11.ブランシュ嬢の真実
ブランシュ嬢やミレーヌ殿下がわたくしに直接絡んでくることはなくなったが、わたくしに対する噂は広がっていた。
わたくしとドナが密かな恋人関係であるとか、わたくしがバルテルミー公爵家を裏切っているとか。
不愉快な噂もわたくしやマノンお姉様やダヴィド殿下がひと睨みすれば静かになる。
それでも、耳には入ってくるし、不快ではあった。
お義兄様もその噂について苦々しく思っていたようだった。
王宮でのお茶会に招かれた際に、わたくしはお義兄様にエスコートしていただいて、お義父様とお義母様と一緒に決められた席に座った。わたくしの席はお義父様が王族なので国王陛下の席に近い。
「テオドール、アデライドが妙な噂に困らされているようだな」
「兄上、事実無根なのに、酷いものです」
国王陛下から話しかけられて、お義父様がため息交じりに答える。
それに対して国王陛下はちらりと近くの席に座っていたヴィクトル殿下を見た。ヴィクトル殿下は立ち上がり、何か手紙のようなものをお義父様に渡している。
「ヴィクトルから頼まれたものだ。役に立つかもしれない」
「ありがとうございます、兄上」
手紙を受け取って、お義父様は大事に懐に仕舞っていた。
お茶会の席でもわたくしは陰口をたたかれるかと思ったが、お茶会に参加しているのは学園の生徒もだが、その保護者達もである。公爵家の娘であるわたくしに親の前で陰口をたたくなどということはできなかったようだ。
まだ親が怖い年齢で、親の方は貴族社会というものがきっちりと分かっているようなので、わたくしは王宮のお茶会には安心して参加できた。
「マクシミリアンがクラリスと婚約していたときも酷かったが、アデライドが妙な噂を流されるなど、バルテルミー公爵家も大変だな」
国王陛下はわたくしの味方で、わたくしに同情してくださっているようだった。
「マクシミリアン、これを」
「はい、父上」
お義父様に国王陛下からの手紙を渡されたお義兄様が、わたくしに視線を向ける。
「アデリーも中身が気になっているだろう?」
「ぼくも気になっている。一緒にいいかな?」
「もちろんです、ヴィクトル殿下」
お義兄様が一番先に立って、わたくしの手を引いて、ヴィクトル殿下と共に控室に入った。控室はお茶会で疲れたものが休んだり、個人的な話をしたいときに使われることが多い。
控室には横になれるような長椅子とソファがあって、お義兄様とヴィクトル殿下は長椅子に横並びに座って、わたくしが正面のソファに座った。
控室のドアの鍵を確かめて、お義兄様は手紙を開けた。
最初にお義兄様が読んで、ヴィクトル殿下に手渡して、最後にわたくしに手渡される。
読み終わった後に、わたくしは長椅子とソファを隔てるローテーブルに手紙を広げて置いた。
中に書いてあった内容はこのようなものだった。
ブランシュ・バロー伯爵令嬢は、幼いころにオーギュスト・アルシェの被害者となっている。
被害者となった後、ブランシュ嬢はオーギュストに関してのことをほとんど両親に言わなかった。両親も娘の心の傷になっていると思ってオーギュストの話題は出さなかった。
オーギュストが断罪されて、ブランシュ嬢は急にオーギュストの減刑を願う手紙を国王陛下に出し始めた。
オーギュストと自分の関係は幼かったが同意だったと言い出したのだ。
「他の少女や令嬢がされたことも同意だったと彼女は言っていたのですね」
「彼女が何をされたのか分からないが、オーギュストは彼女を洗脳したのかもしれない」
呟いたわたくしに、お義兄様が手紙を見ながら小さく頷く。
「心に受けた傷から精神を守るために、自分は正しかったのだと思う込むことがあると医学科の授業で習った。彼女は心に傷を負っていて、オーギュストがしたことを正当化しないと精神的に崩れてしまうような状態なのではないだろうか」
「それならば、彼女がわたくしを敵視する理由が分かります」
わたくしとお義兄様は証言者を集めてオーギュストを断罪した。
オーギュストの被害者だった少女や令嬢が国王陛下の前で証言してくれたのだ。
「ブランシュ・バロー……思い出した。証言の協力を得ようとして断られた令嬢だ。かなり昔のことだったから思い出せなかった」
