26.わたくしの真実と王立アカデミーのプロムナード
学園のプロムナードから帰ると、お義父様とお義母様がわたくしを待ってくれていた。
着替えをしてお義父様とお義母様とお義兄様と、お茶をしながら今日のことを話す。
「学年末の試験では無事に首席を守れました。一年生はドナが首席、三年生はダヴィド殿下が首席でマノンお姉様が二位、四年生ではミレーヌ殿下が九位に入っていました」
「アデライドは二年生でも首席を守り切ったのだね。ミレーヌ殿下も慣れぬ異国に来てよく頑張っていらっしゃるようだ」
「アデライドがマクシミリアンのように順調に首席を取っていて誇らしいですわ。よく頑張りましたね」
お義父様とお義母様に褒められて、わたくしはお義兄様の方を見る。
「お義兄様が王立アカデミーで忙しいのに、わたくしの勉強を見てくださったおかげです」
「マクシミリアンは学園でもずっと優秀だったからね」
「アデライドとマクシミリアンの仲がよくてわたくしたちも嬉しいです」
温かく見守ってくれるお義父様とお義母様に感謝しつつ、わたくしは王立アカデミーのプロムナードのことも伝えておく。
「三日後にはお義兄様が誘ってくださったので、王立アカデミーのプロムナードに参加します」
「わたしは王立アカデミーには行ったことがないから、どんなプロムナードなのか分からないな」
「わたくしが学園を卒業してからすぐに結婚しましたからね」
お義父様とお義母様は、お義母様の方が一つ年下である。お義父様は学園に入学するときにお義母様と婚約して、お義母様の卒業を待って結婚したと聞いている。
「それからすぐにマクシミリアンが生まれて、わたしたちも結婚して二十年になるわけか」
「マクシミリアンも立派な大人になりましたし、わたくしたちも年を取るわけですよね」
しみじみと話しているお義父様とお義母様に、わたくしは二十歳で父親になったお義父様と十九歳で母親になったお義母様のことを考える。
お義兄様の誕生はお義父様とお義母様にとってとても嬉しかったに違いないが、それだけではなかったとわたくしは知っている。
お義母様はお義兄様を産むときに命を落としかけて、第二子は望めなくなってしまったのだ。
お義兄様だけしか子どもを持てないと分かったときにお義父様とお義母様はどのような気持ちだったのだろう。
お義母様に次の子どもが生まれることはないと分かっていたからこそ、わたくしはバルテルミー公爵家の養子になった。
「お義父様、お義母様、一度聞いておきたかったのですが、わたくしの両親とはどのような方たちだったのですか?」
ブランシュ嬢がしきりにわたくしの出自に関して平民だと言いふらしていた。それを信じたわけではないが、わたくしは自分の出自をはっきりと知らないことをブランシュ嬢に言われて気付いたのだ。
お義父様の遠縁だから貴族だとは思っていたのだが、それもはっきりと聞いたことがない。
思い切って聞いてみると、お義父様とお義母様は顔を見合わせた後、お義父様が口を開いた。
「アデライドも知っていていい年齢になったかもしれないね」
「そろそろ話しておくべきだったかもしれませんね」
「アデライドの両親は、わたしの母方の祖母の従兄弟の孫で、父親がわたしと同じ年で学園時代はずっとわたしと仲良くしていた」
母方の祖母の従兄弟の孫。
それは確かに遠縁だが、わたくしの実の父親がお義父様の学友だったというのならば、お義父様がわたくしを養子にしたのも納得できる。
「身分は子爵家だった。アデライドの本当の両親が馬車の事故で亡くなったときに、アデライドの後見人となってくれる親戚を探したのだが、誰も高齢でとても無理だった。アデライド一人で子爵家を継ぐのは無理だろうし、わたしたちにはマクシミリアン以外の子どもが生まれることはないと分かっていたから、アデライドを養子にすることに決めた」
「わたくし、ベビーベッドで泣いているアデライドを見たときに、運命だと感じたのです。わたくしと同じ金色の髪で、テオドール様と同じ琥珀色の瞳。この子はわたくしたちの娘になるために生まれてきたのだろうと思いました」
そうなのだ。
お義母様の言う通り、わたくしはお義母様と同じ髪色で、お義父様と同じ目の色をしているのだ。そのためにわたくしが五歳でメイドのうわさ話を聞くまで、わたくしがバルテルミー家の養子だということを疑ったことはなかった。
「アデライドの本当の両親のことはとても気の毒だと思っている。その分、わたしたちがアデライドを幸せにしようと決めていた」
「マクシミリアンなど、アデライドが来た日に『わたしはもう乳母はいりませんので、バズレールさんをアデライドの乳母にしてください』と言ったのですよ。まだ五歳だったのに」
「アデライドの乳母がすぐに決まらなくてアデライドの面倒を見る相手がいなかったのを、マクシミリアンは気付いていたんだ」
お義兄様がたった五歳のときにそんなことを言ってくれていたとは知らなかった。
わたくしはお義父様とお義母様の話を聞いて、驚いてお義兄様の顔を見る。
「わたしは五歳のときに、自分はもう大人だと思っていましたからね」
「それは早すぎませんか、お義兄様!?」
「自分でも早熟な子どもだったと思うよ。でも、アデリーが泣いているのを見たら、わたしはいてもたってもいられなくなったんだ」
お義兄様もそのときのことはよく覚えているようだった。
