29話~王様からのお願い~
「ユウ様。陛下がお呼びです」
セレナさんの声を聞いた瞬間、私はソファーに沈み込んだ。ついさっきプリン講習会を終えて帰ってきたばかりだ。厨房では料理人さんたちの熱意に押され、リリアーナ様にはプリンの追加を期待され、シロちゃんにはお肉を温めさせられ、アンちゃんにはプリンを冷やさせられた。新しく手に入れた温度調整スキル、便利すぎるけど酷使される未来しか見えない。
「……休ませて?」
「申し訳ありません。陛下より、可能であればすぐにとのことです」
「可能じゃなかったら?」
「可能にしてください」
「セレナさん結構強引だね!?」
セレナさんは無表情のまま小さく頭を下げた。クール系メイドさんに淡々と押し切られると、なんか逆らいにくい。前世の上司の圧とは違うけど、これはこれで強い。
「ご主人〜行くの〜?」
「行かないとだめっぽいね」
「お肉ある〜?」
「王様のところには多分ないかな」
「じゃあシロ寝てる〜」
「シロちゃんも来て。白き王関係かもしれないし」
『え〜』
シロちゃんは私のお腹の上でぐでっと伸びた。かわいい。けど動いてほしい。私はシロちゃんを抱き上げる。人の姿だと重いので猫の姿になってもらった。白い猫ちゃんを抱っこするだけで心が回復する。猫ちゃんは偉大だ。
「ユラちゃん達はどうする?」
「ユラは行く」
「シュリも行く!」
「妾も行くのじゃ。王とやらの頼みを聞いてやるのじゃ」
「アンちゃん、王様の前でそれ言わないでね」
アンちゃんは本当に言いそうだから怖い。元クイーンアントの女王様だから、王様相手でも全然気にしないのだ。いや、気にして。人間社会では色々と面倒なことになるからね。
私たちはセレナさんに案内されて、王様のいる部屋へ向かった。今度は謁見の間ではなく、少し小さめの部屋らしい。小さめと言っても、普通の家よりはずっと広いんだろうけど。王城基準は信用できない。
案内された部屋には、王様とゴリラスさん、それから何人かの文官さんがいた。大きな机の上には地図が広げられている。うわぁ。これは絶対に面倒な話だ。地図が出てくる時点でスローライフから遠い匂いがする。
「来たか、ユウ」
「来ました。休憩時間はどこかに落ちてませんでした」
「はっはっは。すまんな」
「笑い事じゃないですよぉ」
王様は豪快に笑っている。気さくな人ではあるんだけど、王様なので気さくだからといって油断していい相手ではない。前世でいうところの社長が笑いながら仕事を振ってくる感じだ。逃げ場がない分たちが悪い。
「それで、私に何の用でしょうか?」
「うむ。まずはプリンとやら、実に美味であった。王妃もリリアーナも大層気に入っておる」
「それはよかったです」
「厨房の者たちも興奮しておったぞ」
「それは少し怖いです」
料理人さん達の目、完全に研究者のそれだったからね。次に厨房に行ったら、別のお菓子も教えろと言われそうだ。私はお菓子職人じゃないんだよ。元社畜だよ。いや、元社畜だからこそ雑な自炊スキルはあるけど。
「菓子の話もしたいところだが、本題は別だ」
「ですよねぇ」
王様は机の上の地図を指さした。王都から少し離れた森のあたりに印がついている。そこは私たちが王都へ向かう途中で狼型の魔物と出会ったあたりに近い気がする。
「王都近郊の森で、魔物の動きが変わっている。人を襲う件数は減っているが、逆に森の奥へ何かが集まっているとの報告がある」
「白き王の噂と関係あります?」
「可能性が高い」
王様の視線がシロちゃんに向く。シロちゃんは私の腕の中で欠伸をしていた。白き王、完全に眠そうである。
『シロ何もしてないよ〜』
「何もしてないらしいです」
「だが、魔物たちは白き王の名を口にしていると聞く。そなたは魔物の言葉が分かるのだったな」
