27話~シロちゃんの手加減~
「では訓練場へ行きましょう!」
レオン様は木剣を握りしめて、今にも走り出しそうな勢いだった。王子様ってもっと落ち着いていて、紅茶を飲みながら優雅に微笑む存在だと思っていたけど、目の前の王子様は完全に戦いたくて仕方ない少年だ。いや、これはこれで王子様っぽいのかもしれない。勇者に憧れるタイプのやつだ。
「レオン。ユウ様方は王城に来たばかりですのよ。少しは休ませるべきですわ」
「ですが姉上! 白き王と戦える機会など滅多にありません!」
「戦う前提なのがおかしいですわ!」
リリアーナ様がまともなことを言っている。猫ちゃんを前にした時はだいぶ危うかったけど、弟相手だとしっかりお姉ちゃんらしい。なんか微笑ましいなぁ。ユラちゃんとシュリちゃんも、姉弟喧嘩を興味深そうに見ている。
「ユウ様。申し訳ありません。レオン様は昔から強い者を見るとすぐに挑もうとする癖がありまして」
「セレナさんも大変ですね」
「慣れております」
セレナさんは淡々と言った。慣れているのか。王城メイドって思ったより大変そうだ。お茶を淹れて優雅に立ってるだけの仕事じゃないんだね。前世の私はメイド喫茶のイメージしかなかったから反省だ。
『ご主人〜。シロ戦うの〜?』
「うーん。怪我させない程度ならいいけど、本当に怪我させちゃだめだよ?」
『わかった〜。そっとやる〜』
「そっとね。本当にそっとだよ?」
私は念押しした。シロちゃんのそっとは信用できない。前に武器を粉々にした時も、多分本人は軽くやったつもりだったはずだ。猫パンチで人が壁にめり込む世界。手加減とは何かを考えさせられるね。
「白き王様! 僕は全力で参ります!」
『いいよ〜』
「シロちゃん、だめだからね? 相手は王子様だからね?」
『わかってるよ〜』
返事は可愛い。返事だけは本当に可愛い。私は不安を抱えながら、レオン様に連れられて訓練場へ向かった。
王城の訓練場はとても広かった。地面は固められた土で、周りには木剣や槍、盾などが綺麗に並べられている。何人かの騎士が訓練していたが、レオン様が入ってくると一斉に動きを止めた。その視線がこちらに集まる。やめて。注目されるのはまだ慣れない。
「殿下。またですか」
「またとはなんですか! 今日は特別です。白き王と模擬戦をします!」
「白き王……?」
騎士の人たちがシロちゃんを見る。今のシロちゃんは白い猫の姿で、私の腕の中から眠そうに周囲を眺めているだけだ。どう見てもただの可愛い猫ちゃんだ。まぁ、見た目だけならね。
「ユウ殿。本当にやるのか?」
「あ、ゴリラスさん」
「ゴリラスだ。……いや、今は合っているな」
「私も成長してるんですよ」
「名前を覚えただけで誇るな」
ゴリラスさんが訓練場の端から歩いてきた。どうやら護衛としてついてきていたらしい。王城の人って大変だね。私はゴリラスさんに、シロちゃんが手加減すること、危なくなったら止めることを説明した。
「手加減できるのか?」
「多分」
「多分で王子を相手にするな」
「ですよねぇ」
正論だった。けどレオン様はもうやる気満々で、木剣を構えている。ここでやめようと言っても聞きそうにない。こういう子は一回痛い目を見ないと止まらないのかもしれない。いや、王子様に痛い目を見せたら普通にまずいんだけど。
「では、僕から参ります!」
レオン様が駆け出した。思ったより速い。年齢は幼いのに、動きはしっかり訓練されたものだ。木剣を両手で握り、真っ直ぐシロちゃんに向かってくる。その姿だけ見れば、将来有望な王子様って感じだ。
『にゃ〜』
シロちゃんは地面にちょこんと座ったまま、前足を軽く上げた。レオン様の木剣が振り下ろされる直前、シロちゃんの肉球が木剣の腹に触れる。
パァン!
