3.ブランシュ嬢の敵意
夏休み前の試験では、わたくしは相当頑張った。
試験範囲を完璧に勉強していったし、解けない問題はお義兄様に聞いて復習もした。
試験の間、わたくしはお義兄様の声を思い出していた。
――アデリー、この問題にはこの公式を使えばいいよ。
はい! お義兄様!
――アデリー、ここは文法で確認したところだったよね。
そうでした! お義兄様!
心の中でお義兄様と会話しながら、問題を解いて行って、試験は無事に終わった。
試験の結果は、夏休み前の最後の日に貼り出される。
授業棟のホールの壁に貼り出された試験結果の二年生の分を見てわたくしは胸を撫で下ろしていた。
なんとか首席を保てたようだ。
二年生になってすぐのころまでの記憶しかなかったので、今回の試験からはわたくしの実力で挑んだのだが、何とかなってわたくしは胸を撫で下ろしていた。
試験結果が貼り出されるホールにはたくさんの生徒が来ている。
その中にはダヴィド殿下もマノンお姉様もいた。
「今回は負けましたね、ダヴィド殿下」
「それでも二点差ですからね。気を引き締めないと」
三年生はダヴィド殿下が首席で、マノンお姉様が二位だった。二人の成績を確認していると、わたくしにダヴィド殿下とマノンお姉様が話しかけてくる。
「アデライド、首席おめでとうございます」
「アデライド嬢はさすがですね」
「わたくしは、お義兄様に教えていただいてなんとか首席が取れただけです」
「二位との差もかなり開いていますよ」
「アデライド嬢の努力の結果ではないですか」
褒められてわたくしは誇らしく思いながら、ダヴィド殿下とマノンお姉様に頭を下げる。
「ありがとうございます、ダヴィド殿下、マノンお姉様。お二人も素晴らしい成績ではないですか」
「わたくし、数学の問題でミスをしてしまったのです。それがなければダヴィド殿下に勝っていたかもしれません」
「わたしもマノン嬢に追い付かれないように努力を続けないと」
勉強でもダヴィド殿下とマノンお姉様は仲良く競い合っている様子だった。
二年生と三年生の試験結果を確認していると、四年生の試験結果もちらりと見えてしまう。
上位十位以内の生徒が貼り出されるのだが、そこにはミレーヌ殿下の名前もブランシュ嬢の名前もなかった。
ミレーヌ殿下は転校して来てすぐだったので、まだ勉強が追い付いていないのだろう。王女殿下で英才教育は受けていたかもしれないが、隣国の勉強にはまだついていけていなくても仕方がない。ブランシュ嬢も成績はそれほど優秀ではないようだった。
四年生の成績順を見ていると、黒髪に黒い目の令嬢と目が合った。その隣には灰色の髪に水色の目のミレーヌ殿下と思しき生徒がいるので、その黒髪に黒い目の令嬢がブランシュ嬢なのだろう。
目が合ったので頭を下げると、露骨に視線を外されてしまう。
ミレーヌ殿下にもご挨拶をしておかなければいけないと思ったが、踵を返してホールから出て行ってしまった。
「アデライド嬢、どうしましたか?」
「いえ、ミレーヌ殿下をお見かけしたのでご挨拶をしようとしたら、気付かれなかったようです」
「ミレーヌ殿下がいらっしゃったのですね」
「隣にいた黒髪の方はブランシュ嬢、ですよね?」
「ブランシュ・バロー伯爵令嬢は黒髪に黒い目なので、そうだと思いますよ」
ダヴィド殿下が声をかけてきてくださったので、わたくしは確認する。彼女がブランシュ嬢で間違いないようだ。
気のせいかもしれないが、敵意のある目を向けられたのでわたくしは混乱していた。
「わたくし、ブランシュ嬢とお話したことがあったでしょうか?」
「どうでしょう。学年が離れていますからね」
「ブランシュ嬢がどうかしましたか、アデライド?」
「いえ、わたくしの気のせいだと思います」
ブランシュ嬢に敵意を向けられる理由がなかったので、わたくしはそれを気のせいだろうと思っていた。
試験結果が貼り出されると、学園は夏休みに入る。
わたくしは試験結果を受け取って、誇らしくバルテルミー公爵家のタウンハウスに戻った。お義父様は王宮で仕事をしているので、領地の仕事は他の者に任せていて、一年のほとんどを王都で過ごしている。
毎年夏休みに入ると、わたくしたちは領地に行っていた。
学園が夏休みに入る日は、お義父様とお義母様とお義兄様と家族全員で食事をした。
そのときに、わたくしもお義兄様も学園と王立アカデミーでの成績を報告した。
