28話~プリン講習会~
翌朝。
私はふかふかのベッドで目を覚ました。王城のベッドはすごい。体が沈む。前世で使っていた安物の布団とは比べ物にならない。これに慣れたら普通の宿のベッドに戻れなくなりそうで怖いなぁ。
「ご主人〜朝だよ〜」
「んぅ……シロちゃん、あと5分……」
「お肉食べに行く〜」
「起きます」
私はすぐに起き上がった。シロちゃんが人の姿で私の横に座っている。白い髪は少し寝癖がついていて、目はまだ眠そうだ。うん。朝からかわいい。神様、シロちゃんをありがとう。勝手に性別変えたことは許してないけど。
ユラちゃんとシュリちゃんはもう起きていた。二人とも王城の用意してくれた服に着替えている。すごく似合っている。危ない。朝から語彙力が消滅するところだった。
「お姉ちゃん。今日はプリンを教えるんだよね」
「そうなんだよねぇ……」
昨日の食後、流れで王城の菓子職人にプリンを教えることになった。いや、断るタイミングはあったはずだ。あったはずなんだけど、リリアーナ様の期待に満ちた目と、王様の「頼めるか?」という圧に負けた。権力と可愛さの合わせ技はずるい。
「妾も行くのじゃ!」
「アンちゃんはつまみ食いしないならね」
「……しないのじゃ」
「今の間は何?」
「気のせいなのじゃ」
絶対するやつだ。
朝食を食べた後、私たちはセレナさんに案内されて王城の厨房へ向かった。廊下を進むたびにメイドさんや兵士さんが頭を下げてくれる。なんか落ち着かない。私はただの元社畜だよ。そんな丁寧にされると逆に申し訳なくなる。
「ユウ様。本日はよろしくお願いいたします」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
厨房に入ると、そこには十人以上の料理人が待っていた。白い服を着た料理人たちが一斉にこちらを見る。すごい圧だ。しかも目が真剣だ。これは遊びじゃない。本気でプリンを学ぶ気だ。
「私は王城料理長のバルガスと申します。陛下より、ユウ様から新しい菓子の作り方を学ぶよう命じられております」
「ユウです。えっと、そんな大したものじゃないですけど、頑張ります」
料理長はがっしりした体格の男の人だった。顔は厳ついけど、料理人らしく手はとても綺麗だ。多分すごい人なんだろう。そんな人に前世知識のプリンを教える。うん。プレッシャーがすごい。
「まず材料は卵と牛乳と砂糖です。あとカラメル用に砂糖と少し水を使います」
「卵と牛乳……それだけで、あのようになめらかな菓子に?」
「なります。多分」
「多分……」
料理長の眉がぴくりと動いた。ごめんて。私は料理人じゃないんだよ。前世でネットを見ながら何となく作ってただけなんだよ。分量も感覚なんだよ。
「ユウ様。分量はどの程度でしょうか」
「えっと、卵がこれくらいで、牛乳がこのくらいで、砂糖は甘いくらいです」
「甘いくらい……」
料理人たちがざわつく。やめて。そんな目で見ないで。私は感覚派なんだ。いや、感覚派というより適当派だ。
「お姉ちゃん。ちゃんと教えないと」
「はい……」
ユラちゃんに注意された。お姉ちゃんの威厳がどんどん消えていく。
私は一度深呼吸して、なるべく丁寧に説明することにした。卵を割って混ぜる。砂糖を入れる。温めた牛乳を少しずつ入れる。濾す。器に入れる。蒸す。冷やす。カラメルは焦がしすぎると苦いから注意。うん。言葉にすると簡単だ。
「では、やってみます」
料理長が卵を割る。動きが綺麗だ。私より上手い。そりゃそうだ。プロだもんね。料理人たちは真剣な顔でメモを取っている。王城にメモ文化があるのかは知らないけど、板に何か書いている。すごい熱意だ。
『ご主人〜。これ食べていい〜?』
「シロちゃん、それ生卵だからだめ」
「妾はこの白い粉を舐めてみたいのじゃ」