「はい。動物も魔物も大体分かります」
改めて言うと便利すぎる能力だ。最初は猫ちゃんと話せるだけかと思ったけど、今では魔物との交渉にも使えている。女神様、そこも感謝してもいい。性別を勝手に変えたことは許してないけど。大事なことなので何度でも心の中で言う。
「そこで頼みがある。森の様子を見てきてほしい」
「やっぱりそう来ますよね」
私は思わずため息をついた。王城に滞在して、プリンを教えて、ふかふかベッドで休んで、少しだけお城の生活を楽しむ予定だったのに、もう森の調査である。スローライフとは何だったのか。
「軍を出すほどではない。だが放置するには気になる。そなたなら魔物と話せる上、白き王もいる。適任だ」
「断ったら?」
「無理にとは言わん」
「本当ですか?」
「ただ、リリアーナが白き王と共に森へ行きたいと言い出すかもしれんな」
「受けます」
即答した。あのお姫様なら本当に言いかねない。猫ちゃん絡みの行動力が高すぎるからね。王女様を森に連れて行くくらいなら、私たちだけで行った方が百倍ましだ。
ゴリラスさんが小さく笑った。今ちょっと誘導された気がする。王様怖い。やっぱり権力者は怖い。
「報酬は出す。調査だけなら金貨十枚。原因の解決まで行えば追加で支払う」
「お金はそんなに困ってないんですけどね」
『シロのお金いっぱいある〜』
「シロちゃん、それ言わないで」
文官さん達が少しざわついた。やばい。シロちゃんの国家予算級アイテムボックスがまたバレる。いや、もう色々バレている気もするけど、必要以上に目立つのは良くない。今さら? うん。今さらだね。
「報酬が不要なら、別の形でも構わんぞ」
「別の形?」
「王都の屋敷に風呂を増設する許可や、必要な職人の手配などだ」
「やります」
私はまた即答した。風呂は大事。とても大事。家が増えるなら風呂も必要だ。王都の屋敷にも快適なお風呂を作れたら最高じゃないか。お金よりも生活環境。これぞスローライフへの投資である。
「ユウ殿は扱いやすいな」
「ゴリラスさん。今ちょっと失礼でしたよ」
「事実だ」
「否定できないのが悔しい」
ユラちゃんが私の服を小さく引っ張った。
「お姉ちゃん。森に行くの?」
「うん。危なくなさそうならね。もし危なかったらすぐ帰る」
「ユラも行く」
「シュリも!」
「妾も行くのじゃ。魔物の集まりなど妾が見てやるのじゃ」
『シロも行く〜。森にお肉ある〜?』
全員やる気だった。いや、シュリちゃんは危ないから置いていきたい気持ちもある。でも王城に一人で置くのも不安だし、リリアーナ様と一緒なら別の意味で心配だ。猫好き王女に悪意はないけど、シロちゃん関係で暴走しそうだし。
「シュリちゃんは危なかったら私の後ろにいること。ユラちゃんも無理しないこと。アンちゃんは勝手に突っ込まないこと。シロちゃんは手加減を覚えること」
『手加減むずかしい〜』
「そこ一番大事だよ?」
王様とゴリラスさんが苦笑いしている。文官さん達は少し引いている。分かるよ。私も引いてる。
「出発は明日で良い。今日は王城で休むといい」
「本当ですか!?」
「さすがに今すぐ行けとは言わん」
「よかったぁ……」
私は心の底から安心した。やっと休める。王様の呼び出しから森の調査に繋がったけど、出発が明日ならまだ許せる。今日はふかふかベッドとお風呂を堪能するんだ。絶対に堪能するんだ。
「それと、リリアーナとレオンにはこちらから説明しておく」
「ありがとうございます」
「ただし、二人とも同行したいと言うだろうな」
「止めてください。全力で」
「努力しよう」
「そこは断言して!?」
王様が笑う。これは信用できない。王族の努力しようは怖い。前世の上司の「善処する」と同じ匂いがする。だいたい何も解決しないやつだ。
