリみたいな物だろうが、舐めてかかったらやられる。
舐めプで殺されたら、逆に笑えない。
「あぁそうか、お前ら座れ」
突然男が口を開いた。
あぁそうか、と、誰も話していないのに急に納得した。
全く理解ができない。
「早く座れ!」
その言葉に焦った僕たちは、大人しく椅子に座った。
男が箱のような物から赤い何かを取り出すのを冷や汗をかきながら震えた。
人……じゃないよな?
僕らの頼みの綱、ナダユキも微動だにしない。
人生が終わった、そう思った。
赤い何かを、持っていた刃物で切り裂いていく。
高くなる心音を胸を押さえつけて無理矢理止めようとした。
その痛みで更に上がっていく。
そしてついに男が口を開いた。
「おい客人ども、お前らにこの高級肉を振る舞ってやる」
客人?高級肉ってやっぱり人なんじゃ……
そして突然男はフライパンを取り出し、火炎魔術で火をつけ。
手際よく肉を置いた。
高い場所から塩を振り、胡椒を満遍なく広げる。
油が跳ねる毎に塩胡椒もまた匂いが強くなる。
僕達はよだれを垂らしそうになりながら必死に耐えた、人の血肉で食欲をそそられたくない。
その思いで必死に耐えた。
「ほらよ」
そうして僕達の目の前に一つずつステーキが置かれた。
男は何も言わずにナイフとフォークを差し出し、僕達も無言でそれらを受け取った。
理性は悲鳴を上げ続ける。
僕達のお腹は鳴り続けた、でも一番最初に食べる奴なんかいない。
「ごちそうさまでした」
ナダユキがいつの間にかステーキを完食していた。
フォークが置かれる音が鳴り響いた瞬間、僕達は一斉にステーキにかぶりついた。
美味い……!
肉の内側から程よく油が噴き出し、濃い脂を塩胡椒がさっぱりとした味覚へ変える。
シンプルな味付け、調理過程も普通。
一体なんでこんなに美味いんだ!!
そうして、5分もしないで平らげた。
僕達は人肉を食べてしまった後悔で自分を責め立てながらも、あの味を思い出して幸せでいっぱいいっぱいになった。
「おい、お前らが持ってるそれなんだ」
男が指を刺したのは、僕達が死ぬ気で購入した牛肉だった。
別に裏ルートで購入したわけじゃないぞ?
「その肉を加工したのは俺の弟だ、見たら分かる」
マジか、あの店はこんなやつの親族と関わりがあったのか。
まさか……これも人肉なんじゃ!
「そんな身構える必要はないよ、ノルディア君」
身構える必要はないっていっても、あの肉の正体も、こいつの本性も謎のままなんだから。
体に落ち着けって言っても震えちまうんだよ。
しかも小刻みに。
「やぁ、グルーブル伯父さん」
「あぁ?なんで俺の名前を知ってやがる」
え?伯父さんって言ったらそれはつまり……
「僕だよ、ヤマテ母さんの息子」
その名前が出た瞬間、男は口と目を見開いて。
涙が段々と流れ出た。
「お前、ナダユキか!」
嬉しそうに喜ぶ男に少し親近感が湧いてしまった。
父さんも、また会ったらこんな風に喜んでくれるかな。
「俺はてっきり人攫いに四肢を切り刻まれて帰って来れなかったのかと……」
この男は一体何を言っているんだ。
流石ナダユキの親族とだけあって、言動が少しおかしい。
いや少しどころか全てが。
「母さん達はいつもみたいに喧嘩してるか?」
そう笑いながら疑問を投げかけた時。
男の目から光が消え、無理矢理口角だけを上げた。
その顔から僕達は全てを察した。
いつも冷静だったナダユキが、初めて焦りながら更なる質問の答えを必死に求めた。
「二人は元気なんだよな?街は平和か?兄はなんの仕事をしてる?」
全て、みんなが薄々勘付いていることを直接聞かず、惜しい質問ばかり。
的外れじゃない、ただ確信を避けている。
彼の顔に、汗か涙かわからない、何かが彼の体温を守り続けた。
彼自身の体温は、もう命ある物とは言えない。
「……死んだんだな?」
「あぁ」
男は食い気味に答えた、それは緊張の余りではない。
少しでも早く、考えさせるのをやめたかったから。
彼なりの、優しさだ。




