19.オーギュストの被害者の女性たちとの面会
次の週末に、わたくしとお義兄様はアルシェ公爵領に向かっていた。
ブランシュ嬢とバロー伯爵夫妻も同じ列車でアルシェ公爵領に向かっている。
ブランシュ嬢とわたくしたちは顔を会わせていないが、バロー伯爵夫妻がブランシュ嬢についていて、ブランシュ嬢に事情は伝えたようだった。
オーギュストの被害者の女性たちはセドリック殿が声をかけて集めてくれている。
アルシェ公爵領の駅に着くと、そこから馬車に乗り換えてアルシェ公爵家に向かった。
馬車から降りるときにお義兄様はわたくしの手を握って、わたくしの目を見つめ、しっかりと言ってくれた。
「わたしが一緒にいるからね。何かあったらすぐにわたしに助けを求めて」
「はい。お義兄様」
「話を聞くのがつらかったら、部屋から出て待っていてもいいからね」
「はい」
優しいお義兄様の配慮に感謝しつつ、わたくしはこの目でオーギュストの被害者の女性たちとブランシュ嬢の話し合いを見届けなければいけないと思っていた。
アルシェ公爵家に入ると応接室に通される。
応接室の暖炉は赤々と燃えていて、室内は暖かく、応接室には十五、六歳の女性が四人待っていてくれた。彼女たちがオーギュストの被害者の女性たちなのだろう。身分のある女性たちのようで、派手ではないが質のいい生地のドレスを着ている。
「なんでわたくしがこんなところまで来なければいけなかったのですか! お父様、お母様、バルテルミー公爵家の養子に何か言われたのですか?」
ブランシュ嬢のヒステリックな声が応接室に響いている。バロー伯爵夫妻は、ブランシュ嬢を挟むようにして、椅子に座らせた。
「ブランシュ、この方達の話を聞くのだ」
「ブランシュには真実と向かい合って欲しいのです」
「何を言っているのです!? わたくしはこんなところ、来たくなかった!」
嫌がるブランシュ嬢に対して、女性の一人が口を開いた。
「ブランシュ嬢もオーギュストの被害者と聞きました」
「被害者ですって!? 何を言っているの!? わたくしはオーギュスト様に愛されていたのよ!」
被害者と認めることができないブランシュ嬢に、その女性は問いかける。
「『君は特別な子どもだ。君のことを愛しているからこんなことをするのだよ。このことは誰にも話してはいけない。君は選ばれた子なのだから』オーギュストはそのようにわたくしに言いました。あなたも、同じように言われたのではないですか?」
「な、なんで……!? いえ、わたくしは本当に特別だったのよ!」
「わたくしも同じように言われました。『愛しているからこうするのだ。お前は特別な子なのだよ』と」
「嘘っ! オーギュスト様はわたくしにだけ言ったのよ!」
「わたくしもです。絶対に誰にも言ってはいけないと口止めもされました」
次々と明かされる真実に、ブランシュ嬢が両手で顔を覆って、聞きたくないというようにしている。
わたくしは女性たちの話を聞きながら、オーギュストへの恐怖よりも怒りの方が強かった。
オーギュストはどれだけの相手を傷付けたのだろう。
ここにきてくれた女性の中には、まだ傷が癒えていない方もいるだろう。
変態の幼女趣味、滅ぶべし!
