29.クラリス夫人の出産
春休みも終わりに近付いてきたころ、クラリス夫人が無事に男の子を出産したことがお義父様を通じてわたくしとお義兄様にも知らされた。
母子ともに健康で、アルシェ公爵領はお祝いでお祭り状態になっているという。
クラリス夫人の出産の報を受けて、わたくしにはミレーヌ殿下から手紙が届いた。
クラリス夫人に出産のお祝いに行きたいというのである。
わたくしもクラリス夫人をお祝いしたい気持ちはあったので、お義兄様に相談してみた。
「ミレーヌ殿下からクラリス夫人の出産のお祝いに行きたいと申し出がありました。わたくしもクラリス夫人をお祝いしたいのですが、どうでしょうか」
「アデリーがそう言いだすだろうと思って、セドリック殿に確認をしているよ。セドリック殿は歓迎すると言っている」
「それでは、ミレーヌ殿下にもお知らせしますね」
残り少ない春休みは、クラリス夫人の出産祝いにアルシェ公爵領に行くということで決まった。
アルシェ公爵領に行く当日、わたくしとお義兄様は王都の駅でミレーヌ殿下とヴィクトル殿下と合流した。わたくしとお義兄様とミレーヌ殿下とヴィクトル殿下で、六人が入れる個室席に入って、話しながら列車の旅を楽しむ。
「わたくしは、よだれかけに刺繍をしてプレゼントするように用意してきました」
「わたくしは、疲れが取れるというハーブティーとハーブを使った石鹸を用意してきました」
ミレーヌ殿下は赤ちゃんのためによだれかけに刺繍をして準備していたようだった。わたくしは赤ちゃんが生まれてすぐだと使えるものは少ないし、頑張って赤ちゃんを産んだクラリス夫人を労いたかったので、ハーブティーとハーブを使った石鹸の組み合わせにしていた。
お義兄様もわたくしのプレゼント選びを手伝ってくれたし、ヴィクトル殿下もご自分で選んだプレゼントを持ってきているようだった。
アルシェ公爵領に入ると、わたくしとお義兄様、ヴィクトル殿下とミレーヌ殿下に分かれて二台の馬車でアルシェ公爵家に行く。
アルシェ公爵家ではセドリック殿がわたくしたちを迎えてくれた。
子ども部屋に通されて、長い薄茶色の髪を三つ編みにして横に流しているクラリス夫人が、楽な格好でソファに座って待っていた。わたくしたちが来たので立とうとするのを、ヴィクトル殿下が手で制する。
「出産後すぐなので無理をしないように」
「ありがとうございます」
ヴィクトル殿下に言われて、クラリス夫人はソファに座ったままで、赤ちゃんを抱っこして見せてくれた。
「名前はセザールです。本当はセドリック様と同じ、セドリックと付けたかったのですが、ややこしいからと断られました」
「愛する旦那様のお名前を付けたい気持ちは分かります」
「分かってくださいますか、ミレーヌ殿下」
「はい」
ミレーヌ殿下はすっかりとクラリス夫人と意気投合していた。
クラリス夫人に抱っこされている赤ちゃんは、目をつぶっているので目の色は分からないが、髪の色は灰色で、セドリック殿と顔立ちもよく似ていた。
「かわいいですね」
「この年で子どもに恵まれるとは思いませんでした。クラリスはわたしに親になる喜びをくれた」
「セドリック様、わたくしたち二人の子どもですよ」
「そうでしたね」
生まれたばかりのセザール殿を見つめるセドリック殿の眼差しも、クラリス夫人の眼差しもとても優しく温かいものだった。
眠ってしまったのでセザール殿はベビーベッドに寝かされて、乳母が様子を見ることになった。わたくしたちはティールームに移動して、お茶を飲みながら話をする。
クラリス夫人はわたくしがプレゼントしたハーブティーを飲んでいた。
「ミレーヌ殿下はわたくしに何度もファンレターをくださっていましたね。とても嬉しかったです。ありがとうございます」
