23.ミレーヌ殿下のお願い
ミレーヌ殿下とわたくしが椅子に座って、お茶会が再開された。
冷めてしまったお茶を、侍女が入れ替えて、もう一度湯気の上がるティーカップを前に、わたくしたちは改めてお茶をする。
お茶菓子はアップルパイとアイスクリームだった。アイスクリームは雪を氷室に溜めておいても、夏場には溶けてしまうので、今の時期が味わえる最後だった。
熱々のアップルパイと冷たいアイスクリームを一緒に食べると口の中で混ざってとても美味しい。
紅茶は葡萄のフレーバーのついたもので、甘い香りがして飲み口は爽やかだった。
「アデライド嬢、よろしければ、わたくしとお昼も一緒に食べませんか?」
アップルパイとアイスクリームと紅茶を楽しんでいると、ミレーヌ殿下から申し出があった。わたくしは食べる手を止めて、口の中のものを飲み込んで目を丸くする。
「ミレーヌ殿下は、ヴィクトル殿下とお昼をご一緒しているのではないですか?」
「そうですが、アデライド嬢ともご一緒したいのです」
どうやら、わたくしはこの一件でミレーヌ殿下に懐かれてしまったようだ。
ヴィクトル殿下の方を見ると、くすくすと笑っている。
「アデライド嬢にぼくの婚約者が取られてしまった。これは妬けるな」
「ヴィクトル殿下、笑っている場合ではありませんよ。ミレーヌ殿下にわたしのアデリーが」
「マックスは相変わらずだね」
お義兄様も苦笑しながら冗談を言っていて、わたくしはミレーヌ殿下にどう答えていいのか迷ってしまう。
わたくしが返答を考えていると、ミレーヌ殿下がわたくしに聞いてくる。
「アデライド嬢はサロンを借りてマクシミリアン殿と昼食をご一緒しているのですか?」
「はい。お弁当をバルテルミー家から持って来て、サロンでお義兄様と一緒に食べています」
「ヴィクトル殿下、わたくしとヴィクトル殿下もお二人にご一緒できませんか?」
ミレーヌ殿下は本気のようだ。
ヴィクトル殿下は問いかけられて、お義兄様の方を見る。お義兄様は苦く笑っていたが、「いいですよ」と了承した。
「それでは、ミレーヌ殿下とマックスとアデライド嬢とサロンを借りて昼食をご一緒しましょう」
「それと、ヴィクトル殿下にお願いがあります」
「なんでしょう?」
「マクシミリアン殿とアデライド嬢には親し気に話しています。わたくしにも同じように話してほしいのです」
確かにヴィクトル殿下はミレーヌ殿下には敬語だが、わたくしとお義兄様には敬語は使っていなかった。
ミレーヌ殿下が隣国の王女なので、礼儀正しく振舞っていたのだろう。
「いいのですか?」
「わたくしがお願いしているのです。わたくしもヴィクトル殿下と親しくなりたいと思っています」
「それじゃ、遠慮なく。ミレーヌ殿下、マックスとアデライド嬢と一緒にお昼を食べようね。毎日昼には王立アカデミーから迎えに行くから」
「はい。アデライド嬢、わたくしと一緒に階段下で待ってくれますか?」
「はい、もちろんです」
最初にヴィクトル殿下からミレーヌ殿下が留学生として学園に転校してくると聞いたときに、ブランシュ嬢のサロンに入る前にわたくしがミレーヌ殿下をサロンに誘っていれば、このような関係が築けていたのかもしれない。
少し遠回りしてしまったが、ミレーヌ殿下と良好な関係が築けるようになったことを、わたくしは安堵していた。
ミレーヌ殿下は、わたくしとクラリス夫人との関係についても聞きたがった。
「アデライド嬢はクラリス夫人に宛てたファンレターをお持ちでしたよね。クラリス夫人とお知り合いなのですか?」
「その話をすると長くなりますがいいですか?」
「それでは、先にアイスクリームを食べてしまいましょう。溶けますから」
ミレーヌ殿下に促されて、わたくしとミレーヌ殿下はアイスクリームとアップルパイを食べ終えた。紅茶を飲みながら、クラリス夫人の話をする。
「実は、クラリス夫人はお義兄様の婚約者だったのです」
「そうだったのですか!?」
「クラリス夫人は家庭環境が悪くて、正しい教育を受けていなかったせいで、学園に入学したときに平民の特待生に懸想してしまって、平民の特待生もアルシェ公爵家の権力に逆らえず迷惑をしていて、それがあまりにも目に余ったために、お義兄様との婚約は解消されたのです」
「クラリス夫人はアルシェ公爵と運命の出会いを果たして、真実の愛に目覚めたのだと思っていました。詩集ではそのように書かれていましたから」