「わたくしも思い出しました。証言をお願いする手紙を書こうとした相手でした」
お義兄様もわたくしもブランシュ嬢の名前をどうして覚えていたのかを思い出していた。
話を聞いていたヴィクトル殿下が難しい顔をしている。
「これは面倒なことになったかもしれない。ブランシュ嬢を止めようとしても、彼女がオーギュストに洗脳されているのならば、それを解くところから始めなければいけないだろう」
「オーギュストを断罪したわたしたちを恨んでいるのでしょうね」
「オーギュストに味方するなんて考えられませんが、そういうこともあるのですね」
「事件に巻き込まれた被害者は自分の精神を守るために加害者と共謀関係にあったと思い込むことがあるんだよ」
お義兄様は王立アカデミーの医学科で精神科の勉強もしているようだった。ブランシュ嬢のわたくしに対する敵意の理由は分かったのだが、それをどうすれば消せるかが分からない。
ブランシュ嬢も被害者であったのならば、助けたい気持ちもあるのだが、わたくしの万年筆を踏んで壊したことを思い出すと、罰を受けてほしい気持ちもある。
「ブランシュ嬢のこと、どうしましょうか」
「こういう症例の場合は、長い時間をかけてカウンセリングをして心を癒すしかないのだけれど、それができていないからブランシュ嬢は認識がねじ曲がったままなのだろう」
「ブランシュ嬢には治療が必要かもしれないね」
そのことをブランシュ嬢に突きつけても受け入れるわけがないし、バロー伯爵夫妻に伝えてもこれまで何もしていなかった両親なのだ。これから何かするかは怪しい。
「ブランシュ嬢の両親に父上を通して、娘に治療を受けさせるように伝えてもらうか」
「お願いできますか、ヴィクトル殿下?」
「これくらいならするけれど、いい結果が出るとは限らないよ。バロー伯爵夫妻も、娘の醜聞は隠したいだろうし、今更オーギュストと娘が関わっていたというのが広まると困るだろう」
「もうブランシュ嬢は社交界デビューしている年齢ですからね。学園を平穏に卒業させて、どこかいい家に嫁がせたいと思っているでしょう」
ブランシュ嬢の両親が治療に積極的ではなさそうな気配を察して、わたくしはこれからどうすればいいのだろうと考えていた。
王宮のお茶会から戻ると、お義父様とお義母様にも国王陛下からの手紙の内容は伝えた。お義兄様がブランシュ嬢の精神状態に関しても、医学科で習った通りに伝えていた。
「ブランシュ嬢がオーギュストの被害者で、自分を被害者だと思わずにオーギュストを庇い、オーギュストを断罪したアデライドとマクシミリアンを憎んでいたとは」
「オーギュストのやったことは決して許されませんね。たくさんの少女や令嬢の心を傷付けた。それが今も続いている」
お義父様もお義母様もブランシュ嬢の現状に驚きつつも、オーギュストのやったことの酷さを憎んでいた。
わたくしはお義兄様の顔を確認する。
お義兄様は考えていることがあったようだった。
「オーギュストの断罪のときに証言に来てくれた少女たちがいましたよね」
「彼女たちとブランシュ嬢を会わせるのか?」
「オーギュストが本当にどんな相手なのかを複数の人間から聞けば、ブランシュ嬢も幻滅するかもしれません。そのときにアデリーも話をして、ブランシュ嬢にオーギュストの真実を語るといい」
ブランシュ嬢にとってはつらい経験になるかもしれないが、それくらいしなければブランシュ嬢の目は覚めないかもしれない。
わたくしはお義兄様の意見に賛成だった。
「わたくしもそうした方がいいと思います」
ブランシュ嬢の足の下で、わたくしの万年筆が折れたときの音がわたくしの耳の中に蘇る。
「そうだな。それくらいはした方がいいかもしれない」
「格上の公爵家のアデライドに身分も弁えず挑んできているのです。それくらいのことはされるべきでしょう」
わたくしとお義兄様はオーギュストの断罪のときに力を貸してくれた令嬢たちに連絡を取ることにした。
国王陛下にも、ヴィクトル殿下にも協力してもらわなければいけないだろう。
これだけのことをするのだから、すぐには許可はもらえないだろう。
長期戦でわたくしはブランシュ嬢と向き合う決意をした。
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