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死に戻ったわたくしは、あのひとからお義兄様を奪ってみせます!  作者: 秋月真鳥
二章

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5.お義兄様が八歳だったころ

 帰りの馬車の中でお義兄様が話してくれた。


「アデリーは覚えてないかもしれないけれど、わたしが八歳でアデリーが三歳のときに、わたしはバルテルミー公爵家の厳しい教育に耐えられなくて家庭教師が来る前に部屋から逃げ出したことがある」

「お義兄様が逃げたのですか!?」


 物心ついたころからお義兄様は成績優秀で、家庭教師すら黙らせてしまうような知識があった。そんなお義兄様にも勉強が嫌だった時期があっただなんて信じられない。

 馬車の窓から吹き込む風に髪の毛が乱れて、それを整えながらお義兄様が続ける。


「忍耐力がない子どもだったんだ。逃げ出して庭に出たら、アデリーが小さなおもちゃの食器に花びらを入れておままごとをしていた。アデリーの姿を見なければわたしは泣いていたかもしれない」


 お義兄様が言うには、そのときのわたくしは退屈していて、お義兄様が来たら琥珀色の目を輝かせて歓迎したらしい。


「おにいたま、アデリーとおちゃをしにきてくれたの?」

「わたしが一緒でもいい?」

「おにいたまといっちょでうれちい! どうじょ」


 おもちゃのティーカップに花びらを入れたものを差し出したわたくしに、お義兄様はそれを飲むふりをした。するとわたくしはとても喜んだのだという。


「あのとき、アデリーと遊んでわたしは癒された。アデリーの笑顔を一生守っていこうと決めたんだ」

「そんなことがあったのですね」

「その後だった。アデリーが高熱を出して寝込んだのは」


 高熱を出して寝込んだ話は、お義兄様が王立アカデミーの医学科に進学したいというときに聞いていたが、詳しくは知らなかった。

 わたくしはお義兄様の話に耳を傾ける。


「わたしはアデリーと一緒にお茶会ごっこをした日から、アデリーの子ども部屋を訪ねて遊んでいたけれど、その日の朝は、父上と母上からアデリーの部屋に行ってはいけないと告げられた」


 毎日遊んでいたわたくしと急に会えなくなって、お義兄様はわたくしのことをとても心配したのだと言った。


「アデリーが心配だったけれど、うつる病気だったらいけないと、どうしても父上も母上もアデリーに合わせてくれなくて、わたしは無力感に苛まれた。アデリーが死んでしまったらどうしようと、アデリーを連れて行かないでくださいと神に祈った」


 たった八歳だったお義兄様にはどうにもできなかったことだろう。それでもお義兄様はわたくしを心配して、毎日神に祈ってくれた。


「見舞いにも行けなかったから、アデリーが回復しているのかも分からなくて、バズレールさんに何度も尋ねた。バズレールさんは心配はないと言ってくれたが、わたしはアデリーを失うのではないかと怖かった」

「お義兄様……」

「アデリーがアルシェ家の結婚式で毒を飲まされそうになったとき、わたしはアデリーが熱を出して死にかけたことを思い出した。それで、わたしは医者になろうと決めたんだ。医者になればアデリーが病気になったときも、怪我をしたときも、毒を飲まされたときも、迅速に処置ができる。なにより、領主が医者の知識があることで領民を救うこともできると思ったんだ」


 お義兄様が医者になりたかった理由も、わたくしを特別にかわいがってくれている理由も分かって、わたくしはお義兄様とお話ができてよかったと思っていた。

 わたくしは一度死んで時間が巻き戻って今を生きているのだし、もう一度死んでも戻れるか分からないのでそんな怖い賭けはしたくない。この人生を大事に生きたいと思っていた。


「わたくし、お義兄様のおそばで大事に生きます」

「アデリーを失うことなんて考えたくないから、アデリーは自分を大事にしてほしい」

「はい、お義兄様」


 お義兄様の愛情が深く伝わってくる。

 わたくしはお義兄様の気持ちが聞けて胸が高鳴っていた。


 領地のお屋敷に帰ると、ジャンが来ていた。

 ジャンはわたくしとお義兄様に気付くと、挨拶してくる。


「バルテルミー家の若様、お嬢様、こんにちは。町へ出ていらっしゃったのですか?」

「アデリーと二人で町を見て来たよ。バルテルミー公爵領の町は相変わらず賑やかで栄えていた」

「ジャンはこちらへは仕事で?」

「はい。王宮からバルテルミー公爵様への急ぎの仕事を届けに来ました」


 王宮で文官として働いているジャンは、お義父様の下で仕事をしている。王宮からの急な仕事が入ったというのは休暇中のお義父様には大変なことだが、ジャンと久しぶりに会えたお義兄様は嬉しそうだった。


