21.ヴィクトル殿下のお気持ち
ブランシュ嬢が学園からいなくなったが、ミレーヌ殿下との話し合いは慎重に行わねばならないということはわたくしも理解していた。
ミレーヌ殿下は隣国の王女で、留学生だ。下手をすれば隣国との国際問題になりかねない。
この件に関しては、わたくしもお義父様のお力を借りるしかないかとも思ったのだが、これまでわたくしとお義兄様で何とかしてきたのだ、自分たちの力で最後までやり遂げたい気持ちはあった。
それに、お義父様が出てくると王弟なのでことが大きくなりすぎる。
ミレーヌ殿下との話し合いはできるだけ穏便に済ませたかった。
「お義兄様、ミレーヌ殿下との話し合いですが、どうしましょう」
「わたしはヴィクトル殿下にも同席していただいた方がいいと思うんだ」
「ヴィクトル殿下にですか。確かにその方がいいかもしれませんね」
ことの発端はブランシュ嬢がわたくしとヴィクトル殿下のあり得ない不貞の話をミレーヌ殿下に吹き込んだからだった。ヴィクトル殿下から話があれば、ミレーヌ殿下も納得されるかもしれない。
お義兄様の提案にわたくしは賛同する。
「ヴィクトル殿下にも同席していただくとしたら、ミレーヌ殿下とお話ができる場をどのように設ければいいでしょう?」
「ヴィクトル殿下にお茶会を開いていただくというのはどうかな?」
「ヴィクトル殿下が婚約者をお茶会に誘うのは不自然ではありませんね」
その方向で進めていくとして、わたくしとお義兄様はまずヴィクトル殿下にこれまでのことを話すことにした。
学園の昼休みは、王立アカデミーの昼休みと同じ時間だ。
王立アカデミーと学園を繋ぐ長い階段を降りてきたお義兄様はヴィクトル殿下とご一緒だった。
ヴィクトル殿下は今日はミレーヌ殿下をお誘いせずに、わたくしとお義兄様とサロンで昼食を食べることになっていた。
「マックスとアデライド嬢が羨ましくて、最近はぼくもお弁当を持ってくるようにしているんだ。ダヴィドもそれを真似してお弁当を厨房に頼んでいてね。この時期はいいけれど、夏場は傷むかもしれないから、食堂か売店を使うようには言われたよ」
楽し気なヴィクトル殿下は、まだわたくしたちが話そうとしている内容を知らない。
サロンの一室に入って椅子に座ると、わたくしたちはお弁当を広げる。サロンの侍女がお茶を入れてくれて、それを飲みながらお弁当を食べた。
お弁当を食べ終わると、やっとお義兄様がヴィクトル殿下に話し始めた。
「ミレーヌ殿下が参加していたサロンの主催、ブランシュ・バロー伯爵令嬢が療養のために休学したのは聞いていますか?」
「ミレーヌ殿下から聞いたよ。ブランシュ嬢はオーギュストの被害者の一人で、その心の傷が癒えていなかったのだよね。父上からの報告書にも書いてあった」
「ブランシュ嬢をわたしとアデリーがオーギュストの被害者の女性たちに会わせたのです」
「それで、どうなった?」
「ブランシュ嬢はオーギュストに愛されているという幻想を抱いていたようですが、それが打ち崩されて、真実を見たとき、自分がオーギュストに傷付けられ、搾取されていたのだということを知りました」
冷静に話すお義兄様に、ヴィクトル殿下は形のいい顎を撫でながら静かに聞いている。
「その結果、バロー伯爵夫妻はブランシュ嬢の心の傷を癒すために学園を休学させて、カウンセリングを受けさせ、医者に診せて、療養させることを決めました」
「オーギュストへのねじ曲がった愛情が、ブランシュ嬢をアデライド嬢への憎しみに駆り立てていたのだね」
「そのようです」
ことの顛末を聞いたヴィクトル殿下は、納得した口調で頷いていた。
ブランシュ嬢の説明が終わったところで、わたくしは二通の手紙を取り出す。それはわたくしの名前でドナに宛てて出された恋文と、ミレーヌ殿下がクラリス夫人に宛てて書いたファンレターだった。
二通の手紙を見て、聡明なヴィクトル殿下はすぐに気付いたようだった。
「この手紙は、筆跡がとてもよく似ている。同一人物が書いたかのようだ」
「手紙の内容を見てどう思いますか?」
