10.ミレーヌ殿下との話し合い
ブランシュ嬢が厳重注意を受けてからというもの、ミレーヌ殿下もブランシュ嬢もわたくしの前には現れないようになった。
その代わりに、学園に妙な噂が流された。
「バルテルミー公爵家のご令嬢は平民の生まれだそうですね」
「その証拠に、平民の特待生と仲良くしているとか」
「バルテルミー公爵家の御嫡男と婚約しているはずなのにおかしいですね」
「バルテルミー公爵家の御嫡男は、前の婚約者も平民に執着していたようではないですか。同じことが繰り返されるのでしょうか」
そんな話がわたくしの耳に入ってくるのだから、マノンお姉様やダヴィド殿下、お義兄様やヴィクトル殿下のお耳に入らないはずがない。
「わたしと公爵令嬢が何かあるなんてありえないのに。わたしのせいで申し訳ありません」
「ドナはわたくしの安全のためにお義父様が取り計らってくれたのでしょう。ドナのせいではありません」
噂を聞いてドナは謝ってくれたが、これはドナの責任ではない。
わたくしとドナのことを勘ぐって、変な噂を流したものの責任だ。
わたくしは一度、ミレーヌ殿下と話してみたかった。
ブランシュ嬢がいなければミレーヌ殿下と話ができるのではないだろうか。
ミレーヌ殿下はブランシュ嬢の行き過ぎた行為を止めようとしていたのだから、まだ話し合いの余地があると思っていた。
ミレーヌ殿下と二人きりで話をするために、わたくしはヴィクトル殿下のお力を借りることにした。
お義兄様からヴィクトル殿下にお願いしてもらったのだ。
「わたくしはミレーヌ殿下がブランシュ嬢に操られているような気がしてなりません。一度、ミレーヌ殿下と二人だけで話してみたいのです」
そのことはヴィクトル殿下に伝えられて、わたくしはミレーヌ殿下と話し合いをする場を設けてもらった。
「ミレーヌ殿下のそのまま伝えたら、話し合いに応じないようなので、アデライド嬢はサロンで待っていてくれるかな? ぼくがミレーヌ殿下をそのサロンに行くようにさせるから」
「分かりました」
ヴィクトル殿下に協力してもらって、わたくしは昼休みにサロンの一室でミレーヌ殿下を待っていた。お義兄様は危険かもしれないと心配していたので、部屋の入り口にドナにいてもらって、話している内容を全部把握してもらっておくという約束でミレーヌ殿下との話し合いの場が作られた。
サロンの一室に入ってきたミレーヌ殿下は、わたくしがいるのを見てものすごく動揺していた。
「どうして、あなたがここに……? ヴィクトル殿下とお昼をご一緒するはずだったのに」
「ヴィクトル殿下に頼んで話し合いの場を設けてもらいました。ミレーヌ殿下、わたくしとミレーヌ殿下の間には何か誤解があると思うのです」
「あなたとお話しすることはありません。失礼します」
「待ってください。ブランシュ嬢がいないと話ができないのですか?」
挑発するようにわたくしが言えば、ミレーヌ殿下はさっと顔色を変えた。
部屋の椅子に座って、ティーカップに注がれた紅茶を一口飲む。
「アデライド嬢の大切なものを壊してしまった件に関しては、大変申し訳なく思っています。わたくしもブランシュ嬢があのようなことをするとは思わなかったのです」
その謝罪にはどこも嫌な感じはなく、真摯な響きがあった。
わたくしもミレーヌ殿下がブランシュ嬢を止めようとしていたのは知っているし、ミレーヌ殿下が望んだ結末ではなかったことも理解している。
「あのとき、ミレーヌ殿下はブランシュ嬢を止めようとしていましたよね」
「はい。わたくしは、正直に申しまして、アデライド嬢にいい印象は抱いておりません。ですが、アデライド嬢の大切なものを壊したり、暴力を振るったりすることはわたくしの本意ではありません」
「教えていただけませんか、わたくしがミレーヌ殿下にいい印象を抱かれていない理由を」
単刀直入に問いかけると、ミレーヌ殿下がティーカップに視線を落とす。ティーカップの中の紅茶の赤い水面に視線を落としたミレーヌ殿下の表情はよく見えない。
「アデライド嬢は自覚がないのですね」
「どんな自覚ですか?」
「婚約者がいる身でありながら、他の相手に……」
ミレーヌ殿下がぐっと奥歯を噛み締めて沈黙してしまったところで、部屋の入り口でドナの声が聞こえた。
「こちらには入れません」
「ミレーヌ殿下はこちらにいらっしゃるのでしょう? 性悪のバルテルミー公爵家の養子が、ミレーヌ殿下を騙して、罪のないミレーヌ殿下を責めていると聞きました」
その声はブランシュ嬢のものだった。
ブランシュ嬢はわたくしとミレーヌ殿下の話し合いがあることをどこで聞き付けたのだろう。