「アデライド・エルミート、それがアデライドの生まれたときの名前だよ」
「エルミート子爵家の娘として生まれましたが、今はバルテルミー公爵家の娘です。誰がアデライドを取り返しに来ても、わたくしたちは渡しませんよ」
お義父様とお義母様の言葉に、わたくしは胸が暖かくなる。
アデライド・エルミート。
エルミート子爵家の両親のことは全く記憶にないし、知らないが、これからもわたくしはバルテルミー公爵家の娘として生きていく。
そのことを強く感じていた。
王立アカデミーのプロムナードの日、わたくしはお義兄様に指定されて薄茶色のドレスを着ていた。薄茶色のドレスは落ち着いていて、大人っぽく見えるので王立アカデミーのプロムナードの参加者は年齢層が高いということでお義兄様が指定したのかもしれない。
わたくしの部屋のドアをノックして、迎えに来たお義兄様も薄茶色のフロックコートを着ていた。
薄茶色は地味に見えるかと思っていたが、お義兄様がとても素敵なので、わたくしも自信を持ってプロムナードに参加することにする。
お義兄様と馬車で王立アカデミーまで行って、王立アカデミーの講堂に案内された。
王立アカデミーの講堂は広かったが、軍事科もあるので、体格のいい男性が多くて、わたくしは圧倒されていた。
「マックス、アデライド嬢、来ていたんだね」
「アデライド嬢、こんばんは。今日もご一緒できて嬉しいです」
「ミレーヌ殿下のパートナーはぼくだよ?」
「アデライド嬢は親友なので特別なのです」
ミレーヌ殿下はまるでわたくしとプロムナードに参加するようなことを言って、ヴィクトル殿下に笑われている。それに対して、ミレーヌ殿下は真剣にわたくしが親友だということを主張していた。
「ヴィクトル殿下、ごきげんよう。ミレーヌ殿下とアデリーはすっかり仲良くなってしまって」
「マックスも妬けるよね?」
「まぁ、多少は」
「婚約者同士が仲がいいのはいいんだけど、ぼくのことも忘れてほしくないな」
悪戯っぽく笑って言うヴィクトル殿下に、ミレーヌ嬢がヴィクトル殿下の手に手を重ねる。
「ダンスに誘ってくださいませんの?」
「もちろん誘います。踊りましょう、ミレーヌ殿下」
「はい」
ヴィクトル殿下がミレーヌ殿下の手を引いてダンスの輪に入って行くと、お義兄様は飲み物を給仕から受け取ってわたくしに渡してくれた。
細いグラスに入っている薄っすらと黄みがかった飲み物は、気泡が出ていて、シャンパンのように見える。
「これはアルコールではないのですか?」
「白ブドウのスパークリングジュースだよ。シャンパンではないから、安心して飲んでいいよ」
「はい。ありがとうございます」
白ブドウのスパークリングジュースを飲んでみると、炭酸が喉に心地よく、白ブドウの甘さと爽やかさがとても美味しい。お義兄様の言った通り、アルコールは入っていないようだった。
「アルコールが飲めないもののために、ノンアルコールでもお洒落な飲み物が用意されているみたいなんだ」
「これ、初めて飲みました。美味しいです」
「アデリーが気に入ったなら、バルテルミー公爵家でも取り寄せようか」
話しながら飲み終わったグラスをお義兄様が自然な動作で受け取って、給仕に返してくれる。
わたくしはお義兄様に手を引かれてダンスの輪に入った。
「アデリー、踊ろうか」
「はい、お義兄様」
お義兄様にリードされて踊っていると、空でも飛んでいるような気分になる。
ターンも軽々と支えられて、とても踊りやすい。
「お義兄様はダンスが上手ですね」
「聞いてくれる? わたしは学園時代にヴィクトル殿下と踊ったことがあるんだよ」
「えぇ!?」
ダンスは基本的に男性が女性を誘いに来て、二人一組で踊るのだが、どういう経緯でそんなことになったのだろう。わたくしが驚いていると、お義兄様がくすくすと笑う。
「わたしの学年は、男性の方が女性より多くて、毎回、平民の特待生のジャンが断られて先生と踊っていたんだ」
「ジャンも大変だったのですね」
「でも、それではよくないと、ヴィクトル殿下が言い出して、平民の特待生も平等に踊る権利があるはずだと、自分が先生と踊ると志願したんだ」
「それで、どうしてお義兄様と踊ったんですか?」
「その日、偶然女子生徒が一人休んでいて、もう一人男子生徒が余ることが分かったときに、先生は一人だけだから二人の相手はできないと困っていた。それで、ヴィクトル殿下が、わたしに言ったんだ」
――マックス、ぼくたちは体格も合うし、一緒に踊ろうか?
お義兄様の話を聞いて、わたくしは吹き出してしまう。
お義兄様とヴィクトル殿下、確かに二人ともとても身長が高くて体格は合うのだが、この二人が踊ったというのはおかしくてたまらない。ヴィクトル殿下も悪戯心を出してお義兄様を誘ったのだろう。
「わたしは踊ったよ。ヴィクトル殿下と、真剣に」
「お義兄様、ダメです。笑って踊れません」
「こうして笑い話にしてもらえると、あのときのわたしも報われる」
「もう、お義兄様ったら」
真剣な表情で踊っているヴィクトル殿下とお義兄様の姿を思い浮かべるとおかしくてもうだめだった。
笑ってしまったわたくしに、お義兄様もそのときのことを思い出したのか、笑っていた。
お義兄様のおかげで王立アカデミーのプロムナードもとても楽しく過ごせたのだった。
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