「アンちゃん、それ砂糖だから少しだけね」
「少しだけなのじゃ」
少しだけと言いながら、アンちゃんは手を伸ばした。私はその手を掴む。危ない。厨房で自由にさせると食材が消える。
「お姉様。妾は味見係なのじゃ」
「味見係は完成してからね」
「むぅ……」
アンちゃんは不満そうに頬を膨らませた。かわいいけどだめなものはだめだ。
最初の問題はカラメルだった。料理長は砂糖を鍋に入れ、火にかける。じわじわと溶けて茶色くなっていく。良い感じだ。良い感じだったのだが、横から若い料理人が口を出した。
「料理長、もっと火を強めましょう。時間短縮になります」
「そうだな」
あ。
「待っ――」
私が止める前に火が強くなった。次の瞬間、甘い香りが一気に焦げた匂いへ変わる。鍋の中のカラメルは黒くなっていった。
「黒いですね」
「黒いね」
『お肉焼けた匂い〜?』
「シロちゃん違うよ」
料理長は黒くなったカラメルを見て固まっていた。若い料理人も青ざめている。王城の厨房で焦がすとか、普通なら結構まずいのかもしれない。
「す、申し訳ありません」
「大丈夫です。カラメルは焦げやすいので、最初はよくあることです」
「ユウ様も焦がされたことが?」
「あります。真っ黒になりました」
前世の記憶がよみがえる。鍋を焦がして洗うのが大変だったなぁ。あの時は一人暮らしで、焦げた匂いの中で虚無になっていた。今思うと悲しい生活だね。
「焦げたものは苦すぎるので作り直しましょう」
「承知しました」
二回目は火を弱め、ゆっくり作った。今度は綺麗な琥珀色になった。料理人たちが「おぉ」と声を漏らす。いや、そんな大げさなものじゃないよ。砂糖を焦がしただけだよ。
次はプリン液を器に入れて蒸す工程だ。ここでまた問題が起きた。
「強火で一気に蒸せばよろしいですか?」
「だめです。弱めでゆっくりです。強いとすが入ります」
「す?」
「なんか穴だらけになります」
「穴だらけ……」
料理人たちは真剣に頷く。私は説明しながら、自分が先生みたいになっていることに少し笑いそうになった。前世では仕事でミスして怒られてばかりだった私が、王城の料理人にプリンを教えている。人生何があるか分からないね。一回死んでるけど。
蒸している間、厨房には甘い匂いが広がった。リリアーナ様も途中で様子を見に来た。もちろんセレナさん付きだ。
「ユウ様! プリンはできましたの?」
「今蒸してます」
「待ち遠しいですわ……」
「姫様。厨房で走らないでください」
「走っていませんわ。少し急いだだけです」
「それを走ると言います」
セレナさんのツッコミが鋭い。リリアーナ様はシロちゃんを見つけると、すぐに表情を明るくした。猫好きの反応速度がすごい。
「白き王様もプリンを待っていらっしゃるのですか?」
『シロはお肉も待ってる〜』
「すぐに用意させますわ!」
「シロちゃん。王女様を使わないの」
『は〜い』
危ない。シロちゃんが王女様をお肉係にしてしまうところだった。いや、もう半分なってるかもしれない。
しばらくしてプリンが蒸し上がった。まだ熱いので冷やさないといけない。王城には氷の魔道具があるらしく、冷やすのは早かった。便利だなぁ。私も家に欲しい。お風呂も作ってるし、次は冷蔵庫かな。
完成したプリンを皿に出す。ぷるんと揺れた。成功だ。料理人たちが息を飲む。リリアーナ様は目を輝かせている。アンちゃんはよだれを垂らしそうになっている。
「では、味見をお願いします」
「まずは毒見を」
「あ、そうでした」
王族相手だと毎回毒見が入る。大変だね。毒見役の人が一口食べる。そして目を見開いた。
「……問題ありません」
「今ちょっと嬉しそうでしたね?」
「問題ありません」
真顔に戻った。プロだ。