「少しは時間があるのだろう? お茶をしていくよね?」

「ご一緒してよろしいですか?」

「歓迎するよ」


 ジャンをお茶に誘ったお義兄様は一度部屋に戻って着替えてきた。わたくしも夏用のワンピースに着替えてティールームに移動する。

 ティールームで待っていたジャンは、わたくしとお義兄様が入ってくると立ち上がって頭を下げた。


「王宮での仕事は順調ですか?」

「はい。皆様とてもよくしてくれます。バルテルミー公爵様の下で働いているので、平民ですが差別されるようなこともありません。最近は都市開発の仕事の補佐をさせていただいています」

「ご家族は?」

「わたしが働き始めたので、弟も学園に入学して勉強できるようになりました。バルテルミー家のお嬢様、一年生のドナ・リトレに会ったらよろしくお願いします」

「ドナ・リトレ……一年生の成績順の表に名前があった気がします」


 平民の特待生は上位十位以内でないと学費が免除されないので、ジャンも在学中はずっと上位十位以内を保っていた。ドナの名前も貼り出されていた記憶があるので、上位十位以内だったのだろう。


「ドナは夏休み前の試験で三位に入れたと言っていました。勉強も頑張っているようです」

「それはよかったです」

「ジャンに似て優秀なのだね」

「バルテルミー家の若様にそう言っていただけるとお恥ずかしいです。在学中は若様の成績を超えられませんでしたからね」

「わたしは幼いころから家庭教師がついて勉強していたのだ。ジャンは平民の通う学校で最低限の勉強しかできていなかったのだろう? それにしては頑張っていたと思うよ」

「ありがとうございます」


 前の人生ではクラリス夫人に振り回されて、クラリス夫人と一緒に社交界から追放されて、貴族の元で働くこともできなかったであろうジャン。ジャンがきちんと評価されて、王宮に就職できて、家族もその稼ぎで豊かに暮らせているというのは、わたくしにとっても嬉しい知らせだった。


 お茶の時間をジャンと一緒に過ごして、ジャンは王都に帰って行った。


 お義兄様とわたくしはティールームに残って、お義兄様はわたくしが差し上げた万年筆の入った箱と専用のインクを手に取っていた。リボンを丁寧に外して、お義兄様が万年筆を取り出す。

 きれいに磨かれた緑色の軸の万年筆は、わたくしの買った水色の軸の万年筆と色違いのお揃いだった。


 お義兄様は万年筆にインクを入れてみて、紙を持って来させて試し書きをしている。

 滑らかに紙の上を滑る万年筆の金色のペン先が、流麗な文字を描いていく。


「これは書きやすいし、持ちやすくていいね」

「お義兄様が気に入ってくださったなら嬉しいです」

「なくさないようにしないといけないね。『マクシミリアン・バルテルミー』と名前を刻印しようか」

「お義兄様が名前を刻印するなら、わたくしも名前を刻印したいです」

「アデリーの分も名前を刻印してもらおう」


 お義兄様の万年筆には「マクシミリアン・バルテルミー」と、わたくしの万年筆には「アデライド・バルテルミー」と刻印される。イニシャルだけでもよかったかもしれないが、はっきりとわたくしとお義兄様のものと分かるには、フルネームを刻印した方がいいとお義兄様は思ったようだった。

 お義兄様が万年筆を侍女に預けて指示をするのに、わたくしも自分の万年筆を侍女に預けた。侍女は万年筆を買ったお店に持って行って刻印してくれるように頼むようだった。


「アデリー、ジャンの弟を知っていたの?」

「名前だけ成績表で見ましたが、実際に会ったことはありません」

「一年生だったらアデリーの一歳年下か。優秀な生徒のようだね」

「学年三位だったら優秀ですね」


 わたくしが認めると、お義兄様が小さくため息をつく。


「ダヴィド殿下もアデリーと一緒のサロンで過ごしているし、ジャンの弟はいるし、学園でアデリーがどうしているか心配だよ」

「わたくしは何も心配することはありませんよ」

「アデリーはかわいいからね。みんなの人気者なんじゃないかな?」

「そんなことないです。わたくしがかわいいなんていうのは、お義兄様くらいです」


 言ってから、お義兄様に「かわいい」と言われたことに気付いてわたくしは熱くなる頬を押さえる。お義兄様は気にせずに、「アデリーのかわいさでみんなを魅了していたらどうしよう」と呟いていた。


読んでいただきありがとうございます。

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コミカライズ版もよろしくお願いします。

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