25話~お姫様と白き王~
「あなたが白い猫を連れた冒険者ですの!?」
廊下の向こうから走ってきた金髪の女の子は、私たちの目の前で急停止した。ふわふわしたドレスに、綺麗に整えられた髪。年齢はユラちゃんと同じくらいかな。いや、少し上かもしれない。どちらにせよ可愛い。
お姫様だ。多分。
この世界に来てから可愛い女の子との遭遇率が高い気がする。女神様、そこだけは感謝してもいいかもしれない。いや、勝手に性別変えたことは許してないけどね。
「姫様! 走ってはいけませんと何度も申し上げております!」
後ろからメイドさんが息を切らしながら追いついてきた。黒と白のメイド服。綺麗な銀色の髪を後ろでまとめていて、いかにも仕事ができそうなお姉さんだ。メイドさんもかわいい。王城すごいな。
「だって、白い猫を連れた冒険者が来たと聞いたのですもの!」
「それでも王女としての振る舞いがございます」
「今は王女ではなく、ただの猫好きですわ!」
猫好き。
この子とは仲良くなれそうだ。
私は抱っこしていたシロちゃんを見る。シロちゃんは眠そうに目を細めていた。今からこの子が王族にモフられる未来が見える。シロちゃんは気まぐれだから大丈夫かな。
「えっと、こんにちは。ユウと言います」
「わたくしはリリアーナ・フォン・アルベルトですわ! この国の第一王女ですの!」
やっぱりお姫様だった。
私は急いで頭を下げる。ユラちゃんとシュリちゃんも慌てて頭を下げた。アンちゃんだけは腕を組んで堂々としている。元女王だからなのか、王女相手でも全く物怖じしていない。いや、そこは合わせてほしい。
「お初にお目にかかります。ユウです。こちらがユラちゃんで、こっちがシュリちゃん。この子がシロちゃんで、あっちはアンちゃんです」
『シロだよ~』
「妾はアンなのじゃ!」
「しゃ、喋りましたわ!?」
リリアーナ様は目を丸くした。メイドさんとゴリラスさんも固まっている。あ、やば。アンちゃんが普通に喋るのを隠すつもりだったのに、完全に忘れていた。最近、身内が増えすぎて常識の線引きが曖昧になっている。
「えっと、アンちゃんは特別な子なので……」
「白い猫だけではなく、幼い少女まで特別なのですわね!」
「まぁ、そんな感じです」
説明を諦めた。
こういう時は細かく話すと余計にややこしくなる。私の経験上そうだ。前世でも上司に言い訳をすると余計に怒られたしね。いや、今回は言い訳じゃないけど。
「それで、その白い猫が白き王なのですの?」
「白き王?」
リリアーナ様が目を輝かせながらシロちゃんを見る。シロちゃんは「白き王」という響きが気に入っているのか、私の腕の中で少し胸を張った。猫の姿で胸を張るのかわいいな。
「最近、王都近くの森に住む魔物たちが騒いでいると報告がありましたの。白き王に逆らうな、白き王の連れには手を出すな、と」
「あー……」
さっきの狼たちかな。
いや、それだけじゃないかもしれない。シロちゃんが今まで倒した魔物や、仲良くした魔物が噂を広げている可能性もある。猫ちゃんネットワークならぬ魔物ネットワークだ。怖い。
『シロ王様~?』
「えらいえらい。王様なら悪いことしちゃだめだからね」
『わかった~』
私はシロちゃんの頭を撫でる。リリアーナ様の視線が痛い。めちゃくちゃ撫でたそうな顔をしている。手がうずうずしている。分かるよ。その気持ち。目の前にモフモフがいたら撫でたいよね。
「シロちゃん。撫でられてもいい?」
『やさしくならいいよ~』
「優しくならいいそうです」
「よろしいのですか!?」
リリアーナ様はぱあっと顔を明るくした。かわいい。お姫様スマイルの破壊力すごいね。これが王族の力か。
私はそっとシロちゃんを床に下ろす。リリアーナ様は膝をついて、恐る恐るシロちゃんの頭を撫でた。
