12.偽りの恋文
王宮でお茶会があった翌日、学園に登校すると、ドナが二年生の教室の前でわたくしを待っていた。
ドナがわたくしを護衛してくれるのは昼休みとお茶の時間にサロンに行くときくらいなので、朝からわたくしを待っていたドナには何か理由があるのだろうとは思っていた。
青ざめた顔でドナはわたくしに告げた。
「今日の昼休みにお話ししたいことがあります。できればバルテルミー公爵家の若様とルーベル辺境伯家のご令嬢と、第三王子殿下と……とにかく、お声掛けできる方には全員集まってほしいのです」
何ごとかと思っていると、ドナが後ろから声をかけられている。
「恋文だけじゃなくて、直接会いに来たのか?」
「バルテルミー公爵家のご令嬢は平民を弄んで可哀そうに」
恋文?
よく分からないでいると、ドナは「どうか、お願いします」と頭を下げて一年生の教室に戻って行った。
わたくしは午前の授業の合間に手紙を書いて、マノンお姉様とダヴィデ殿下にサロンに来てくださるようにお願いした。
昼休みになると、お義兄様が王立アカデミーから繋がる長い階段を降りて学園の方にやってくる。お義兄様の手を取って、わたくしは予約していたサロンの部屋に向かった。
サロンの部屋にはマノンお姉様とダヴィド殿下とドナが揃っている。
ドナは緊張した面持ちで椅子に座らず突っ立っていた。
「君はジャンの弟だね。ジャンとよく似ている」
「はい、ドナ・リトレです。バルテルミー公爵家の若様、わたしは……すみません!」
急に謝って床の上に膝をついたドナに、わたくしもお義兄様も驚いてしまう。お義兄様がドナの前に膝をついて、ドナを立ち上がらせた。
「落ち着いて話をしようか。何があったのかな?」
椅子を進められてドナは椅子に座って神妙な表情で封筒を取り出した。
花柄の箔押しがしてある封筒は上質なもので、貴族が使っていそうな雰囲気だった。
「若様、これをご覧ください」
「拝見させてもらうよ」
お義兄様が封筒から便箋を取り出して中身を確認する。
お義兄様の美麗な顔が引きつったような気がするのはなぜだろう。
お義兄様は次にわたくしにその便箋と封筒を渡してくれた。
わたくしは便箋に書かれている内容を見た。
『ドナ・リトレ殿
あなたがそばにいると、わたくしは密やかに胸の中で赤いコスモスの花が揺れるのを感じるのです。あなたのために咲いたわたくしのコスモスの花。あなたとわたくしの間には、越えられない壁があります。わたくしには婚約者がいるのです。しかし、わたくしが本当に真心を捧げているのはあなた。わたくしの胸のコスモスを摘み取って花束にする権利があるのはあなただけだと信じていてください。
アデライド・バルテルミー』
はいぃ!?
これはなんでしょう。
あまりのことにわたくし頭が真っ白になりかけました。
「アデライド、何と書かれていたのですか?」
「マノンお姉様、ダヴィド殿下、確かめてください」
わたくしがマノンお姉様に手紙を渡すと、マノンお姉様は手紙を読んで「まぁ!」と声をあげる。
「これは、クラリス夫人の詩を参考にした恋文ではありませんか」
「え!? 差出人がアデライド嬢と書かれていますよ!?」
ダヴィド殿下も中身を確認してとても驚いている様子だった。
「わたくし、こんな恋文書きませんから!」
「分かっております。これが公爵令嬢からのものではないというのは、読んだ瞬間から分かっていました」
「だろうね」
わたくしの叫びに、ドナが泣きそうな声をあげて、お義兄様が引きつった表情で紅茶を一口飲んでいる。気を落ち着けようとしているのだろう。わたくしも落ち着こうと紅茶を飲む。
「昨日はほとんどの貴族の方々が王宮のお茶会に招かれるということで、学園が休みになりました。わたしはお茶会には招かれていなかったので、寮で過ごしていました。寮の部屋に、バルテルミー家の使いという女性がやってきて、手紙を渡してきたので、最初はバルテルミー公爵からの指示があるのかと思ったのです。封筒を見てみると女性のもののようで違っていると思ったら、中身がそのようになっていて……」
「これを誰かに見られたのですね?」
「はい。平民の寮は二人一部屋です。同室の上級生に見られてしまって、気が付けば寮中の噂になっていました」