邪魔が入ってため息をつくわたくしに、ミレーヌ殿下がティーカップをソーサーに置いて立ち上がる。
「アデライド嬢は、ご自分の行動をよく思い返してみるべきですわ」
「わたくしは何もしていません」
「それはどうでしょうね」
言い捨てるとミレーヌ殿下は入り口にいたドナを押し退けてブランシュ嬢と共にサロンから出て行った。
今日ミレーヌ殿下と話し合いをすることはヴィクトル殿下とお義兄様とわたくししか知らないはずなのに、どこで知られてしまったのだろう。
わたくしが考えていると、ドナが申し訳なさそうに謝ってくる。
「どうやら、わたしの行動をバロー伯爵令嬢に監視されていたようです」
「それでブランシュ嬢はここを知ったのですね」
ドナは平民の特待生なので貴族の中でどうしても目立ってしまう。そのドナがサロンに入って行ったということを、ブランシュ嬢はあやしく思ったのだろう。
「普段はわたしは食堂で食事をしていて、サロンなど借りられる身分ではないですからね」
お茶の時間は誰かが借りているサロンにお邪魔することができるが、サロンを借りるのにもお金がかかるので、ドナは気軽にサロンに出入りできない。ドナが昼食の時間にサロンに入っているのを見れば、わたくしが何か企んでいるとブランシュ嬢にはばれてしまったのだろう。
「お義兄様かヴィクトル殿下に頼んだら、ミレーヌ殿下が警戒して何も喋らないかと思ったのです。ドナに頼んでしまったわたくしの不手際ですね」
「申し訳ありません、公爵令嬢」
「ドナのせいではありません」
謝り続けるドナに、わたくしはドナのせいではないと伝えた。
それにしても、ミレーヌ殿下が言っていたことが気になる。
お義兄様とヴィクトル殿下と合流して、わたくしはミレーヌ殿下と話したことを報告した。
「ミレーヌ殿下はわたくしにいい印象は抱いていないと言っていました。わたくしの大事なものを壊したり、暴力を振るったりするのは本意ではないと言いながらも、わたくしが婚約者がいる身でありながら他の相手に懸想しているようなことを言いたそうにしていました」
「それは……クラリス夫人ではないのだから」
「アデライド嬢に限って、ありえないね」
お義兄様もヴィクトル殿下もミレーヌ殿下の言葉に呆れている。
わたくしとお義兄様が想い合っていて、婚約もしているということは学園中に知られていることだし、ヴィクトル殿下もよく知っていることだった。
「お義父様がドナを護衛に付けているからいけないのでしょうか」
「ドナの件も噂になっているようだけれど、ドナは絶対にアデリーを名前で呼んだりしないし、身分を弁えた接し方をしていると思うよ」
「アデライド嬢とドナが噂になっているのも、ブランシュ嬢が原因じゃないのかな」
お義兄様はわたくしとドナが噂のような関係でないことを知っているし、ヴィクトル殿下は噂を流した張本人はブランシュ嬢ではないかと疑っているようだ。わたくしも噂を流したのはブランシュ嬢ではないかと思っている。
「ブランシュ嬢はどうしてそんなにもわたくしに敵意を向けてくるのでしょう」
呟いてから、わたくしはブランシュ・バローという名前をどこかで見たような気がしていた。
「お義兄様、以前、ブランシュ・バロー伯爵令嬢の名前をどこかで聞いたことがあったようなと仰っていましたよね」
「思い出せないのだけれど、何かでその名前を見た気がするんだよね」
「わたくしも、ブランシュ・バロー伯爵令嬢の名前をどこかで見た気がするのです」
それがどんなものか分かれば、謎は解けるような気がする。
けれど、わたくしの記憶は朧気で、思い出せそうにない。お義兄様もずっと気にかかってはいるようだが思い出せそうになさそうだ。
「ブランシュ・バロー伯爵令嬢……父上のコネを使って調べてみるか」
「お願いできますか、ヴィクトル殿下」
「お礼に、そのジャムサンドをいただこうかな」
わたくしの持ってきたお弁当の中に入っている、デザートのジャムサンドを摘まんで、悪戯っぽく笑うヴィクトル殿下は、クラリス夫人を追い詰めるときにわたくしたちと協力してくださったときのままの表情をしていた。
「アデリーのではなく、わたしのから取ればいいのに」
「アデライド嬢の小さなサンドイッチがかわいくて美味しそうに見えたんだよ」
拗ねたように言うお義兄様と、それを見て笑うヴィクトル殿下に、わたくしも自然と微笑んでいた。
この国の国王陛下の力を借りられるならば、調べはすぐに進むだろう。
わたくしはブランシュ嬢の敵意の理由を知りたかった。
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