22.ミレーヌ殿下とのお茶会
ミレーヌ殿下とのお茶会の日は、雪も解けて、日差しも温かくなってきていた。
学園も王立アカデミーも休日の週末、わたくしとお義兄様は王宮に向かう馬車に乗っていた。
王宮ではヴィクトル殿下がお茶会の準備をしているはずだ。
雪のなくなった石畳の道を、馬車は軽快に走って行った。
王宮のティールームに案内されると、ヴィクトル殿下とミレーヌ殿下が到着していた。
ミレーヌ殿下は部屋に入ってきたわたくしとお義兄様を見て、驚いた様子で立ち上がりかけたが、ヴィクトル殿下が静かに視線でそれを止めた。
「どういうことなのですか? どうしてバルテルミー家の方々が来ているのですか?」
「ミレーヌ殿下に確認したいことがあったのです」
「ブランシュ嬢がアデライド嬢の万年筆を壊した件で、バロー伯爵家に圧力をかけてブランシュ嬢を学園から追い出したというのは本当なのですか?」
わたくしを睨み付けるミレーヌ殿下が、ブランシュ嬢のことに関して誤解しているのは確かだった。
わたくしはヴィクトル殿下を見る。
ヴィクトル殿下はミレーヌ殿下に座るように促して、わたくしとお義兄様にも椅子を進めてくれた。
「とりあえず、落ち着いて話をしましょう。ミレーヌ殿下を責めたいからマックスとアデライド嬢を呼んだのではありません」
「それではどういうつもりで」
「ブランシュ嬢からの手紙を預かっています」
ヴィクトル殿下が落ち着いた声でミレーヌ殿下に説明してくれるのを、わたくしとお義兄様は黙して聞いていた。
ヴィクトル殿下はブランシュ嬢から預かった手紙をミレーヌ殿下に差し出した。
ミレーヌ殿下は封筒から便箋を出して読んでいる。
その手紙の内容は、ブランシュ嬢からの謝罪だった。
自分が嘘をついてミレーヌ殿下のことを騙していた。自分はアデライドのことが憎くて、アデライドがヴィクトル殿下と不貞を働いているとミレーヌ殿下に告げたが、それは根も葉もない嘘だった。
そういうことが書いてあるはずだった。
手紙を読んだミレーヌ殿下はすぐには飲み込めないようで、戸惑っているのが分かる。
ヴィクトル殿下は侍女を呼び、紅茶を入れさせた。胸を押さえて俯いているミレーヌ殿下はヴィクトル殿下が話したことを必死に消化しようとしているようだった。
紅茶が入ると、侍女は壁際に下がっていく。
そこで、わたくしは二通の手紙を取り出した。
「この手紙に見覚えがありますね、ミレーヌ殿下?」
「これは、わたくしがクラリス夫人に送ったファンレター。でも、こちらは……」
「二通の筆跡を見てください。同じ文字の上に点を打っている。これは隣国の書き方なのだと隣国出身の祖母を持つアルシェ公爵のセドリック殿が言っていました」
「わ、わたくし……知りません」
弱弱しく否定するミレーヌ殿下に、わたくしは手紙をよく見せて、できるだけ穏やかで優しい声で告げた。
「ミレーヌ殿下を責めるつもりはありません。ミレーヌ殿下はブランシュ嬢にそそのかされていただけなのでしょう? 誤解があって、ブランシュ嬢もわたくしを憎んでいただけ。その誤解ももう解けています。わたくしは、ミレーヌ殿下を断罪したいわけではないのです」
ミレーヌ殿下には自分のしたことを認めてほしかった。
その上でヴィクトル殿下との関係を再構築してほしいとわたくしは願っていた。
「わたくし……申し訳ありませんでした、アデライド嬢。ブランシュ嬢がアデライド嬢に嫌がらせをするために平民の特待生に恋文を書いたという噂が流れれば、アデライド嬢が恥をかくのではないかと言ってきて、その通りにしてしまいました」
「やはり、ミレーヌ殿下がこの恋文を書かれたのですね」
「はい。申し訳ありませんでした」
ブランシュ嬢の呪縛から抜け出して、ミレーヌ殿下は自分がしたことを顧みてしっかりと謝ることができた。
これならば心配はいらないとわたくしは胸を撫で下ろす。
視線をヴィクトル殿下に向けると、ヴィクトル殿下がミレーヌ殿下の手を取って、穏やかに問いかけていた。
「ブランシュ嬢になにを言われたのですか?」
「ヴィクトル殿下が本当にお好きなのはアデライド嬢だと言われました。わたくしのことは、アデライド嬢と婚約することができなかったから、仕方なく婚約したのだと。卒業式のパーティーでも、アデライド嬢とだけ踊りたかったに違いないと言われました」