リリアーナ様、料理長、料理人たちにもプリンが配られた。もちろんユラちゃん達にも渡す。シロちゃんには少しだけだ。猫ちゃんに甘いものを食べさせすぎるのは良くない気がする。シロちゃんが普通の猫かどうかは怪しいけど。
「美味しいですわ!」
「これは……なるほど。卵の固まり方を利用しているのか」
「なめらかさが重要ですね」
「カラメルの苦味が甘さを引き立てています」
料理人たちが一斉に分析を始めた。すごい。プロっぽい。私はただ美味しいなぁとしか思っていない。これが料理人と素人の差か。
「ユウ様。この菓子は王城の正式な献立に加えたい」
「え、私に許可を取るんですか?」
「当然です。教えを受けたものを勝手に扱うわけにはまいりません」
料理長は真面目な顔で言った。異世界の料理人、思ったより律儀だ。私は少し考えた。プリンは私だけのものじゃないし、前世の知識だ。独占する気もない。けど、広めすぎると面倒なことになりそうな気もする。
「王城で出す分には大丈夫です。ただ、外で商売する時は一度相談してください」
「承知しました」
よし。これでいきなりプリン屋をやらされることはないはず。多分。
「ユウ様! 素晴らしいですわ! これで毎日プリンが食べられますわ!」
「毎日は太りますよ」
「……毎日は控えますわ」
リリアーナ様が少ししょんぼりした。かわいい。けど健康は大事だよ。甘いものばかり食べると虫歯とか怖いしね。この世界に歯医者あるのかな。無かったら地獄だよ。
てってれ~実績を解除しました『甘味革命』(王城に新しい甘味を伝える)。スキルを開放します。
……来た。
久しぶりの実績解除だ。しかも名前が不穏だ。甘味革命って何。革命しちゃだめでしょ。王城で革命とか字面が危ない。
スキル『温度調整』を獲得。
効果
触れている物の温度を任意に調整できる。ただし生物には使用不可。
「え、便利」
思わず声に出た。これ、冷蔵庫いらないじゃん。料理にも使えるし、お風呂のお湯加減も調整できる。熱すぎるスープも冷ませる。夏に飲み物冷やせる。神スキルだ。
「ユウ様?」
「あ、すみません。ちょっと便利なことができるようになりました」
「便利なこと……?」
料理長が首を傾げる。私は試しに熱いお茶の入ったカップに触れ、飲みやすい温度をイメージした。湯気が少し落ち着く。飲んでみると丁度いい。
「おぉ」
「温度を変えました」
「ユウ様。ぜひ厨房に……」
「働きません」
危ない。王城の厨房に就職させられるところだった。私は働きたくない。前世で十分働いた。今世は猫ちゃんとまったり生きるんだ。
「ご主人〜。お肉冷たい〜」
「あ、温めるね」
私はシロちゃんのお皿にある肉を温めた。シロちゃんは嬉しそうに食べる。アンちゃんは自分のプリンを冷たくしてほしいと言ってきた。ユラちゃんとシュリちゃんも冷たいお茶に喜んでいる。うん。このスキルめっちゃ生活向きだ。最高じゃないか。
こうしてプリン講習会は無事に終わった。最初はどうなることかと思ったけど、料理人たちは優秀だし、プリンも成功したし、新しいスキルまで手に入った。結果だけ見れば大勝利だね。
ただ、厨房を出る時に料理人たちが「次は焼き菓子を」「冷たい菓子も」「あの温度の力を使えば新しい料理が」と話しているのが聞こえた。嫌な予感しかしない。
部屋に戻ると、私はソファーに倒れ込んだ。シロちゃんが私のお腹に乗り、アンちゃんが隣でプリンを食べ、ユラちゃんとシュリちゃんは王城の庭に行きたいと相談している。リリアーナ様はまた後で遊びに来るらしい。レオン様も訓練に誘いに来る気がする。
「王城生活、忙しすぎない?」
『楽しいよ〜』
「妾はプリンがあれば満足なのじゃ」
「お姉ちゃん。午後は少し休む?」
「休みたい。すごく休みたい」
そう言った瞬間、扉がノックされた。
嫌な予感がする。
「ユウ様。陛下がお呼びです」
セレナさんの声だった。
……休ませて?