それでドナがわたくしに声をかけに来たときに、恋文のことを言っている生徒がいたのか。
この恋文はわたくしが書いたものではないし、わたくしはこんな独特な文章は書けない。
「手紙を渡しに来た女性に見覚えは?」
「分かりません……。貴族の方は侍女を使うので、彼女もバルテルミー公爵家の侍女だと思ってしまって、よく見ていませんでした」
わたくしがドナに確認すると、ドナは申し訳なさそうに答える。
わたくしはカバンから自分のノートを取りだして、便箋と並べてみせた。
「お義兄様、ご確認ください。わたくしの筆跡とこの便箋の筆跡は全く違うものです」
「そのようだね。正直、この文字はこの国の言葉に慣れていないものが書いたようなぎこちなさがある」
便箋とノートを見比べて、お義兄様が冷静に判断する。
確かに、恋文の内容で気を取られてしまったが、お義兄様の言う通り、この文字はこの国の言葉に慣れていないようなぎこちなさがあった。
「この恋文を書いたのは間違いなく、クラリス夫人の詩を読んだ人物でしょうね」
マノンお姉様の言葉にも、わたくしは頷く。
この恋文にはクラリス夫人の影響が強く表れている。
「クラリス夫人の詩集……あの、よろしいですか?」
ダヴィド殿下が何かに気付いたようで挙手して発言を求めている。そういうことをしなくても普段は普通に話しているのに、今日は特に重要なことに気付いたような仕草だ。
「どうぞ、ダヴィド殿下」
お義兄様が促すと、ダヴィド殿下が発言した。
「兄上が、ミレーヌ殿下がクラリス夫人の詩集をほしがっていると言って、プレゼントとして用意していたのを見たことがあります」
「ミレーヌ殿下もクラリス夫人の詩のファンなのですね」
「兄上はよく分からないけれど、ミレーヌ殿下がほしがっているのならと用意していました」
ミレーヌ殿下はクラリス夫人の詩集を持っている。
手紙を書いた人物はこの国の文字に慣れていないようなぎこちなさがある。
この二つから考えると、この手紙を書いたのはミレーヌ殿下の可能性が高いと思われる。
「ミレーヌ殿下がこの手紙を……」
「公爵令嬢、疑いの時点で口に出すのは危険です。誰が聞いているか分かりません」
ドナに言われてわたくしは口を閉じる。
サロンはわたくしたちだけしかいないと言っても、当然のように侍女は存在する。侍女の口から情報が漏れないという可能性はないのだ。
「この手紙をわたくし以外の誰かが書いたとしましょう。その相手を探し出さなければ、わたくしはドナに恋文を書いたという噂が消えないのではないでしょうか」
何より、わたくしがクラリス夫人に傾倒しているような恋文を書いたということを噂されるのは嫌だったし、ドナとわたくしの関係も主従のようなものなので、誤解されたくない。
わたくしがどうするべきか考えていると、お義兄様も思案していた。
「憶測だけで早急に判断するのはよくない。もう少し様子を見て、この手紙の件は考えよう」
「そうですね」
お義兄様の言うことももっともだった。
ミレーヌ殿下も高貴な方なので、憶測でものを言うのは憚られる。もう少し証拠を集めてからではないとどうにもならないだろう。
わたくしは紅茶を飲んで、お義兄様に向き直る。
「噂は煩わしいですが、わたくしとマノンお姉様とダヴィド殿下が止めていれば静かになるでしょう。人の噂はうつろいやすいもの。そのうちに落ち着くでしょう」
冬休みまでまだ半月ほどあるが、噂はわたくしとマノンお姉様とダヴィド殿下が睨み付けておけば静かになるだろう。
どうしてもわたくしの名を貶めて、侮辱したい相手がいるのはもう分っている。
その相手を黙らせるためにも、わたくしはまずは証拠を集めなければいけない。
「まずは、冬休み前の試験ですね」
冬休み前の試験で首席を逃すわけにはいかない。
この時期に仕掛けてきたということは、わたくしの動揺を誘って、わたくしの成績を下げることが目的かもしれないのだ。
「教えてあげるよ、アデリー」
「ありがとうございます、お義兄様」
お義兄様に勉強を教えてもらう約束をして、わたくしは冬休み前の試験に備えるために気合を入れた。
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