「わたくしはお義兄様が教えてくださったので、無事に首席を取ることができました」
「マクシミリアンもずっと首席だったが、アデライドもか。とても素晴らしいね」
「誇らしいですわ。アデライド、頑張りましたね」
わたくしが報告するとお義父様とお義母様が褒めてくださる。
「わたしもなんとか王立アカデミーの医学科で首席を取ることができました」
「さすがだな、マクシミリアン」
「王立アカデミーは特に優秀な生徒が集まっていると聞きました。頑張りましたね、マクシミリアン」
お義兄様も成績をお義父様とお義母様に伝えて、お褒めの言葉をもらっている。
お義兄様が王立アカデミーでも優秀な成績を修めているということがわたくしは自分のことのように誇らしかった。
「学園にはヴィクトル殿下の婚約者のミレーヌ殿下が転校してきたんだよね。アデリーはミレーヌ殿下にはお会いした?」
「お姿をお見かけしたことはありますが、学年が違うので言葉は交わしたことがありません」
「ミレーヌ殿下はアデリーと同じサロンには入らなかったの?」
「ミレーヌ殿下は、隣国との交易で交流のあったブランシュ・バロー伯爵令嬢のサロンに入られました」
わたくしがお義兄様に伝えると、お義兄様が少し考えるような素振りをした。
「ブランシュ・バロー伯爵令嬢……どこかで名前を聞いたことがあるような気がするんだけれど」
「お知り合いですか?」
「いや、会ったことはないと思う。王宮のお茶会で会っていたことはあるかもしれないが、親しく言葉は交わしたことがない」
「それならば、どこでお名前を聞いたのでしょうね」
ブランシュ嬢について、お義兄様は思い出せなかったが、何か引っかかることがあるようだった。
わたくしもブランシュ嬢について気になってはいたが、お義兄様が思い出せないのならば仕方がない。
「今年も夏休みにはバルテルミー公爵領に行こうと思っているのだが、マクシミリアンもアデライドも問題はないかな?」
「わたしは王立アカデミーの実習が入っている日があるので、その日を外してもらえば問題はないです」
「それでは、その日を教えてください」
夏休みの予定を聞かれて、お義兄様がお義父様とお義母様に答えている。
わたくしは何も問題がなかったので、「大丈夫です」と答えておいた。
夕食後、お義兄様はわたくしをテラスに誘った。
真夏で日中はかなり暑くなっていたが、夜には風が吹くと暑さを吹き飛ばしてくれる気がする。
テラスのテーブルに灯りを置いて、お義兄様とわたくしは向かい合って座る。侍女がわたくしとお義兄様にお茶をグラスに注いでくれた。
冷ましてあるお茶は、ミントの香りがして、飲むとすっと喉が涼しくなる気がする。
「アデリーは無事に首席を取れたようだね」
「そうなのです。お義兄様に教えてもらったおかげです。ありがとうございます」
お茶を飲みながらわたくしがお義兄様にお礼を言うと、お義兄様が小さく微笑む。
他の相手にはあまり表情を動かさないお義兄様だが、わたくしにはよく笑ってくれるようになった気がする。
「アデリーが首席を取り続けられるように、また教えてあげないと」
「また教えてくださいますか?」
「もちろんだよ。わたしのことを頼ってくれて嬉しいな」
微笑むお義兄様に、わたくしは頼ることでお義兄様を喜ばせられるならどれだけでも頼ろうと思う。お義兄様は小さなころからずっと優しくて紳士だ。
「お義兄様は、領地の町に出たことがありますか?」
「護衛付きだったけれど、出たことがあるよ」
「夏休みに領地に戻ったら、一緒にお出かけしませんか?」
わたくしは公爵令嬢という地位なので、出かけるのは危険があるということで王都の城下町にも、領地の町にも出かけたことがない。この年まで市井のことを全く知らないというのは世間知らずすぎるだろう。
そう思って提案すると、お義兄様がエメラルド色の目を少し見開いて驚いていた。
「アデリーからデートのお誘いを受けてしまった」
「で、デート!?」
「これは完璧なデートになるように計画を立てないと」
「お、お義兄様、そ、そういうつもりでは……」
「婚約者同士が出かけるんだからデートだよね? 異論は認めません」
「お義兄様!?」
悪戯っぽく笑ったお義兄様に、わたくしは大変なことを言ってしまったのではないかと思っていた。
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