「お義兄様と婚約を解消した後で、国王陛下が現在のアルシェ公爵のセドリック殿をクラリス夫人の婚約者に決めたのです。セドリック殿の元で教育し直されて、クラリス夫人はセドリック殿を愛するようになって、あのような詩集が生まれたのだと思います」
「それはそれで、ロマンチックですね」
ミレーヌ殿下はわたくしの話を聞いて、クラリス夫人とセドリック殿の関係に思いをはせているようだった。ミレーヌ殿下はクラリス夫人の詩のファンなのだから、クラリス夫人とセドリック殿の話もロマンチックに聞こえるのかもしれない。
わたくしにしてみれば、あの詩は理解できないし、クラリス夫人の真実の愛というのもよく分からないのだが、幸せそうだったからそれはそれでいいのだろう。
「も、もしかして、ミレーヌ殿下も詩を書かれるのですか?」
恐る恐るわたくしが聞いてみると、ミレーヌ殿下は悩ましそうにため息をつく。
「わたくしもクラリス夫人のような詩を書きたいと思っています。アデライド嬢の名前で出した恋文も、頑張ってクラリス夫人の真似をしたのですが、まだまだクラリス夫人のように素晴らしい詩は書けませんね。精進あるのみです」
できれば、精進しない方がいいと思います。
どうしてクラリス夫人の詩がこんなに流行っているのか、わたくし、全く理解できないんですけど!
理解できないわたくしが悪いのだろうか。
お義兄様とヴィクトル殿下の表情を伺ってみると、視線を彷徨わせている。
ミレーヌ殿下がクラリス夫人の詩をこんなにも尊敬するのが、お義兄様とヴィクトル殿下にもよく分からないのだろう。
「ヴィクトル殿下、わたくし、頑張りますね」
「あ、いや、ほどほどに」
「いえ、きっと素晴らしい詩を書いて恋文をお届けします」
「えーっと、ぼくは、芸術を理解する心がないのか、詩がよく分からなくて」
「それでしたら、ヴィクトル殿下にもクラリス夫人の詩集を貸して差し上げますわ」
「いや、その……あ、はい」
純真にクラリス夫人の詩を崇拝するミレーヌ殿下の熱量に押されて、ヴィクトル殿下も了承するしかなかったようだった。
これからヴィクトル殿下にミレーヌ殿下から、クラリス夫人を真似た珍妙で独特な詩が届くのかと思うと、少し気の毒になってくる。
「クラリス夫人はわたくしの書いた恋文を見たのですよね」
「はい。見ていました」
「なんと仰っていましたか?」
「え? そ、それは……」
――この『あなたとわたくしの間には、越えられない壁があります』というところはいいのですが、『わたくしには婚約者がいるのです』というところが直接的すぎますね。わたくしだったらこういう風には書きません。『定められた相手がいるのです』とぼかすか、『越えられない壁があるのです』という表現だけで十分なので、省略すると思います。『婚約者』という言葉がなくても十分通じるでしょう。読者の読み取る力を信じないからこんなことになるのです。
――この詩を書いた方は詩というものが分かっていません。詩を書いた気になっているだけです。
クラリス夫人がミレーヌ殿下の書いた詩を見て言っていたことを、わたくしはとてもミレーヌ殿下には伝えられなかった。
ミレーヌ殿下も尊敬しているクラリス夫人に詩を酷評されたと分かったらショックだろう。
「感想は特に言っていなかったと思います」
「そうですか。残念です。ぜひ感想を伺いたかったです」
ミレーヌ殿下はがっかりした様子だったが、すぐに気を取り直してわたくしに言う。
「ぜひ一度、クラリス夫人にご挨拶したいです。アデライド嬢、一緒に行ってくれますか?」
「はい。今、クラリス夫人は妊娠しているので、落ち着いてからにしましょうね」
「クラリス夫人は妊娠されているのですね。お祝いを送りましょう」
ミレーヌ殿下のクラリス夫人の詩に対する情熱は本物のようなので、本人に会いたいというのも理解できる。
でもクラリス夫人が妊娠していて、そろそろ臨月に近いというのも間違いなかった。クラリス夫人の出産後、落ち着いてから訪問する方がいいだろう。
そう提案すると、ミレーヌ殿下はクラリス夫人にお祝いを送るつもりのようだった。
お茶会は和やかに終わって、わたくしとお義兄様は帰路に着いた。
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