4.お義兄様とのデート
王立アカデミーでは夏休みでも医学科は実習がある。
実習では実際に医者のいる診療所や病院に足を運んで、医者や患者と触れ合って学ぶのだという。
勉強だけでなく実技も必要な医学科はとても忙しい。
その忙しさの合間を縫って、お義兄様はお義父様とお義母様とわたくしと一緒にバルテルミー公爵領に帰っていた。
バルテルミー公爵領のお屋敷は王都のタウンハウスよりも広い。
特に広いのは庭なのだが、わたくしたちが不在の間も数名の庭師が美しく整えてくれていた。
真夏の庭の木々は青々と茂り、涼しい木陰を作っている。
日差しを浴びていると暑いのだが、木陰に入ると風がよく通って涼しい。
お義父様はこの休みの間に領地で溜まっている仕事を片付けるようだし、お義母様は領地の貴族との社交で忙しい。
本来ならばこれにお義兄様も加わっていたはずなのだが、前回の人生とは違って、お義兄様は王立アカデミーに進学して学生を続けることにした。お義父様の手伝いとして領地経営を学ぶ時間もあるのだが、それ以外の時間は自由に過ごせるようだった。
「アデリー、明日町に出かけるから、仕度をしておいてね」
「はい。お義兄様、服はどのようなものがいいですか?」
「バズレールさんに伝えておくよ。明らかに貴族と分かるようなものは避けないとね」
わたくしの持っている服は、普段着用のワンピースでも、仕立て職人が誂えたものでとても質がいい。貴族と分からないような格好をするのは難しいかもしれないが、できるだけ華美にならないようにしなければいけない。
バズレールさんに相談すると、白い清潔なシャツに無地のフリルもリボンもついていない地味なスカートという組み合わせを用意してくれた。生地がいいものなので、お金のある身分だということは隠せないが、公爵令嬢というのは隠せるかもしれない。
髪も一つに括って、目立たないようにしてもらうことになった。
翌日、朝食を食べ終わると、お義兄様が白いシャツに黒いスラックスに黒い革靴姿で玄関ホールに現れた。シンプルな装いをしているお義兄様も素敵で、わたくしはお義兄様に見とれてしまう。
「おはよう、アデリー。馬車を用意させている。いつもと違う馬車で、乗り心地はよくないかもしれないけれど、我慢してね」
「はい、お義兄様」
用意されていたのはバルテルミー公爵家の紋章のついていない、飾りもない簡素な木の馬車だった。馬車には護衛の兵士が二人ついてきていた。護衛の兵士も平民に紛れられるような服装をしている。
お義兄様の手を借りて馬車に乗り込んで、わたくしはお義兄様と向かい合って座った。
お義兄様は体が大きくて足が長いので、わたくしと膝が当たらないように斜め前に座っている。
「窓を開けてもいいですか?」
「構わないよ」
お義兄様に聞いて、馬車の窓を開けると、涼しい風が入ってくる。馬車の窓からは石畳に煉瓦の町が見えていた。
馬車は町の入り口で預けて、護衛の兵士二人がひっそりと控える中、歩き出す。
お義兄様に並んで歩こうとしたら、お義兄様が大きな手でわたくしの手を握った。手を繋がれるなんて小さなころ以来でわたくしは心臓が跳ねる。
「お、お義兄様?」
「はぐれるといけないからね。護衛の兵士がいなくてもわたしが守ってあげられるけれど、アデリー一人になると危ないからね」
「は、はい」
お義兄様は学園で剣術も一位だったので、護衛の兵士がいなくても大抵の相手は倒せてしまうだろう。なにより、体が大きいので絡んでくる相手がいない。対して、わたくしは体も小さいし、女性なので絡まれるかもしれないとお義兄様は気にしてくださったのだろう。
お義兄様と手を繋いでいると、じんわりと手に汗をかいてくる。汗をかいているのが恥ずかしくて、拭きたいと思うのだが、お義兄様と手を離すものもったいない気がする。
