6.新学期
バルテルミー公爵領で過ごした夏休みが終わって、お義兄様は実習に行って、わたくしも王都のタウンハウスで夏休みの宿題を終わらせて、学園と王立アカデミーが始まるころには風も涼しくなって秋になっていた。
学園に通うときには、王立アカデミーに通うお義兄様と一緒の馬車で行く。
お義兄様は王立アカデミーの制服を着て、馬車の中で今日もわたくしと約束をしていた。
「昼休みには学園の方に行くから、昼食は一緒に食べようね」
「はい。お待ちしています」
お義兄様と昼食は一緒に食べられる。朝も一緒に登校できる。それだけでわたくしは浮かれていた。
学園に着くとお義兄様はわたくしに手を貸してくれて馬車から降ろしてくれる。
「行ってらっしゃい、アデリー」
「行ってきます、お義兄様」
王立アカデミーまで馬車に乗り直すお義兄様に、わたくしは手を振って見送った。
午前中の授業は語学と歴史学で、わたくしはお義兄様と色違いの万年筆でノートを取った。お義兄様も今ごろ王立アカデミーで色違いの万年筆で勉強しているのだろうか。
お義兄様のことを考えると、勉強も捗るような気がする。
お義兄様に相応しい相手になるためにも、わたくし、頑張ります!
気合を入れて万年筆を握り直したわたくしは、お義兄様のことを考えながら午前中の授業の時間を過ごした。
昼休みには王立アカデミーと学園を繋ぐ長い階段の下に行く。
雨が降っている日以外は、わたくしは階段の下でお義兄様を待っていた。
お義兄様とヴィクトル殿下が並んで階段を降りてくると、それを目当てに集まっていた女子生徒が歓声を上げる。お義兄様とヴィクトル殿下が学園に通っていたころから、お二人は女子生徒の憧れの的だった。
「こんにちは、アデライド嬢」
「こんにちは、ヴィクトル殿下。本日はミレーヌ殿下をお誘いに来たのですか?」
「そのつもりなんだけど、伝達がうまくいっていなかったみたいで、彼女は来ていないね」
「そうですね」
ミレーヌ殿下が来ていたら周囲も気を遣うし、目立つはずなのだが、ミレーヌ殿下の姿はない。ヴィクトル殿下はミレーヌ殿下がいないか周囲を見回してから、お義兄様に声をかけた。
「ぼくは四年生の授業棟に行ってみるよ。何か行き違いがあったのかもしれない」
「わたしはアデリーと昼食にします。行ってらっしゃいませ、ヴィクトル殿下」
「ぼくも婚約者と仲良く昼食を食べたかったんだけどなぁ」
苦笑しつつ、ヴィクトル殿下はミレーヌ殿下を探しに行ってしまった。
お義兄様はわたくしの手を取り尋ねる。
「食堂で食べる? お弁当を買ってサロンで食べる?」
「食堂は騒がしいですし、サロンで食べませんか?」
「それじゃ、そうしよう」
お義兄様は背も高いし、顔立ちも整っているので、学園にもファンが多い。お義兄様と行動するとどうしても目立ってしまうのは仕方がなかった。
わたくしがサロンで食べようと促すと、お義兄様は食堂の隣の売店でお弁当を買って来てくれて、サロン棟に行って部屋を一室借りてくれた。
「二人きりで食べると落ち着くね」
「そ、そうですね」
椅子に座ってお弁当の包みを開けるお義兄様に、わたくしは少しだけ緊張していた。
お義兄様と二人きりになると、どうしてもお義兄様のことを意識してしまう。
学園に入学するときにわたくしはお義兄様と婚約しているし、婚約者同士が昼食を共にするのはおかしいことではない。二人きりにならないように、サロンには常に侍女が控えている。
それでも、使用人は空気のようなものと貴族教育として教え込まれているので、さりげなくお茶を入れてくれる侍女の存在が希薄に感じられてしまう。
お弁当の包みを開けると、今日はローストビーフと野菜をたっぷり挟んだサンドイッチだった。かなりの厚みがあるので、わたくしは食べるのに苦労してしまう。
お義兄様は体も口も大きいので、平気でぱくぱくと食べていた。その仕草が大胆なのに優雅で、わたくしは見惚れてしまう。
「アデリー、口の横にソースがついているよ」
「ぴゃ!?」
