13.冬休みの前に
冬休み前の試験のために、わたくしはお義兄様と毎日猛勉強している。
クラリス夫人の詩を真似た恋文でわたくしを動揺させようとしても無駄です!
こういうときこそしっかりと首席を守って、わたくしは実力を示さなければ!
そう思うのだが、一年生のときには前の人生の記憶があったから問題なく首席を取れていたのだが、二年生になると前の人生の年齢を超えてしまって、記憶を頼りにはできない。
夏休み前の試験でも実力で挑んだのだが、二年生も後半になってくると更に難しい問題が出てくる。
歴史学と政治学、ダンスなどは得意だったが、わたくしは数学と語学で躓いていた。
「お義兄様、この問題が解けません」
「公式は確認した?」
「確認しましたが、どの公式を使っていいのか分かりません」
正直にできないところをお義兄様に聞けば、お義兄様は教科書を広げて公式を示してくれる。
「こういう形式の問題が出たときには、この公式に当てはめるといいよ」
「はい、やってみます」
お義兄様に教えてもらった公式を使えば、問題は何とか解けた。
語学もお義兄様に文法を確認してもらって、問題を解いていく。
「ミレーヌ殿下は隣国とは違う言語で問題を解いているし、学習範囲も違うので苦労なさっているでしょうね」
「それがあるから、ヴィクトル殿下はミレーヌ殿下をアデリーのいるサロンに入れたかったのだと思うよ。上の学年の問題は解けないかもしれないけれど、アデリーは二年生の首席で、ダヴィド殿下とマノンは三年生の首席を争っている。この国の言語を教えるにはちょうどいい相手だったんじゃないかな」
確かに、ミレーヌ殿下がわたくしたちのサロンに来てくださっていれば、最初からこんな問題は起こらなかった。
それを考えると、横からミレーヌ殿下を自分のサロンに入れてしまったブランシュ嬢のことが気にかかる。どんなことを言ってブランシュ嬢はミレーヌ殿下を自分のサロンに誘ったのだろう。
伯爵家の令嬢が隣国の王女殿下をサロンに誘うなんて、かなり大胆なことをしたものだ。
「わたしが六年生のときは、ヴィクトル殿下とわたしとダヴィド殿下とマノンとアデリーで、サロンでお茶をしていたね」
「そうでしたね。お義兄様が卒業されてから、サロンも寂しくなりました」
「ミレーヌ殿下がこのようなことをしている理由が分かって、アデリーと和解できたら、アデリーと一緒のサロンに移ってきてくださるかな」
「そうなれば、賑やかになりますね」
ミレーヌ殿下はブランシュ嬢になにか吹き込まれているだけで、わたくしに対する敵意は誤解でしかないとわたくしは思っている。誤解が解ければ、ミレーヌ殿下がブランシュ嬢と離れてわたくしたちのサロンに移ってくることもあり得ない話ではない。
わたくしが考えていると、お義兄様が形のいい顎を撫でて呟く。
「ブランシュ嬢は、学園を休学した方がいいような気がするんだ」
「お義兄様……」
「ブランシュ嬢の心の傷は、本人が思っているよりもずっと深い気がする。まだ医者ではないけれど、医学生として学んだものとして、ブランシュ嬢には心の傷を癒す時間とケアが必要だと思う。このまま学園を卒業して他の貴族の元に嫁いでも、彼女は幸せになれない気しかしないよ」
ブランシュ嬢に関しては、わたくしの大事な万年筆を踏んで壊したという恨みがわたくしにはあった。けれど、お義兄様は医学的な立場から、ブランシュ嬢に治療が必要だと判断している様子だった。
ブランシュ嬢のしたことを考えれば怒ってもおかしくはないのに、お義兄様が冷静に判断してくれるので、わたくしも冷静になることができる。
「バロー伯爵夫妻がブランシュ嬢の心の傷をどう思っているか、ですね」
「両親なのだから、気付いていないはずはない。心の傷が深いと分かっているからこそ、ずっと触れないでいたんじゃないかとわたしは思うんだ」
「親ならば娘の心の傷を癒してあげたいと思うものではないのですか?」
「親だからこそ、認められない事実もあるということだよ」
ブランシュ嬢を休学させるためには、バロー伯爵夫妻にも働きかけなければいけない。
そのためにも、まずはブランシュ嬢が自分の心の傷と向き合える状況を作らなければいけない。
説得するためには、わたくし一人の力では難しいだろう。ブランシュ嬢をオーギュストの被害者の女性たちと面会させることが必要なのだとわたくしも納得していた。
冬休み前の試験までの半月、わたくしは勉強に集中していたので、噂はほとんど耳に入ってこなかった。
わたくしがドナに恋文を送ったという噂も、口にしているものを睨み付けて行けば、わたくしは王弟の家系の公爵令嬢なので、身分を弁えてみんな口を閉じる。噂もそのうちに消えるのではないかと思っていた。