話が終わり、私たちは部屋を出た。廊下を歩きながら、私は大きく伸びをする。セレナさんが「お疲れ様です」と言ってくれた。優しい。クールだけど優しい。メイドさんポイント高いね。
「ユウ様。午後はご予定がなければ、庭園をご案内できますが」
「庭園! いいですね」
「お姉ちゃん。休むんじゃなかったの?」
「庭園散歩は休憩みたいなものだから」
「そうかな……」
ユラちゃんの視線が少し厳しい。けど王城の庭園だよ? 絶対綺麗だよ? せっかく来たなら見たいじゃん。あと、ユラちゃんとシュリちゃんに綺麗な景色を見せたい。これは本当。私の趣味だけじゃないよ。多分。
「では、少しだけご案内いたします」
「お願いします!」
王城の庭園はすごかった。花が色とりどりに咲いていて、噴水があり、小さな東屋まである。手入れが行き届いていて、どこを見ても絵になる。前世の公園とは違う。いや、公園も好きだったけど、これは完全に貴族の庭だ。
「きれい……」
「ほんとだね」
「ゆう姉ちゃん。あの花、変な形してる」
「ほんとだ。星みたいだね」
「妾はあっちの赤い実が気になるのじゃ」
「勝手に食べちゃだめ」
『ご主人〜虫いる〜』
シロちゃんが指さした先には、綺麗な蝶のような虫が飛んでいた。羽が透明で、光に当たると虹色に見える。虫は苦手だけど、これは少し綺麗だ。
庭園を歩いていると、少し離れた場所に小さな温室のような建物が見えた。ガラス張りで、中には植物がたくさんあるようだ。
「あれは何ですか?」
「薬草園です。王城で使う薬草や珍しい植物を育てています」
「薬草……」
薬草と聞いて少し懐かしくなった。最初に受けた依頼が薬草採取だったなぁ。シロちゃんが取りすぎて周辺の薬草を壊滅させたけど。あれ、今思い返してもやりすぎだったね。
「見てもいいですか?」
「構いませんが、触れる場合は担当者に確認を取ります」
「見るだけで大丈夫です」
温室の中は暖かく、独特の草の匂いがした。棚には見たことのない植物が並び、札がついている。薬草、毒消し草、魔力回復草。いろいろある。これは冒険者として少し勉強した方がいいかもしれない。
「お姉ちゃん。この草、前に取ったのに似てる」
「あ、モヨギっぽいね」
「こちらは上級モヨギです。通常のものより薬効が高く、栽培が難しい薬草です」
「へぇ。上位種みたいなのがあるんだ」
私は興味本位で上級モヨギを眺めた。葉っぱは普通のモヨギより少し濃い緑で、表面がうっすら光っている。いかにも薬草ですって感じだ。
その時、シロちゃんが温室の奥を見た。
『ご主人〜。あっち、変な匂いする〜』
「変な匂い?」
『うん〜。森と同じ匂い〜』
森と同じ匂い。
私は思わずセレナさんを見る。セレナさんの表情は変わらないけど、少しだけ目が鋭くなった気がした。
「奥には何があるんですか?」
「最近、森から運ばれた薬草が保管されています。調査用に採取されたものです」
「それ、見てもいいですか?」
セレナさんは少し考えた後、頷いた。温室の奥にある棚へ案内される。そこには黒っぽい葉を持つ植物が、土ごと鉢に入れられていた。見た目はただの草だけど、なんとなく嫌な感じがする。こういう勘は大事だ。異世界に来てから何度か痛い目を見て学んだ。
『これ、変〜』
「シロちゃんが変って言うなら変だね」
「ユウ様。この薬草が何か?」
「まだ分からないです。でも、明日の森の調査と関係あるかもしれません」
私は黒っぽい葉に触れないように近づく。すると、急に頭の中に小さな声が響いた。
『……たすけて』
私は固まった。
今の声、誰?
「お姉ちゃん?」
「ご主人〜?」
みんなが私を見る。私は黒い葉をじっと見つめた。
『たすけて……森が、くるしい……』
また聞こえた。
どうやら明日の森の調査は、思ったより面倒なことになりそうだ。