わたくしが迷っていると、お義兄様が広場で開かれている市に連れて行ってくれた。
「ここにはバルテルミー公爵領の特産品がたくさん売っているよ」
「見てみたいです」
「手を離さないようにね」
手を引かれながら、露店を一つ一つ見ていく。
バルテルミー公爵領は綿花の栽培と羊の飼育が盛んで、綿織物や毛織物が有名だった。
羊の毛を紡いだ毛糸や、綿の織物を見ていると、お義兄様がきれいな花柄の布を手に取った。空色に白い小花が散ったその布は、見るからに涼し気な雰囲気だった。
「アデリーのワンピースにどうだろう?」
「とてもかわいいですね」
「こっちにはリボンもあるよ」
刺繡の入ったリボンも見せられて、わたくしが見とれていると、お義兄様はさっさと店主を呼んで布とリボンを買ってしまった。
「お義兄様、いいのですか?」
「アデリーに似合いそうだったから」
お義兄様に微笑まれてわたくしは断れなくなってしまう。
市を見て回った後で、お義兄様はわたくしをカフェに連れて行ってくれた。町中にある小さなカフェではなくて、貴族も使いそうなレストランを昼間だけカフェにしているようなお店だった。
メニューを見せられても、わたくしは何を選んでいいのか分からない。
わたくしが困っていると、お義兄様がメニューを指差して教えてくれる。
「アデリーは桃が好きじゃなかったかな。桃を添えたパンケーキがこの時期は美味しいんだよ」
「お義兄様も食べたことがありますか?」
「この店にこの時期に来ると勧められるけど、食べたことはないな。一緒に頼んでみる?」
「はい」
桃を添えたパンケーキとミルクティーを頼むと、お義兄様はメニューを閉じようとする。そのメニューをわたくしはお義兄様に渡してもらった。
「次来るときのために、メニューを見ておきます」
「次も一緒に来ようか?」
「はい!」
メニューを見て、チョコレートのケーキや果物のタルトなどを確認していたわたくしは、自分が次のデートの約束をしていたことに気付かなかった。
運ばれてきたパンケーキは口の中に入れると溶けてしまうようなふわふわで、とても美味しかった。
パンケーキに桃を乗せて食べると更に美味しい。
「お義兄様、これ、とても美味しいです」
「厨房にパンケーキを作れるか聞いてみないといけないね」
「そうですね。お屋敷でも食べたいです」
美味しいパンケーキを堪能して、わたくしとお義兄様はカフェを出た。
カフェを出ると、わたくしは行きたいお店があった。
お義兄様にお願いすると、すぐに連れて行ってくれる。
わたくしが行きたかったのは文房具が売っているお店だった。
万年筆がほしかったのだ。
わたくしは普段は付けペンで文字を書いているが、最近は万年筆という便利なペンが学園でも流行るようになった。万年筆はインクを入れておけば、いちいちペンをインクに付けなくても書けるというのだ。
文房具を売っているお店で万年筆を探すと、なかなかいいお値段だった。
買うかどうか迷っていると、お義兄様が空色の軸の万年筆と、緑色の軸の万年筆を手に取った。
「アデリーとわたしで色違いにしようか?」
「いいのですか?」
「わたしも万年筆は気になっていた。アデリーと色違いだと思うと、勉強も捗りそうだ」
お義兄様にそう言ってもらえて、わたくしは万年筆を買う勇気を得た。
「これはわたくしが支払わせてください」
「それじゃ、お願いするよ」
わたくしが万年筆を二本買って、お義兄様の分はリボンをかけてもらって、お義兄様にプレゼントする。
「今日のお礼です。ありがとうございました」
「どういたしまして。アデリーのためならいつでもどこでも連れて行くよ」
お礼を言えばお義兄様は甘く砂糖を煮詰めたジャムのような笑みを浮かべていた。
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