木剣が粉々になった。
「……」
「……」
「……」
訓練場が静まり返る。レオン様は柄だけになった木剣を握ったまま固まっていた。私は頭を抱えた。だから言ったじゃん。そっとって言ったじゃん。
『ご主人〜。剣だけにしたよ〜』
「うん。偉い。偉いけど、もう少し優しくね」
『むずかしい〜』
シロちゃんは困った顔で尻尾を揺らす。いや、可愛いけどね。可愛いけども。
「す、すごい……」
レオン様は震えていた。怖がっているのかと思ったが、違った。目がキラキラしている。むしろ興奮している。だめだこの子。完全に強者に憧れるタイプだ。
「もう一度お願いします!」
「レオン様!?」
「今ので分かりました。白き王は僕を傷つけず、武器だけを破壊した。なんという精密な技術……!」
違うと思う。多分シロちゃんは「王子様を叩いたらダメだから剣だけにしよ〜」くらいの感覚だ。技術と言えば技術だけど、そんな武人みたいな考えではないと思う。
「殿下。続けるなら盾を持ってください」
「はい!」
ゴリラスさんが予備の木剣と盾を渡す。止めないんだ。いや、王子様の性格を分かったうえで、ちゃんと管理するつもりなのかな。大人だ。私はユラちゃん達と訓練場の端に移動する。
「お姉ちゃん。シロちゃん大丈夫かな」
「シロちゃんは大丈夫だけど、レオン様が大丈夫かな」
「白き王様は強いですわね……」
リリアーナ様はうっとりしていた。猫好きの目と尊敬の目が混ざっている。シロちゃん、王族人気すごいな。白き王の名前がどんどん広まっていきそうで怖い。
次の勝負が始まった。レオン様は盾を前に構えて、慎重に距離を詰める。さっきよりも動きが良い。ちゃんと学習している。シロちゃんは座ったまま尻尾を揺らしている。温度差がすごい。
「はああああ!」
レオン様が踏み込み、盾でシロちゃんの視界を隠しながら木剣を横に振る。おぉ、子供なのにちゃんとしてる。私は素直に感心した。
『にゃ』
シロちゃんが前足をちょんと出した。木剣が砕け、盾に小さな肉球の跡がついた。レオン様はそのまま勢いを失って尻もちをつく。怪我はない。怪我はないけど、精神的にはどうなんだろう。
「負けました……」
「レオン様、大丈夫ですか?」
「はい! 最高です!」
最高なんだ。
レオン様は満面の笑みだった。負けて喜ぶタイプかぁ。強くなる人ってこういう感じなのかな。私は痛いの嫌だから負けたら普通に落ち込むけどね。
「白き王様! 僕を弟子にしてください!」
『でし〜?』
「レオン!?」
リリアーナ様が叫ぶ。ゴリラスさんが頭を抱える。セレナさんの眉がほんの少しだけ動いた。多分、すごく困っている。
「レオン様。シロちゃんは猫なので、人間に剣を教えるのは難しいと思います」
「ですが、この身のこなし、武器だけを破壊する精密さ、相手を傷つけない慈悲。学ぶべきことしかありません!」
『ご主人〜。シロ先生〜?』
「シロちゃんが先生かぁ……」
想像してみる。シロ先生。授業内容はお肉の食べ方、よく寝る方法、かわいく甘える技術。戦闘はついで。うん、だめだ。レオン様が猫ちゃん化してしまう。
「弟子は難しいけど、滞在中に少しだけ模擬戦を見るくらいならいいかな」
「本当ですか!?」
「ただし、ゴリラスさんとセレナさんの許可がある時だけね。あと怪我しない範囲」
「分かりました!」
レオン様は嬉しそうに頷いた。ゴリラスさんは私を見てため息をついた。え、私悪くないよね? むしろ丸く収めたよね?
「ユウ殿は厄介ごとを呼ぶな」
「私もそう思い始めました」
否定できないのが悲しい。私はスローライフ希望者なのに、どうしてこうもイベントが発生するのだろうか。女神様が見て笑っている気がする。いつか会ったら文句を言いたい。
模擬戦が終わると、騎士の人たちがシロちゃんに興味を持ち始めた。遠巻きに見ているだけならいいのだが、何人かは明らかに戦いたそうな顔をしている。やめて。王子様だけで十分だよ。
「白き王殿と一手お願いできないだろうか」
「駄目です」
「まだ何も言い終わっていないのだが」
「駄目です」
私は即答した。騎士まで相手にしていたらキリがない。シロちゃんが本気を出したら訓練場が壊れる可能性がある。というか多分壊れる。
『ご主人〜。お腹すいた〜』
「そうだね。そろそろお昼かな」
「白き王様のお食事はこちらで用意しますわ!」
リリアーナ様がすぐに反応した。シロちゃんのお世話をしたくて仕方ないらしい。王女様に餌付けされる猫ちゃん。字面だけ見るとすごい。
「姫様。白き王様だけではなく、ユウ様方のお食事も手配しております」
「もちろんですわ! 皆様には王城自慢の料理を召し上がっていただきますの!」
