16.冬休みの終わり
冬休みが終わって、わたくしはまた学園に通い始めた。
冬休みの間に開催された王宮での新年のパーティーで、マノンお姉様はデビュタントを果たして、社交界デビューをした。同じ年のダヴィド殿下も社交界デビューをした。
これからはマノンお姉様もダヴィド殿下もお茶会だけでなく晩餐会にも参加できるようになったのだ。
わたくしのデビュタントは来年だが、マノンお姉様がどのように社交界デビューをしたのかお話を聞きたかった。
「マノンお姉様、デビュタントはどうでしたか?」
「王妃殿下に名前を呼ばれて、国王陛下の前でご挨拶をしました。緊張しすぎて、なにを言ったのか覚えていません」
「その後で晩餐会に出席なさったのでしょう? ダンスは踊りましたか?」
「わたくしを誘ってくださる殿方はいませんでした。ですので、仕方なくダヴィド殿下と踊りました」
「仕方なくとはなんですか。マノン嬢がお一人でいるので、お誘いしたのでしょう」
「わたくしにもマクシミリアンお兄様やヴィクトル殿下のような素敵な方が現れないかしら」
「失礼ですね。わたしがお相手して差し上げたのに!」
三年生で成績を競っているマノンお姉様とダヴィド殿下だが、もしかするとダヴィド殿下はマノンお姉様のことが気になっているのではないだろうか。
辺境伯家は公爵家と並ぶ地位のある家柄だし、マノンお姉様とダヴィド殿下はお似合いかもしれない。
わたくしは密やかに二人を応援することにした。
それはともかくとして、ブランシュ嬢のサロンに招かれている貴族から話を聞くために、わたくしはマノンお姉様とダヴィド殿下に協力してほしかった。
「ミレーヌ殿下のことなのですが、ブランシュ嬢からなにを言われたか探りたいのです。ブランシュ嬢のサロンに招かれている貴族とお話ができないでしょうか」
わたくしがマノンお姉様とダヴィド殿下にお願いすると、ダヴィド殿下がマノンお姉様の方を見た。
「マノン嬢、デボラ嬢から手紙を受け取っていましたよね」
「デボラ・ガイエ子爵令嬢でしたか……確かにお手紙は受け取りました。エタンお兄様に渡してほしいというものでしたね」
エタンお兄様はマノンお姉様の兄で、お義兄様の従兄弟で、次期辺境伯だった。士官学校を卒業して、辺境の軍に入っているが、時々王都に社交にやってくる。お義兄様と同じ年だがまだ婚約者が決まっていないので、婚約者を探しに今年の夏は王都に来ていたはずだ。
「王宮のパーティーでデボラ嬢はエタンお兄様の姿を見たのだそうです。それで身分違いで叶わないと分かっていても気持ちだけは伝えたいと手紙を預かりました」
「エタン殿に渡したのですか?」
「一応、渡しましたけれど」
マノンお姉様とダヴィド殿下の話に耳を傾けていると、マノンお姉様が「そうでした」と手を打った。
「デボラ嬢はブランシュ嬢のサロンに招かれていましたね。わたくしから声をかけてわたくしのサロンに一度お招きしてみましょうか」
「お願いできますか?」
「アデライドのためなら」
基本的にお茶をするサロンは自分で決めることができるのだが、一度招かれたら失礼にあたるので他のサロンに行くことはほとんどない。
デボラ嬢はマノンお姉様の兄であるエタンお兄様を慕っているようなので、マノンお姉様がお誘いしたら来てくれるかもしれない。
その日のお茶の時間に、焦げ茶色の髪に焦げ茶色の目の大人しそうな女性がわたくしたちのサロンにやってきた。
「デボラ・ガイエです。お招きいただきありがとうございます」
「デボラ嬢とお話がしたかったのです。座ってください」
マノンお姉様が迎えたその女性がデボラ嬢だった。
学年は四年生で、ブランシュ嬢とミレーヌ殿下と同じだ。
静かに椅子に腰かけたデボラ嬢は、ちらちらとわたくしのことを気にしている様子だった。
わたくしはデボラ嬢に向き直って、その焦げ茶色の目をしっかりと見据える。
