27.お義兄様と春のデート
春休みに入って、お義兄様の実習がない日に、わたくしたちはバルテルミー公爵領に行った。
バルテルミー公爵領のお屋敷は、春薔薇が庭に咲き乱れていて、花壇ではチューリップの花が揺れている。
美しい庭を通ってお屋敷の中に入ると、お義兄様の部屋もわたくしの部屋も前回来たときのままに整えられていた。
お義父様は溜まっている領地での執務に取り掛かり、お義母様は領地の貴族と社交に忙しい。
お義父様とお義母様が忙しくしているので、わたくしも春休みの間にしっかりと勉強しておこうと部屋で教科書を開いていると、ドアがノックされた。わたくしがドアを開けると、お義兄様が立っている。
「町に行かない?」
「お義兄様は忙しくないのですか?」
「領地に来てまで勉強をすることはないだろう。夏にアデリーと出かけて楽しかったから、わたしはまた出かけたいのだけれど」
「嬉しいです。すぐに仕度をしてきます」
返事をしてバズレールさんを呼ぶと、すぐに服の準備をしてくれる。白いシャツにフリルもレースもない地味な薄茶色のスカート。薄茶色を選んだのは、王立アカデミーのプロムナードで薄茶色を着てみて、意外と大人っぽくて似合うと思ったからだった。
わたくしが薄茶色のスカートをはいているのを見ると、お義兄様が「ちょっと待って」と言って着替えてくる。
薄茶色のスラックスにベストを着たお義兄様に、わたくしと合わせてくれたのかと嬉しくなる。
「お揃いですね、お義兄様」
「アデリー、気付いていないの?」
「何がですか?」
「この色」
「薄茶色ですね」
わたくしが答えると、お義兄様が苦笑する。
「アデリーが学園のプロムナードでわたしの目の色に衣装を合わせてくれたから、王立アカデミーのプロムナードではアデリーの目の色に合わせようと思ったんだよ」
「あ! わたくしの目の色!」
わたくしの目の色は琥珀色で、服で表現するのは難しいが、薄茶色は近いような気がする。お義兄様はわたくしの目の色を考えて王立アカデミーでのプロムナードの衣装を考えてくれていたのだ。
お義兄様の心遣いに気付いていなかったわたくしは、今もお義兄様が薄茶色の服にわざわざ着替えてきてくれた理由を考える。
わたくしとお揃いにしたかっただけではなくて、わたくしの目の色を意識してくれていたのだ。
「ありがとうございます、お義兄様」
「アデリーの目の色は複雑だから、これという色が決まらないけれど、薄茶色が一番近いのではないかと思うんだ」
光の当たり具合によっては飴のような澄んだ黄金にも見えるし、茶色にも、焦げ茶色にも見えるわたくしの目の色。お義兄様にとっては薄茶色が一番近いと思われるのだったら、わたくしの目の色は薄茶色と表現されても何の異論もない。
馬車に乗り込んで町まで向かう。
春の風は少し冷たかったが、お義兄様と一緒にいると頬が熱くなってくるので、心地よくもあった。
町に着くと馬車を預けてお義兄様と護衛の兵士と町を歩く。
前回も広場で開かれている市を見に行ったが、季節が変わっているので市に並んでいるものも少し変わっているようだった。
新鮮な果物や野菜を売っている露店もあれば、ドライフルーツを売っている露店もある。ドライフルーツに興味を持って近付くと、店主が声をかけてくる。
「このキウイが美味しいんだ。お嬢さん、味見してみるかい?」
「いいのですか?」
「おひとつどうぞ」
薄くスライスされて乾かされたキウイを一つ齧ってみると、甘さが濃縮されているようでとても美味しい。キウイだけでなくて、オレンジやイチジクのドライフルーツも売っていた。
「アデリー、気に入ったのかな?」
「はい、とても美味しいです」
「キウイを一袋もらおう」
お義兄様がさっさと支払いを終えてしまう。
市を見終わると、お義兄様はチョコレートの店にわたくしを連れて行った。
王都でも見たことのあるようなチョコレートが並んでいる店に、わたくしとお義兄様は入る。
「この店は王都で有名な店の支店なんだ。バルテルミー公爵領にも支店ができて、領民がとても喜んでいると聞いている」
「ものすごいお客さんですね」
「みんな、王都のチョコレートを味わいたいんだろうね」
店の中はひとでごった返していた。