「ふわ……ふわですわ……」
リリアーナ様の顔がとろけた。
分かる。シロちゃんの毛並みは凶器だ。手触りが良すぎる。お金持ちの絨毯とか高級毛布とか、そんなものでは比べ物にならない。これが神様からのプレゼントか。猫好きの女神様、グッジョブ。
「姫様。陛下がお待ちです」
「あと少しだけですわ」
「姫様」
「……わかりましたわ」
リリアーナ様は名残惜しそうにシロちゃんから手を離した。シロちゃんは満足そうに尻尾を揺らしている。ちやほやされるのが嫌いではないらしい。
「ユウ様、陛下の間へご案内いたします」
「はい。よろしくお願いします」
メイドさんに案内され、私たちは長い廊下を歩く。王城の中はどこを見ても綺麗だった。壁には絵画が飾られていて、窓から差し込む光が床に反射している。歩くだけで靴音が響くから、変に緊張してしまう。
ユラちゃんは私の服の裾を小さく掴んでいる。シュリちゃんも少し緊張しているようで、視線をあちこちに向けていた。アンちゃんはまるで自分の城を歩いているかのように堂々としている。シロちゃんは私に抱っこされて欠伸をしている。
うん。不安しかない。
大きな扉の前で止まる。扉の横には兵士が二人立っていた。ゴリラスさんが一歩前に出る。
「Sランク冒険者ユウ一行をお連れしました」
「入れ」
中から低い声が聞こえた。
扉がゆっくりと開く。広い部屋の奥に、王様らしき人が座っていた。金色の椅子。赤い絨毯。左右には騎士や文官らしき人たちが並んでいる。うわぁ、本格的だ。完全に謁見イベントだよこれ。
王様は四十代くらいに見える。金色の髪に立派な髭。体格もよく、ただ座っているだけなのに威圧感がある。横には王妃様らしき綺麗な女性も座っていた。リリアーナ様はその近くに移動して、まだシロちゃんを見ている。
私は赤い絨毯の上を進み、指定された場所で止まった。
こういう時どうすればいいんだっけ。
片膝つくの? 頭下げるの? 土下座? いや、土下座は違うか。
前世で王様に会うマナーなんて習ってない。社会人研修でも名刺交換と電話対応しかやってないよ。王様対応マニュアルも配ってくれ。
迷っていると、隣のユラちゃんが小さく膝を折った。シュリちゃんも真似する。私は慌てて同じようにした。アンちゃんは仁王立ちしている。
「アンちゃん」
「む? 妾も膝を折るのか?」
「一応ね」
「仕方ないのじゃ」
アンちゃんは不満げに膝を折った。王様相手に仕方ないって言える度胸すごい。
「面を上げよ」
王様の声が響く。私はゆっくり顔を上げた。
「そなたがユウか。クイーンアントを討伐し、Sランクとなった冒険者。そして白き王を連れる者」
「はい。ユウです。えっと、よろしくお願いします」
やばい。めちゃくちゃ普通の挨拶をしてしまった。
周りの文官らしき人が少しざわつく。ゴリラスさんが額に手を当てている。ごめんて。私、礼儀作法知らないんだって。
王様は一瞬きょとんとした後、豪快に笑った。
「はっはっは! なるほど。噂通り変わった娘だ」
「すみません。田舎者なので作法が分からなくて」
「よい。堅苦しいのは好かん。普通に話せ」
「助かります!」
よかった。王様いい人かもしれない。いや、油断は禁物だけどね。権力者は怖いからね。
「まずは礼を言う。クイーンアントの討伐により、近隣の村々への被害は大きく減った。そなたらが動かなければ、軍を出す必要があっただろう」
「いえ、成り行きというか、アンちゃんを助けたかっただけというか」
「そのアンとやらが、元クイーンアントだと聞いているが」
「そうなのじゃ! 妾は偉いのじゃ!」