「わたくし、クラリス夫人の大ファンなのです。どうすればあのような活き活きとした詩が書けるのか教えてほしいです。わたくしもヴィクトル殿下にクラリス夫人のような詩の恋文を書きたいのです」
身を乗り出して教えを乞うミレーヌ殿下に、クラリス夫人はセドリック殿の方を見た。セドリック殿はクラリス夫人に優しく微笑みかけている。
「わたくしの詩は、最初は誰にも認められなかったのです」
「そうなのですか!? 今では王都で詩集が大流行していますよ」
「最初はわたくしの詩を誰も理解してくれなくて、わたくしは詩を書くことが恥ずかしいと思っていました」
「こんなに素晴らしいのに」
「わたくしは詩を書くことを一時期やめていたのですが、セドリック様への思いが募るにつれて書かずにはいられなくなって、セドリック様に恋文を書いたのです」
「クラリスの詩を読んだ瞬間に、わたしはクラリスの才能を知りました。これは素晴らしい詩だと思って、アルシェ公爵領で詩集として売り出したのです」
悲しくつらい過去を口にするクラリス夫人。その才能を認めたのはセドリック殿で、セドリック殿がアルシェ公爵領でクラリス夫人の恋文を詩集として売り出したことで、クラリス夫人の詩が認められるようになったと話している。
「詩とは、好きなひとのことを思うと、書かずにはいられないものなのです。心の中から自然と湧き出して、こぼれ出てしまうものなのです」
「クラリス夫人……。わたくしは、いい詩を書こうとばかり思っていました。そうではなかったのですね。詩とは自分の心の中から自然と湧き出して溢れ出てしまうもの……。クラリス夫人の領域に到達できるように、わたくしも精進しないと」
クラリス夫人の話を聞いてミレーヌ殿下は感動している様子だった。
わたくしとお義兄様とヴィクトル殿下は視線を彷徨わせる。
確かにいい話なのだが、詩の内容はあれなのである。
薔薇の蕾の中に妖精さんが眠っていたり、ベーゼを待っていたり、大輪の百合の花から愛の妖精さんが解き放たれたりするのである。
とてもいい話に聞こえますが、わたくしにはその詩が理解できません!
恐らく、お義兄様とヴィクトル殿下も同じ気持ちだっただろう。
「アデライド嬢とマクシミリアン様とヴィクトル殿下は、クラリス夫人の詩を読んで感じることはないのですか?」
ミレーヌ殿下がわたくしたちに意見を求めている。
まずい、理解不能だなんて言える雰囲気ではない。
「わたくしは、詩は難解でよく分からなくて」
「女性の気持ちというのは、難しいものですね」
「ぼくも、芸術を解する心が足りないようだ」
わたくしもお義兄様もヴィクトル殿下も、当たり障りがないように言葉を濁す。
「そうなのですね。ヴィクトル殿下にはぜひ、わたくしの心から溢れ出る感情を詩に綴ってお贈りしたいです」
「えーっと、それは、嬉しい、かな?」
「わたくし、頑張ります。詩とは自然と心から溢れ出てくるもの! そうなるように努力します」
「まぁ、ほどほどに」
クラリス夫人の詩のような恋文をもらってもヴィクトル殿下も困ってしまうだろう。
ミレーヌ殿下のことは大好きだし、親友だとは思っているが、クラリス夫人の詩に関してだけはミレーヌ殿下と分かり合える気がしなかった。
「本日はわたくしの出産祝いに来てくださってありがとうございました」
「クラリス夫人はお体を労わってくださいね」
「ありがとうございます、アデライド嬢」
見送りに来てくれたクラリス夫人がお礼を言うのに、わたくしはクラリス夫人の体を心配していた。
出産とは命懸けである。
それはお義母様の話を聞いていてもよく分かる。
出産後元気に見えるクラリス夫人も、消耗しているのには違いなかった。
クラリス夫人を疲れさせないように短時間で訪問を切り上げて、わたくしたちは王都に帰った。
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