「そうだったのですね。卒業式のパーティーでアデライド嬢をダンスに誘いましたが、それはアデライド嬢が好きだったからではありません」
「それでは、なぜ?」
「アデライド嬢と踊るとマックスがヤキモチを妬くので、それが見たかっただけです」
「え!?」
場を和ませるように悪戯っぽく笑ったヴィクトル殿下に、お義兄様が大きくため息をつく。
「ヴィクトル殿下、そういう悪戯はやめてください」
「マックスとぼくは、幼いころから親友で、従兄弟なのです。ちょっとしたいたずら心を出しただけのつもりでした」
「そ、そんな……。わたくしは、アデライド嬢になんということを……」
ヴィクトル殿下の表情を見てミレーヌ殿下が慌てているのが分かる。それに対して、ヴィクトル殿下はミレーヌ殿下の手を握ったまま、真摯に告白した。
「ミレーヌ殿下とは政略結婚ですが、ぼくはこれから二人で愛を育んでいけると思っています。ぼくが愛する相手は生涯に一人だけ。ミレーヌ殿下だけです。信じてもらえますか?」
「は、はい。ヴィクトル殿下」
真剣な眼差しに、頷いたミレーヌ殿下の頬は赤くなっていた。
ミレーヌ殿下の誤解もこれで解けたようだ。
「わたくしとヴィクトル殿下が不貞関係になかったことはご理解いただけましたでしょうか?」
「はい。アデライド嬢にはとても失礼な態度を取ってしまいました。心からお詫びいたします。申し訳ありませんでした」
「謝罪、受け取りました。それでは、ミレーヌ殿下、これからのことをお話ししませんか?」
「これからのことですか」
ヴィクトル殿下とわたくしの誤解が解けたところで、わたくしはミレーヌ殿下とこれからのお話がしたかった。
ミレーヌ殿下とは遠回りをしてしまったが、これからは仲良くできるのではないだろうか。
「ブランシュ嬢が学園からいなくなって、お困りではありませんか?」
「そうなのです。わたくし、ブランシュ嬢のサロンでお茶をしていたのですが、ブランシュ嬢が休学してしまってから、お茶ができるサロンがなくなってしまったのです」
学園のカリキュラムには、お茶の時間までが組み込まれている。将来お茶会を主催する立場になるかもしれない貴族たちが、お茶やお茶菓子の手配をする練習も担っているのだ。
ブランシュ嬢が休学してから、ミレーヌ殿下はお茶をするサロンがなくなってしまった。
「よろしければ、わたくしの従姉のマノンお姉様と、ヴィクトル殿下の弟君のダヴィド殿下、それにわたくしがお茶をしているサロンに来られませんか?」
わたくしがお誘いすると、ミレーヌ殿下は水色の目を見開いて驚いている。
「わたくし、アデライド嬢に嫌がらせをしていたのですよ。そのようなわたくしと一緒にお茶をしたくはないのではないですか?」
「ミレーヌ殿下の嫌がらせは、お上品で、その……わたくし、あまり気にしていなかったというか……。ブランシュ嬢に万年筆を踏んで壊されたときにはものすごく悲しかったし、怒りもわきましたが、ミレーヌ殿下はわたくしに暴力を振るったり、物を壊したりするのは本意ではないと謝ってくれました」
「あのときは、ブランシュ嬢の暴走を止められなくて申し訳ありませんでした」
「万年筆は修理できましたし、もう気にしていません。ミレーヌ殿下、ヴィクトル殿下は最初からわたくしとマノンお姉様とダヴィド殿下のサロンに、ミレーヌ殿下が参加されたらいいと仰っていたのです。ぜひいらしてください」
わたくしがミレーヌ殿下の目を真っすぐに見て伝えると、ミレーヌ殿下は呆気にとられたような顔をした後で、ふっと微笑んだ。
「アデライド嬢、あなたは強いのですね。わたくしも見習わなければいけません。どうか、アデライド嬢とマノン嬢とダヴィド殿下のサロンに参加させてください」
立ち上がったミレーヌ殿下が右手を差し出してきたので、わたくしも立ち上がってミレーヌ殿下の右手を握った。
ミレーヌ殿下は微笑み、「よろしくお願いしますね」とわたくしに頭を下げた。
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