26話~王城生活初日~
謁見が終わった私たちは、メイドさんに案内されて客室へ向かっていた。王城の廊下はどこを歩いてもピカピカで、壁に飾ってある絵も高そうだ。前世の私なら一生縁がない場所だろう。いや、前世どころか今世でも普通に縁がないはずなんだけどね。
「ユウ様。こちらのお部屋をお使いください」
「ありがとうございます」
メイドさんが扉を開ける。そこには、私が今まで泊まったどの宿よりも広い部屋があった。大きなベッドがいくつも並んでいて、ふかふかそうなソファーと机、窓の外には綺麗な庭まで見える。うん。完全に貴族の部屋だ。
「……広いね」
「うん」
「妾の部屋にふさわしいのじゃ!」
『ベッドふかふか〜』
シロちゃんは私の腕から抜け出して、真っ先にベッドへ飛び込んだ。ぽふんと沈み込む白い猫。かわいい。ユラちゃんとシュリちゃんも目を輝かせている。こういう反応を見ると、連れてきてよかったなぁと思う。
「こちらは控えの間と浴室もございます。御用がありましたら、そちらのベルを鳴らしてください」
「浴室……?」
私は反応した。王城のお風呂。つまり高級風呂。これは確認せねばなるまい。私はメイドさんに案内される前に浴室へ向かった。部屋の奥にある扉を開けると、白い石で出来た大きなお風呂があった。湯船も広い。壁も綺麗。なんかいい匂いもする。
「これは……勝ったな」
「お姉ちゃん?」
「ユラちゃん。王城すごいよ。お風呂がちゃんとしてる」
「そこなの?」
そこだよ。お風呂は大事だよ。私はこの世界に来てからお風呂のありがたみを再確認したのだ。ご飯とお風呂と猫ちゃんは生活の三種の神器だね。異論は認めるけど私は曲げない。
「ユウ様。お湯の準備はすぐにできますが、先にお着替えをなさいますか?」
「えっと、王様に会うのは終わったので、このままで大丈夫です」
「承知しました」
メイドさんは綺麗なお辞儀をして部屋を出ていった。所作が美しい。あれが本物のメイドさんか。私の中の何かが満たされていく。いや、変な意味じゃないよ。ロマンだよロマン。
「お姉ちゃん。また変な顔してる」
「してないよ!?」
『ご主人〜変だった〜』
「シロちゃんまで!?」
最近、身内からの扱いが雑になってきた気がする。お姉ちゃん悲しい。でもみんな可愛いから許す。私はソファーに座り、アイテムボックスからクッキーを出した。王城にいるのに自前のお菓子を出すのはどうかと思うけど、落ち着くためには甘いものが必要なのだ。
「ゆう姉ちゃん。この部屋に泊まっていいの?」
「いいみたいだよ。王様が泊まっていいって言ってたし」
「すごい……」
「シュリちゃんも好きなベッド使っていいよ」
「ほんと!?」
「うん。でもシロちゃんが真ん中のベッド取ってるからそれ以外ね」
シロちゃんは真ん中の一番大きいベッドで丸くなっていた。完全に王様である。白き王の名に恥じない堂々とした占領っぷりだ。いや、ただ眠いだけかもしれないけど。
しばらく部屋で休んでいると、扉がノックされた。
「失礼しますわ!」
返事をする前にリリアーナ様が入ってきた。後ろにはさっきの銀髪メイドさんがいる。メイドさんの表情は変わらないが、少しだけ疲れている気がする。苦労してるんだろうなぁ。
「姫様。入室の際は返事を待つようにと」
「待っていたら白き王様が寝てしまいますわ!」
「もう寝ています」
「ならば寝顔を拝見するのですわ!」
リリアーナ様はまっすぐシロちゃんのいるベッドへ向かった。行動力がすごい。王女様なのに猫ちゃんの前ではただの猫好きだ。気持ちは分かる。
『ん〜?』
「白き王様。お休みのところ失礼いたしますわ」
『お肉〜?』
「お肉もご用意できますわ!」
『起きる〜』
シロちゃんが起きた。お肉の力は王女様の礼儀より強いらしい。リリアーナ様はとても嬉しそうだ。シロちゃんを撫でたくて仕方ない顔をしている。
「シロちゃん。優しくならいい?」
『いいよ〜』
「リリアーナ様。優しくならいいそうです」
「ありがとうございますわ!」
リリアーナ様は丁寧にシロちゃんを撫で始めた。最初は遠慮がちだったけど、だんだん慣れてきたのか表情がゆるゆるになっていく。王女様としてそれでいいのかは分からないけど、猫ちゃんを撫でてる時なんてみんなこんなものだよね。
「ふわふわですわ……。これが白き王様の御毛並み……」
「シロちゃんは本当に触り心地いいですからね」
「ユウ様は毎日触っているのですか?」
「はい。寝る時も一緒です」
「羨ましいですわ!」