オーギュストは断罪されてもう修道院から出てくることはできないが、それだけでは生ぬるいくらいだとわたくしは思っていた。
女性たちの中で、年上の一人が口を開く。
「わたくしもそれを信じていた時期がありました。でも、わたくしがお父様とお母様にオーギュストにされたことを話した途端、オーギュストは手の平を返したのです」
「オーギュスト様が……!?」
「『絶対に秘密だと言ったのに、約束を守れない子はいらない。お前の代わりなどどれだけでもいるのだ』と」
「代わりなど、どれだけでも、いる……!?」
ブランシュ嬢も心当たりがあったのだろうか、顔を覆う手を外して呆然としている。
その顔色が悪くなっていることは間違いなかった。
「オーギュストは判断のつかない幼子を甘言で自分の言うことを聞かせて、聞かなくなると捨てていた。その上、オーギュストは人身売買にも手を染めていたのです。オーギュストという人物の本当の姿が分かりましたか?」
静かにわたくしが問いかけると、ブランシュ嬢が震えながら言い返す。
「オーギュスト様は……わたくしを愛していた!」
「それは誰にでも言っていた言葉だったのです」
「わたくし……愛されていなかった……!? そんなはずはない! その方達とわたくしは別なのです!」
必死に言うブランシュ嬢に、女性の一人が同情の目を向ける。
「わたくしも医者にかかるまではそう思っていました。医者にかかって、カウンセリングを受けて、わたくしは自分がされたことを知ったのです」
「わたくしは愛されただけ! あなたとは違います」
「本当ですか?」
ブランシュ嬢の心が揺れているのを感じ取って、わたくしはブランシュ嬢を真正面から見つめた。
「オーギュストは幼い少女であれば誰でもよかった。平民にも、貴族の令嬢にも無体を働き、その被害者の数は数十人にもなっています」
「わたくしだけは特別だったのよ!」
「ブランシュ嬢が言われた言葉は、他の方も言われています」
わたくしが言えば、ブランシュ嬢が肩を振るわせている。
お義兄様が口を開いた。
「幼い子どもを餌食にする性犯罪者は、甘い言葉で子どもを騙して、被害者にするのです。ブランシュ嬢、あなたは大勢いた被害者のうちの一人なのです」
「わたくしは……」
「ブランシュ嬢は自分の傷に向き合おうとしていない。それは自分が傷付いたことを知ってしまうと、世界が崩れるような感覚になっているのでしょう」
「わたくしは傷付いてなんていません」
「ブランシュ嬢、あなたがされたことを考えれば、傷付いて当然なのです。ご両親もあなたの気持ちと向き合いたいと思っているはずです」
お義兄様に言われて、ブランシュ嬢は両脇に座るバロー伯爵夫妻を見た。バロー伯爵夫妻はブランシュ嬢を抱きしめる。
「ずっとお前の気持ちを受け止められなくてすまなかった」
「あなたを傷付けた相手から守れなくてすみませんでした」
「わたくし、傷付いてなんか……」
「そう思いたいのは分かる。でも、お前には治療が必要だ」
「あの男に可愛い娘が傷付けられた。わたくしたちはその事実を認められなかったのです。ブランシュ、あなたの気持ちをずっと蔑ろにしていてすみませんでした」
「お父様……お母様……」
震えるブランシュ嬢の黒い目から涙がこぼれ落ちる。
「わたくし、オーギュスト様に、愛されていなかったの?」
「あの男がお前にしたことは、愛なんかじゃない!」
「あなたはあの男に騙されていたのです」
泣き出したブランシュ嬢をバロー伯爵夫妻が両側から抱きしめている。
やっとブランシュ嬢は真実と向き合おうとしているのかもしれない。
「あなたのことは気の毒に思います。お金で解決できるとは思いませんが、せめて、アルシェ公爵家から慰謝料をお支払いします」
部屋に入ってきたセドリック殿が、ブランシュ嬢に言っている。セドリック殿の言葉が聞こえていないように、ブランシュ嬢は泣き続けていた。
セドリック殿の出現に、オーギュストの被害者の女性たちは椅子から立ち上がる。
「わたくしたちが話せることは話しました」
「後のことはお任せします」
「どうかその方が治療を受ける気になることを願っています」
「つらいことを話してくださってありがとうございました」
オーギュストの被害者の女性たちにお礼を言えば、彼女たちは答える。
「同じ被害者として放ってはおけませんでしたから」
「わたくしもあの男に洗脳されて思い込んでいた時期があります」
「あの方の気持ちは分かるのです」
「あの方はこれからが大変かもしれません」
その言葉に、泣いているブランシュ嬢を見る。バロー伯爵夫妻はブランシュ嬢を抱きしめて、慰めている。
オーギュストの被害者の女性たちは頭を下げて部屋を出ていった。
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