28.ブランシュ嬢からの謝罪
バルテルミー公爵領から王都のタウンハウスに戻って、わたくしはブランシュ嬢と会う準備をしていた。
ブランシュ嬢は領地に戻って静養をしているというので、わたくしとお義兄様はバロー伯爵領に出向かなければいけない。バロー伯爵領は王都から近いので、列車で一時間、馬車で一時間で、合計二時間くらいで行くことができる。
バロー伯爵夫妻からは、お茶会の招待状が届いていた。
ブランシュ嬢に会う日、わたくしは華美ではないドレスを選んで身に付け、装飾品は一切身に付けなかった。お義兄様も地味なフロックコートを着ている。地味なのにお義兄様が着るとシンプルで大人っぽく見えるのだから、お義兄様は本当に魅力的だと改めて思う。
背が高くて、顔立ちが整っていて、体格がいいので、どんな装いでも似合ってしまうのだ。
朝食の席で、お義父様とお義母様はわたくしを心配していた。
「ブランシュ嬢はオーギュストの被害者なのだろう?」
「アデライドはオーギュストのことを思い出して不安になったりしませんか?」
それに関しては、わたくしは自信を持って大丈夫だということができた。
「大丈夫です、お義父様、お義母様。オーギュストと直接会ったときも、わたくし、全然怖くなかったのです。オーギュストは虚勢を張っていましたが、落ちぶれていて、憐れみを感じるくらいでした」
わたくしの言葉に、お義父様もお義母様も安心してくれたようだった。
「マクシミリアン、アデライドのことを頼んだよ」
「アデライドのそばにいてあげてくださいね」
「はい、父上、母上」
お義兄様にも念を押して、お義父様とお義母様はわたくしたちを送り出してくれた。
バロー伯爵領に着いて、馬車に乗っていると、ピンク色の小さな花をつけた木がたくさん生えているのが見えた。わたくしは窓からそれを見て、お義兄様に聞く。
「あれは何の花ですか?」
「あれはアーモンドの花だよ」
「とても美しいです」
バロー伯爵領の特産品はアーモンドやナッツなどと聞いて、それで栽培しているのかと納得する。
バロー伯爵家のお屋敷に着くと、わたくしたちはサンルームに通された。
ガラス窓から春の日差しが入るサンルームは明るく、ソファに座るブランシュ嬢は落ち着いた様子だった。
わたくしたちがサンルームに入ると、ブランシュ嬢はソファから立ち上がって、わたくしたちに深く頭を下げた。
「わたくし、アデライド嬢に大変失礼なことをしてしまったのに、お招きに応じてくださってありがとうございます」
「ブランシュ嬢のことは心配していました。あの後、お元気でしたか?」
問いかけながらわたくしとお義兄様がソファに座ると、ブランシュ嬢もソファに腰かける。侍女がお茶を入れて、お茶菓子をテーブルの上に用意する。
侍女がサンルームの端に下がってから、ブランシュ嬢は話し始めた。
「わたくし、ずっとあの男に騙されていたのだと理解しました。あの男の被害者の女性たちに会ったことで、わたくしは目が覚めたのです」
「ブランシュ嬢……」
「あの男はわたくしを愛してなどいなかった。わたくしはあの男に愛されていると思い込まなければ、自分が苦しくてつらかったと認めなければいけなくて、それが怖くて、ずっと目を反らし続けていたのです」
オーギュストの被害者の女性たちに会った後は泣いて取り乱していたブランシュ嬢だが、三か月近くの時間が経って、カウンセリングや治療を受けて、冷静に自分のことを振り返れるようになったようだった。
俯いているブランシュ嬢が膝の上でぎゅっと拳を握り締める。
「あの男を愛していると思い込むことで自分を守ろうとしていたわたくしは、愚かにも、あの男を断罪したアデライド嬢とマクシミリアン様が憎くて仕方がなかったのです。あの男が断罪されたのだったら、アデライド嬢とマクシミリアン様も不幸にならなければいけない。そう思い込んで、ミレーヌ殿下にありもしないアデライド嬢とヴィクトル殿下の不貞の噂を吹き込み、アデライド嬢とマクシミリアン様の仲が壊れるように仕向けようとしました」