お義兄様に指摘されて、わたくしはお弁当を包んでいたナプキンで口元を拭った。お義兄様に恥ずかしいところを見せてしまったと赤くなっていると、お義兄様がふっと表情を緩める。
「アデリーは食べるのも一生懸命なんだね」
「このサンドイッチ、大きいのです」
「アデリーは口も手もかわいらしくて、小さいからね」
わたくしが同年代の女性の平均身長よりもやや小柄であることは認めるのだが、それほど小さいわけではない。お義兄様が大きすぎるのだ。
この国の王家の血を引く王族たちはとても体が大きい。それに加えて、辺境伯家の血を引くお義母様も身長はすらりと高い。
わたくしは養子なのでお義父様にもお義母様にも似ているはずはなく、体付きは細くて背も高くはなかった。
せめてマノンお姉様くらいの身長にはなりたい。
目指すはお義母様の身長なのだが。
お義母様は成人女性の平均よりも身長は高めである。
サンドイッチを何とか食べてしまうと、わたくしは紅茶に牛乳を入れて一口飲んで息を吐いた。サンドイッチの量が多かったので、お腹がいっぱいだ。
「アデリーの午後からの授業は?」
「午後はダンスとマナーの授業ですね」
「誰かがアデリーの相手役になるのか」
「相手役がいないと踊れませんからね」
わたくしがお義兄様と話していると、お義兄様がティーカップを置いて、立ち上がってわたくしの後ろに来た。わたくしが何かと思っていると、お義兄様はわたくしの髪のリボンを解いて、指で髪を梳いている。
「お義兄様?」
「ダンスの授業なら、髪は纏めておかないといけないよね」
「は、はい」
お義兄様はずっと髪が短かったので、自分の髪を結んだことはないはずだ。けれど、器用にわたくしの髪を三つ編みにしていく。
わたくしの髪は生まれたときから一度も切っていないので、腰を超すくらいに伸びていた。
「お義兄様、三つ編みができたのですね」
「アデリーが三歳のときに、ままごとをしていて、髪が解けたことがあった。わたしが結んであげようとしたらアデリーは『みちゅあみにちてくだたい』と言ったので、その日はできなかったけれど、わたしは紐で練習したのだよ」
「そんなことが!?」
三歳のわたくし、相当我が儘だったのではないだろうか。
驚くわたくしにお義兄様は三つ編みを結び終えて、リボンを結んでくれた。
「これでいい。アデリー、午後の授業も頑張ってね」
「お義兄様も」
「ありがとう」
お義兄様に三つ編みにしてもらった髪は、しっかりと結ばれていて、ダンスをしても解けそうになかった。
ダンスの授業は男子生徒が女子生徒を誘いに来るところから始まる。
わたくしは待っていると、毎回違う男子生徒が誘いに来てくれる。
「バルテルミー公爵令嬢、お相手していただけますか?」
「よろしくお願いします」
手を差し出す男子生徒の手に手を重ねると、体育館の中央までエスコートされる。
授業なのでダンスの上達を見られるが、今日の相手は上手だったので、リードしてもらえて楽に踊れた。
「お上手ですね」
「いえ、あなたがお上手なのです」
ダンスの最後に礼をした後で、男子生徒に褒められて、わたくしは言葉を返した。
お義兄様と踊るのに慣れているので、同学年の男子生徒と踊ると体格差がないので踊りやすいと思うのと同時に、お義兄様ではないという寂しさも感じる。
お義兄様と踊りたいと思いつつ、わたくしはダンスの授業を終えた。
その後はマナーの授業が入っているが、体育館の更衣室で着替えた後に、授業棟に戻ってマナーの授業を受けた。
基本的なマナーはバルテルミー公爵家で叩き込まれているし、わたくしは二回目の人生なので、前の十三歳までの記憶にさらに磨きをかけているから、それほど大変ではない。
来年にはデビュタントで国王陛下にご挨拶をして社交界デビューを果たすので、その練習でカーテシーを習ったり、上品な歩き方、国王陛下へのご挨拶の仕方を習ったりしていた。
わたくしはマナーの授業も真剣に受けた。
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