「ミレーヌ殿下はクラリス夫人の詩集を集めていると言っていた。この恋文はクラリス夫人の詩の影響を強く受けている印象を受ける。ミレーヌ殿下のファンレターからもクラリス夫人の詩をとても尊敬しているように感じられる」
「この恋文を、わたくしとお義兄様はミレーヌ殿下が書いたのではないかと思っています」
二通の筆跡がそっくりの手紙を見て、ヴィクトル殿下はその可能性を否定できなかったようだ。
「ぼくも偶然にしてはできすぎていると思う。クラリス夫人の詩を尊敬しているミレーヌ殿下と同じ筆跡で、クラリス夫人を真似た恋文が書かれた。これはミレーヌ殿下が書いたものだと考えた方がしっくりくるね」
わたくしがブランシュ嬢とミレーヌ殿下から嫌がらせを受けていたことはヴィクトル殿下のお耳にも入っている。ヴィクトル殿下はブランシュ嬢の情報を国王陛下から聞き出して、協力してくれていたのだから。
わたくしはヴィクトル殿下が戻してきた二通の手紙を厳重に仕舞いながら、お義兄様と視線を合わせた。お義兄様がヴィクトル殿下に頼み込む。
「ミレーヌ殿下をお茶会に誘ってはもらえませんか?」
「ぼくとミレーヌ殿下とアデライド嬢とマックスだけのお茶会?」
「はい。ミレーヌ殿下もブランシュ嬢がいなくなって、アデリーへの嫌がらせは止まりました。後はミレーヌ殿下の誤解を解けばいいだけなのです」
「先に聞いておきたい。ミレーヌ殿下はどんな誤解をして、アデライド嬢に嫌がらせをしたのかな?」
この件に関してはまだヴィクトル殿下には伝えていなかった。
言いにくいことではあるが、真実を伝えるしかない。
「ミレーヌ殿下は、ブランシュ嬢にわたくしとヴィクトル殿下が不貞関係にあると吹き込まれていたのです」
「ぼくとアデライド嬢が!?」
その話はヴィクトル殿下も初耳だったようで、聞いて驚いている。
「ヴィクトル殿下とわたくしとお義兄様は、クラリス夫人とお義兄様の婚約を解消する際に、協力していました。それが、あやしいというところから始まって、ヴィクトル殿下とお義兄様の卒業式のパーティーのときにわたくしとヴィクトル殿下が踊ったのが決定打になったようです」
「あのとき、ミレーヌ殿下は笑顔で送り出してくれていたよね。ミレーヌ殿下も代わりにマックスと踊っていたし」
「そのときは気にしていなかったのかもしれませんが、ブランシュ嬢に言われて疑惑が胸に芽生えたのでしょう」
わたくしが説明すると、ヴィクトル殿下が深くため息をつく。
それから、わたくしに向かってヴィクトル殿下は小さく微笑みかけた。
「実のところ、クラリス夫人とマックスの婚約が解消されたとき、ぼくはアデライド嬢がぼくの婚約者にならないかと思ったことがある」
「ヴィクトル殿下!?」
「マックス、目の色を変えないでくれ。あの後すぐに叔父上はマックスとアデライド嬢が婚約することを父上に報告していて、ぼくはそのときにアデライド嬢のことはきっぱりと諦めたよ。マックスは従兄弟で親友でかけがえのない相手だ。マックスとアデライド嬢を取り合うつもりは全くなかった」
ヴィクトル殿下の言葉に思わずといった様子で大きな声を出してしまったお義兄様に、わたくしもものすごく驚いていた。
まさかヴィクトル殿下からそのように思われていただなんて知らなかった。
けれど、ヴィクトル殿下ははっきりとわたくしのことは諦めたと言っている。
「ミレーヌ殿下と婚約をして、ミレーヌ殿下のことは大事にしようと思っていた。ぼくは不貞を働いてなどいないし、生涯愛するひとは一人だけだ」
「そのことをミレーヌ殿下に伝えていただけますか」
「分かった。場を設けよう」
ヴィクトル殿下が協力してくれることになって、ミレーヌ殿下とのお茶会が開かれることになった。
ミレーヌ殿下には、わたくしとお義兄様が同席することは伏せたままで招待状が送られる。
ミレーヌ殿下との直接対決が、始まろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
感想、ブクマ、評価、リアクション等していただけると、作者の励みになります。
コミカライズ版もよろしくお願いします。