自分がしたことをブランシュ嬢は冷静になって正直に話してくれている。
わたくしはブランシュ嬢がミレーヌ殿下にわたくしとヴィクトル殿下との不貞を吹き込んだのは分かっていたが、お義兄様との仲を裂こうとしていたということまでは考えていなかった。
ヴィクトル殿下とわたくしの不貞の噂などお義兄様が信じるわけがないし、わたくしとお義兄様の仲が壊れるわけがないと思っていたので、ブランシュ嬢がそこまで考えていたとは思わなかったのだ。
「ミレーヌ殿下をそそのかして、アデライド嬢の宛名で平民の特待生に恋文を書かせたのもわたくしです。ミレーヌ殿下は、そこまですることはないのではないかと仰っていましたが、アデライド嬢に思い知らせるためだとわたくしが強く言いました」
ミレーヌ殿下の偽の恋文も、やはりブランシュ嬢が企んだことだった。
「正直に全部話してくれてありがとうございます」
「アデライド嬢、マクシミリアン様、本当に申し訳ありませんでした」
深く頭を下げて謝罪するブランシュ嬢に、わたくしは少しだけ考えて、その謝罪に対する答えを導き出した。
「噂を立てたことも、ミレーヌ殿下をそそのかして恋文を書かせたことも、ミレーヌ殿下に嘘の不貞の噂を流したことも、わたくしはそれほど怒っていません」
「そうなのですか!?」
「ブランシュ嬢もですが、ミレーヌ殿下も、嫌がらせの仕方が、その……お上品で、わたくし、そんなに気にしていませんでした。噂を流されたくらい、わたくしは気になりませんでしたし、養子であることを話題にして嫌味を言われたときにも、わたくしは自分がはっきりと義父と義母に愛されていることを知っていたので気になりませんでした」
そうなのである。
わたくしはお義父様とお義母様、そしてお義兄様に幼少期から愛されて育ってきたので、自己肯定感がものすごく強いのだ。
嫌味ごときでわたくしは揺らがないし、噂が立ったところでそれが嘘だと分かっているのでショックを受けることもない。
ただ一つ、許せないことはあった。
「わたくしが許せなかったのは、ブランシュ嬢がお義兄様と色違いでお揃いの万年筆を踏み躙って壊したことだけです」
「その件は本当に申し訳ありませんでした」
「修理できたのでよかったですが、修理できていなかったら。わたくし、ブランシュ嬢を訴えるところでしたよ」
「本当にすみませんでした。お許しください」
「ブランシュ嬢、もうひとの大事なものを踏み躙ったりしないでくださいね」
「はい。あのときはアデライド嬢憎さに、わたくし、おかしくなっていたのだと思います。二度とあんなことは致しません。本当に、本当に申し訳ありませんでした」
心から謝ってもらって、わたくしもブランシュ嬢を許す気持ちになれた。
それ以外のことに関しては、ブランシュ嬢を責める気はもうなかった。
「分かってくださったのならいいです。ブランシュ嬢もずっとつらい思いをしてきたと思います。真実を認められるようになって、少しはつらさは変わりましたか?」
「カウンセリングを受けて、治療も受けるようになって、わたくし、自分がこんなにも傷付いていたのだとやっと気付くことができました。あの男は幼いわたくしをどれだけ傷付けたことか。まだあの男のことを思い出して、涙が出る日もあります。悪夢にうなされる日もあります。そんなわたくしを、両親は無理をしなくていいからゆっくりと傷を癒していこうと支えてくれています」
ブランシュ嬢の心の傷は簡単に癒えるものではないが、バロー伯爵夫妻の支えがあれば少しずつは前進していくのではないだろうか。
いつかはオーギュストのことを乗り越えて、ブランシュ嬢が幸せになれることをわたくしは願っていた。
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