お義兄様は店の視察に来ただけで、チョコレートを買うことはなかった。わたくしたちは普段王都に住んでいるので、わざわざバルテルミー公爵領の支店でチョコレートを買う必要はないのだ。それよりも、楽しみにしているベルテルミー公爵領の領民にチョコレートを買ってもらった方がいい。
チョコレートの店を見終わると、お義兄様は夏にも連れてきてくれた大きなホテルのレストランを昼間だけカフェにしている場所に連れてきてくれた。
席に座ると、お義兄様がメニューを見せてくれる。
他にも気になるものはあったはずなのだが、わたくしの視線は一つの商品に釘付けになる。
夏に食べて美味しかったパンケーキが、今回は春なので苺を添えているというのだ。
「わたくし、苺を添えたパンケーキがいいです」
「わたしもそれにしようかな」
「前に来たときに次来たら何を食べようと考えていたのに、季節限定の苺を添えたパンケーキがあるなんて反則です」
「美味しそうだね」
お義兄様が注文してくれて、紅茶と一緒に苺を添えたパンケーキが運ばれてきた。パンケーキは噛む必要がないくらいふわふわで、口の中に入れると溶けてしまう。それに苺を一緒に食べると更に美味しい。
無言で食べているわたくしを、お義兄様は食べながら微笑ましそうに見守ってくれていた。
食べ終わって、紅茶を飲んで一息ついていると、お義兄様がわたくしに問いかけた。
「前回行った文房具の店にも行く?」
「はい、行きたいです」
前回は万年筆を買おうと思っていたのでそればかり見ていたが、文房具の店にはそれ以外にもたくさん面白いものがありそうだった。わたくしが行きたいと言えば、紅茶を飲み終わってからお義兄様が会計をして、文房具の店にわたくしを連れて行ってくれる。
文房具の店は、たくさんの文房具が売っていた。
その中でも目を引いたのは、箔押しをしてある便箋と封筒だった。
わたくしは自分で便箋と封筒を選んだことがない。
クラリス夫人と文通をしていた時期も、誰かが用意してくれた便箋と封筒を使っていた。
ミレーヌ殿下が使っていたような便箋と封筒をわたくしもほしいと思ってしまった。
真剣に便箋と封筒を選んでいると、お義兄様は栞やペーパーウエイトを見ていた。
わたくしは空色に白い縁取りの便箋と封筒を選んで、それを買うことにした。
「わたしに恋文を書いてくれるの?」
「クラリス夫人の詩のような?」
「それは、ちょっと困るかな」
「わたくしも、書ける気がしません」
お義兄様の問いかけにちょっと悪戯心を出して答えると、お義兄様が吹き出す。わたくしも笑って、会計を終えた。
帰りの馬車の中で、お義兄様は少し躊躇うような素振りを見せたが、わたくしに向き直ってわたくしに言った。
「ブランシュ嬢がアデリーに謝りたいと言ってきているようなんだ」
「ブランシュ嬢が?」
わたくしは思わず聞き返してしまう。
カウンセリングや治療が始まったと言っても、ブランシュ嬢の傷は深く、まだ癒されてはいないだろう。そんな段階で会わせていいのか、お義兄様も迷っている様子だった。
ブランシュ嬢はオーギュストの真実を知って、ものすごくショックを受けていた。あれからブランシュ嬢がどうなったのか、わたくしも心配ではないわけではない。
「お義兄様はどう思いますか?」
「早すぎるのではないかと思っている。ブランシュ嬢はまだ静養に入って三か月くらいしか経っていないし、ブランシュ嬢が苦しんできた時間を思えば、治療が始まったとはいえ、期間が短すぎる」
「わたくしに会うことで、ブランシュ嬢の状態が悪くなるということもあり得るのでしょうか」
「それも考えたよ。でも、バロー伯爵夫妻がブランシュ嬢の願いを叶えてあげたいようなのだよ」
バロー伯爵夫妻はブランシュ嬢がオーギュストに傷付けられてから、ずっと手を打てずにいたことを後悔しているのだろう。
ブランシュ嬢が治療に前向きになったことで、ブランシュ嬢の願いを叶えてあげたいと思ったとしても不思議ではなかった。
「わたくし、会います」
「アデリー……」
「会わなければ、ブランシュ嬢もわたくしも前に進めない気がするのです。お義兄様、ついてきてくれますか?」
「もちろんだよ、アデリー」
お義兄様が一緒ならば何があっても怖くはない。
ブランシュ嬢と会うことがわたくしにとっても、ブランシュ嬢にとってもいい方向に向かうことをわたくしは願っていた。
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