冬休み前の試験を終えて、順位が発表される日、わたくしは授業棟のホールに向かっていた。わたくしの護衛のためにドナも一緒に来てくれているし、マノンお姉様もダヴィド殿下も一緒だった。
貼り出された二年生の順位を見て、わたくしはほっと胸を撫で下ろす。
なんとかわたくしは首席を守れたようだった。
「今回はわたくしの勝ちですね」
「語学のスペルミスが一つあったのですよね。それで差がついたかもしれません」
マノンお姉様は今回はダヴィド殿下に勝って、首席となり、ダヴィド殿下が二位で、ダヴィド殿下は悔しがっていた。
一年生の成績順を見れば、ドナが二位になっている。
「公爵令嬢、おめでとうございます」
「ドナも頑張りましたね。夏休み前の試験から順位が一つ上がっているではないですか」
「公爵令嬢、わたしの順位をご存じだったんですね」
「ジャンから聞きました」
わたくしとドナが話していると、四年生の成績順の順位表の前に立っているブランシュ嬢が歪んだ笑みを浮かべていた。
「さすが、恋文を渡すだけはありますね。平民の特待生と仲がよろしいこと」
「バロー伯爵令嬢、わたしはバルテルミー公爵に公爵令嬢をお守りするように命じられているだけです」
「バルテルミー公爵令嬢の騎士というわけですね。騎士にしては貧相ですが」
ブランシュ嬢がドナを嘲笑っていると、ブランシュ嬢の横に立っているミレーヌ殿下と目が合った。ミレーヌ殿下はわたくしと目が合うとすぐに目を反らしてしまう。
ブランシュ嬢が万年筆を壊したときも、ミレーヌ殿下は真摯に謝ってくれた。ブランシュ嬢が今していることは、ミレーヌ殿下の本意ではないのかもしれない。
「行きましょう、ブランシュ嬢」
「はい、ミレーヌ殿下」
これ以上ドナをけなさせないためか、ミレーヌ殿下はブランシュ嬢を促してホールを出て行った。残されたわたくしは、ドナとマノンお姉様とダヴィド殿下の顔を見て、長く息を吐いた。
「冬休みの間はブランシュ嬢とも顔を会わせずにすみますね。ゆっくりと過ごしてください」
「ありがとうございます、公爵令嬢」
ドナに労いの言葉をかけると、ドナは深く頭を下げてお礼を言っていた。
試験の結果が発表されると、翌日から冬休みに入る。
雪の中馬車を走らせてわたくしはバルテルミー公爵家のタウンハウスに戻ると、その日は家族で夕食を食べられることになった。
夕食の席でわたくしは成績の報告をした。
「お義兄様に教えていただいたので、今回もなんとか首席がとれました」
「頑張ったね、アデライド」
「マクシミリアンは学園の六年間、ずっと首席でしたが、アデライドもそうなるかもしれませんね」
お義父様とお義母様に褒められてわたくしは誇らしい気持ちになる。
お義兄様も当然、王立アカデミーの医学科で首席を取ったようだった。
報告していると、お義父様からわたくしとお義兄様に頼みごとがあった。
「アルシェ公爵家のクラリス夫人が懐妊したと聞いている。お祝いを贈りたいのだが、わたしは冬の間領地に戻らなければいけないので、アデライドとマクシミリアンが届けてくれないか?」
「クラリス夫人は懐妊したのですか」
「それはおめでたいですね」
「頼まれてくれるか?」
「もちろんです」
わたくしとお義兄様はクラリス夫人の懐妊祝いを届けることを了承した。
アルシェ公爵領は行くのに時間がかかるし、クラリス夫人やセドリック殿と話したかったので、わたくしとお義兄様はアルシェ公爵家に一泊してくるようにお義父様が言うので、わたくしとお義兄様は荷物を用意することにした。
「わたしが直接渡したかったが、領地の方に行かなければいけない」
「雪の中ですから、気を付けて行ってきてくださいね」
わたくしとお義兄様がアルシェ公爵領に行っている間、お義父様とお義母様はバルテルミー公爵領に行って、たまっている執務を片付ける予定だった。
クラリス夫人はお義兄様と婚約していた頃に問題はあったけれど、それも今は解決している。アルシェ公爵家もセドリック殿がきっちりと取り仕切っているので問題はない。
クラリス夫人と会うのはセドリック殿とクラリス夫人の結婚式以来だった。
クラリス夫人は独特の詩を書くことや、真実の愛を求めすぎてしまうこと以外は悪いひとではないと思うことができるようになっていたので、会うことはそれほど憂鬱ではなかった。
読んでいただきありがとうございます。
感想、ブクマ、評価、リアクション等していただけると、作者の励みになります。
コミカライズ版もよろしくお願いします。