すごい圧だ。王女様の羨望が突き刺さる。これはあれだね。猫好きの前で猫と暮らしてる話をするとこうなるやつだ。前世でも猫を飼ってる同僚が写真を見せびらかしてきた時、私も似たような顔をしていた気がする。
「ところでユウ様」
「はい」
「プリンはまだありますの?」
来た。やっぱり来た。王女様の本命はシロちゃんとプリンだったのかもしれない。私はアイテムボックスからプリンを取り出した。念のため多めに作っておいてよかった。
「ありますよ」
「まぁ!」
「ユラちゃん達も食べる?」
「うん」
「シュリも食べたい!」
「妾の分もあるのじゃろうな?」
『シロも〜』
結局、全員でプリンを食べることになった。メイドさんにも渡そうとしたら、最初は断られたが、リリアーナ様が「命令ですわ」と言ったので受け取ってくれた。なんかごめんね。
「……美味しいです」
「メイドさんも甘いもの好きですか?」
「嫌いではありません」
「名前聞いてもいいですか?」
「セレナと申します」
「セレナさんですね。よろしくお願いします」
セレナさんは静かに頭を下げた。クール系メイドさん。良い。非常に良い。王城は人材が豊富だね。美幼女に猫好き王女にクールメイド。これは王城生活、思ったより楽しいかもしれない。
「お姉ちゃん」
「ご主人〜」
「お姉様」
「ゆう姉ちゃん」
また視線が来た。だから何もしてないって。心でちょっと思っただけだよ。心の中くらい自由にさせてほしい。
プリンを食べ終わる頃には、部屋の空気がすっかり緩んでいた。リリアーナ様はシロちゃんを撫で、アンちゃんは追加のプリンを要求し、ユラちゃんとシュリちゃんは庭を見ながら楽しそうに話している。私はそれを見ながらお茶を飲んでいた。あれ、これ普通にスローライフっぽくない? 王城だけど。
そう思った瞬間、廊下の方から慌ただしい足音が聞こえた。扉の前で誰かが止まる。そしてノックもなしに扉が勢いよく開いた。
「姉上! 白き王とは本当にいるのですか!?」
入ってきたのは、リリアーナ様より少し年下くらいの男の子だった。金髪で、顔立ちは整っている。王子様だろうか。けど、なぜか手には木剣を持っていて、目がキラキラしている。嫌な予感がする。
「レオン! また訓練を抜け出しましたの!?」
「そんなことより白き王です! どこですか!?」
「そんなことではありませんわ!」
姉弟喧嘩が始まった。王族も普通に喧嘩するんだね。ちょっと安心した。いや、安心してる場合ではない。レオンと呼ばれた男の子は部屋の中を見回し、シロちゃんを見つけた瞬間に目を輝かせた。
「あなたが白き王ですか! 僕と勝負してください!」
部屋の空気が止まった。
シロちゃんはプリンの器に顔を突っ込んだまま、ゆっくりと顔を上げる。口元にプリンがついている。かわいい。白き王というより、ただの甘いものを食べた猫ちゃんだ。
『勝負〜?』
「はい! 僕は強くなりたいのです! 白き王と戦えば、きっと強くなれます!」
この子、とんでもない方向の子だ。王女様が猫好きなら、王子様は戦闘狂の卵かもしれない。私は頭を抱えたくなった。どうして王城に来てまで穏やかに過ごせないのかな。
「レオン様。シロちゃんは強すぎるので危ないですよ」
「強いならなおさらです!」
「いや、そういうことじゃなくてね」
レオン様はやる気満々だ。リリアーナ様は呆れている。セレナさんは無表情だけど、たぶん困っている。ユラちゃんとシュリちゃんは私の後ろに隠れ、アンちゃんは「面白そうなのじゃ」と言っている。面白くないよ。
私はシロちゃんを見る。シロちゃんは首を傾げていた。
『ご主人〜どうする〜?』
「うーん。怪我させない程度なら……」
その瞬間、レオン様の顔がぱあっと明るくなった。しまった。言質を取られた。
「ありがとうございます! では訓練場へ行きましょう!」
「今から!?」
「はい!」
「プリン食べたばかりなんだけど!?」
「腹ごなしです!」
腹ごなしで白き王に挑む王子様。前世の私なら絶対に関わりたくないタイプだ。でも目がまっすぐで悪い子ではなさそうだ。困った。悪い子じゃない面倒な子が一番対応に困るんだよね。
こうして、王城生活初日は優雅なお茶会で終わるはずだったのに、なぜか王子様との模擬戦をすることになった。
王女様は猫好き。王子様は戦闘好き。王城の人達は思ったより個性が強い。
スローライフからまた一歩遠ざかった気がするけど、シロちゃんはプリンで満足そうだし、ユラちゃんとシュリちゃんも少し楽しそうだ。
まぁ、怪我しない程度ならいいか。
この時の私はまだ知らなかった。
シロちゃんの「怪我させない程度」が、人間基準では全然優しくないということを。