「デボラ嬢、わたくしがブランシュ嬢に万年筆を壊された事件も、ミレーヌ殿下とブランシュ嬢から敵意を向けられていることもご存じでしょう」
「は、はい……。ブランシュ嬢もミレーヌ殿下も聡明な方なのに、どうしてそのようなことをするのか、困惑しています」
デボラ嬢は現状を知ったうえで、わたくしの参加しているサロンに来てくれたようだった。
侍女がお茶を入れてくれている間に、わたくしはデボラ嬢に尋ねる。
「ブランシュ嬢がミレーヌ殿下とどのような会話をしていたのか教えてもらえますか?」
「あの……わたくし……」
「デボラ嬢のお名前が出るようなことは絶対に致しません。デボラ嬢のことは守ります」
わたくしがはっきりと伝えれば、ダヴィド殿下がそれに言葉を添えてくださる。
「この国の第三王子の名において、あなたを守ることを誓いましょう」
ダヴィド殿下からそこまで言われたら、デボラ嬢も口を開かずにはいられなかったようだ。
ティーカップを持ち上げて、ティーカップの中の紅茶の水面に視線を落としながら、おずおずと話してくれる。
「わたくし、あのサロンの居心地が悪いと感じていました……。いつも悪口ばかりブランシュ嬢が仰るのです」
「ブランシュ嬢はどんな悪口を言っていたのですか?」
「あの、お怒りにならないでくださいね。わたくし、止めようと思ったのですが、ブランシュ嬢は伯爵家の出身で、わたくしは子爵家の出身。止められなかったのです」
「怒ったりしません。真実を教えてください」
真摯にわたくしが語り掛けると、デボラ嬢は重い口を開いた。
「バルテルミー公爵家のアデライド嬢は、婚約者がいる身でありながら、ヴィクトル殿下のお心を奪っていると……」
「わたくしとヴィクトル殿下が!?」
「は、はい。ヴィクトル殿下とアデライド嬢は幼いころからとても仲がよくて、ミレーヌ殿下は間に入ることなど無理なのだと仰っていました」
わたくしがヴィクトル殿下と不貞を働いている!?
そんなはずはない。
わたくしはお義兄様一筋だ!
ミレーヌ殿下と二人で話したときにミレーヌ殿下が言いかけた言葉。
それが今、はっきりと分かった気がした。
ミレーヌ殿下はわたくしがお義兄様と婚約しているのに、ヴィクトル殿下を弄んでいると思っているのだ。
「それは、あり得ません。あのマックスがアデライド嬢を兄上であろうとも譲るとは思えません」
「ダヴィド殿下」
「あ、すみません。つい口を挟んでしまいました」
思わずと言った様子で口を挟んだダヴィド殿下をマノンお姉様が静かに注意する。
「わたくしも、そんなことはあり得ないと思っているのですが、ミレーヌ殿下はアデライド嬢が卒業式のパーティーでヴィクトル殿下と踊ったというのを思い出して、それを信じてしまっているようなのです」
「確かにわたくし、ヴィクトル殿下に誘われて一曲踊りましたが、その前にお義兄様と踊っていますし、ダヴィド殿下とも踊りました」
「そうですよね。それをブランシュ嬢が悪意あるように捻じ曲げてしまった感じで……」
デボラ嬢の話で、わたくしはどうしてミレーヌ殿下にこんなにも憎まれているのかが理解できた。
ミレーヌ殿下はヴィクトル殿下とわたくしのことを誤解しているのだ。
卒業式のパーティーのときには笑ってわたくしとヴィクトル殿下が踊るのを見ていたし、その間ミレーヌ殿下はお義兄様と踊っていたので、あのときには気にしていなかったのだろう。それが、ブランシュ嬢に嘘を吹き込まれたことによって、猜疑心に胸が満ち溢れてしまったのかもしれない。
「誤解を解かなければいけませんね」
そのためにも、まずはブランシュ嬢とミレーヌ殿下を引き離さなければいけない。
ブランシュ嬢とミレーヌ殿下を引き離すためには、ブランシュ嬢がオーギュストと会って真実に気付かなければならない。
まずはバロー伯爵夫妻に働きかけるべきかとわたくしは考え始めていた。
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