王城自慢の料理。なんて魅力的な言葉なんだ。シロちゃんもアンちゃんも目を輝かせている。ユラちゃんとシュリちゃんも少し嬉しそうだ。私もかなり楽しみだ。前世のコンビニ弁当生活から考えると、王城の料理なんて夢のようである。
私たちは訓練場を出て、食堂へ案内された。食堂と言っても、ギルドの食堂とは全く違う。広い部屋に長いテーブル。白いクロス。銀色の食器。窓から見える庭。完全に貴族の食卓だ。座るだけで緊張する。
「お姉ちゃん。ここで食べていいの?」
「た、多分いいよ。案内されたし」
「妾はここが良いのじゃ!」
アンちゃんは一番ふかふかそうな椅子に座ろうとする。セレナさんが自然な動きで椅子を引いてくれた。メイドさんすごい。私も座ろうとしたら、別のメイドさんが椅子を引いてくれた。なんか緊張する。自分で座れますって言いたくなる。
料理が運ばれてきた。焼いた肉、魚の香草焼き、白いパン、綺麗なスープ、色とりどりの野菜。見た目がすごい。香りもすごい。語彙力がなくなるくらいすごい。
『ご主人〜お肉〜』
「待って。まずはいただきますしてからね」
『いただきます〜』
「早い」
シロちゃんは人の姿になって、肉に手を伸ばした。周りのメイドさんが一瞬固まる。そういえば王城の人たちはシロちゃんが人の姿になれることを知らなかったのかもしれない。あ、やば。
「白き王様が……人に……」
「シロちゃんは特別なので」
「特別……」
セレナさんはそう呟いて、すぐに仕事へ戻った。受け入れが早い。優秀すぎる。王城メイドのメンタルは強いね。
料理はとても美味しかった。肉は柔らかく、スープは深い味がして、パンはふわふわだった。王城すごい。毎日これを食べたら舌が肥えてしまう。帰ってから普通の食事に戻れるかな。いや、私にはアイテムボックスと変身スキルがあるから何とかなるか。
「ご主人〜これ美味しい〜」
「妾は甘いものが食べたいのじゃ」
「アンちゃん、まだお昼の料理食べてる途中だよ」
「甘いものは別腹なのじゃ!」
「その言葉どこで覚えたの?」
多分私だ。余計なことを教えてしまった。
食事の終盤、リリアーナ様が楽しそうに話しかけてきた。シロちゃんの好きな食べ物、毛並みの手入れ、普段どこで寝ているのか。質問が全部シロちゃん関係だ。徹底している。
「白き王様は毎日ユウ様と眠るのですか?」
「はい。だいたい私のお腹のあたりで丸くなってます」
「羨ましいですわ……」
「姉上。僕は白き王様と訓練したいです」
「あなたは訓練ばかりですわね」
「姉上は猫ばかりではありませんか」
「白き王様は猫ではなく白き王様ですわ!」
『シロはシロだよ〜』
シロちゃんが肉を食べながら言った。かわいい。王女様と王子様が何を言っても、本人はいつも通りだ。そこがシロちゃんらしい。
食後にはデザートが出た。果物を使ったタルトのようなものと、ふわふわした焼き菓子だ。アンちゃんが目を輝かせ、シュリちゃんも嬉しそうにしている。ユラちゃんは上品に少しずつ食べていた。偉い。お姉ちゃんは普通に一口が大きくなりそうで怖い。
「ユウ様のプリンも素晴らしかったですが、王城の菓子もなかなかでしょう?」
「はい。すごく美味しいです」
「では、明日は王城の菓子職人にプリンを教えてくださいませ」
「へ?」
リリアーナ様がにこにこしている。今、自然にすごいこと言わなかった? 王城の菓子職人に教える? 私が? プリンを?
「姫様。それは陛下の許可が必要です」
「お父様なら喜びますわ」
「それは否定できません」
セレナさんが少しだけ困った顔をした。王様もプリンを気に入っていたし、確かに許可は出そうだ。やばい。プリン事業から逃げたはずなのに、王城の厨房に引きずり込まれそうになっている。
「ユウ殿。諦めた方が早いぞ」
「ゴリラスさん、助けてくれないんですか?」
「王家が絡む菓子の熱意は止められん」
なんてこった。王城での敵は魔物ではなく甘いものだった。
こうして、模擬戦は無事に終わったが、今度はプリン講習会が決定しそうになった。王子様はシロちゃんの弟子になりたがり、王女様はシロちゃんを撫でたがり、王様はプリンに興味を持っている。王城生活、初日から濃すぎる。
部屋に戻る頃には、私はすっかり疲れていた。ふかふかのソファーに倒れ込むと、シロちゃんが私のお腹の上に乗って丸くなる。重い。でも安心する。ユラちゃんとシュリちゃんは大きなベッドを見て楽しそうに相談している。アンちゃんはデザートのおかわりを要求していた。
「スローライフってなんだっけ」
『お肉食べること〜?』
「多分違うかな」
私は天井を見上げながらため息をついた。