アンちゃんが胸を張る。部屋の中が一瞬静まり返った。文官たちがざわざわし始める。そりゃそうだよね。討伐対象だったクイーンアントが少女になって王様の前で喋ってるんだもん。私でも混乱する。
「害はないのか?」
「ありません。アンちゃんは甘いものが好きなだけの子です」
「妾はプリンが好きなのじゃ!」
「……プリン?」
王様が首を傾げる。
やばい。プリンの布教チャンスだ。
私はアイテムボックスから小さな器に入れたプリンを取り出した。王様の前でいきなり食べ物を出すのはどうかと思ったけど、出してしまったものは仕方ない。
「これがプリンです。甘くて美味しいです」
「ほう。見たことのない菓子だな」
メイドさんが慌てて毒見役らしき人を呼ぶ。そりゃそうか。王様にいきなり謎の食べ物を渡すのはまずいよね。前世でも知らない人から食べ物貰ったらダメって習うし。
毒見役の人がプリンを一口食べる。
「……うまい」
小さく呟いた。
めちゃくちゃ素の声だった。少し笑いそうになったけど我慢した。
問題ないと判断されたのか、王様と王妃様、リリアーナ様にもプリンが配られる。ついでにゴリラスさんにも渡した。ゴリラスさんは戸惑っていたが、受け取ってくれた。
「これは……なめらかで甘いですわ!」
「まぁ、本当に美味しいわね」
「うむ。これは良い」
王族にプリンが認められた。
てってれ~。実績解除『王族の胃袋を掴んだ者』とか出ないかな。出たら嫌だな。いや、スキルが貰えるなら欲しいかも。
しかし何も起きなかった。ちょっと残念。
「ユウよ。この菓子はどこで買える?」
「今のところ私が作ってます」
「売る予定は?」
「まだないです」
王様の目が少し商人みたいになった。やばい。これは面倒な流れかもしれない。私はスローライフがしたいのであって、王都でプリン事業を始めたいわけではない。
「陛下。ユウさんは冒険者です。急に商売の話を持ちかけるのはどうかと」
ゴリラスさんが助け舟を出してくれた。ありがとうゴリラスさん。名前間違えてごめん。心の中でだけだけど。
「そうだな。今は本題を先に済ませるべきか」
王様は少し表情を引き締めた。
空気が変わった。さっきまでプリンで和んでいたのに、急に謁見らしくなる。私は背筋を伸ばした。ユラちゃんも私の隣で少し緊張している。シュリちゃんは静かにしているが、手をぎゅっと握っていた。大丈夫だよ。何かあったらシロちゃんがいるからね。
「ユウ。そなたをSランク冒険者として正式に認め、王国より褒賞を与える」
「ありがとうございます」
「金貨五百枚、王都における屋敷一つ、そして王国貴族に準ずる通行権を与える」
……ん?
今なんて?
金貨五百枚?
屋敷?
貴族に準ずる通行権?
待って待って。情報量が多い。私は家を貰ったばかりなんだけど。今度は王都に屋敷? 家が増える。固定資産税とかあるのかな。いや、この世界に固定資産税あるのか知らないけど。
「えっと、屋敷ですか?」
「不満か?」
「いえ、すごくありがたいんですけど、掃除が大変そうだなって」
「そこか」
王様がまた笑った。文官さん達も苦笑いしている。だって大事でしょ掃除。広い家は憧れるけど、管理が大変なんだよ。前世のワンルームですら掃除サボってたのに。
「管理人と使用人も手配する。必要なければ断っても良い」
「使用人……メイドさん……」
思わずメイドさんを見る。
銀髪メイドさんが無表情でこちらを見ていた。いや、違うんです。変な意味じゃないです。ただメイドさんってロマンがあるなぁって思っただけです。
「お姉ちゃん」
「ご主人〜」
「お姉様」
「ゆう姉ちゃん」
また視線が刺さる。
だからまだ何もしてないって!
「ありがたく頂戴します」
「うむ。後ほど書類を渡そう」
なんかすごいことになってきた。私はただ猫ちゃんとスローライフしたかっただけなのに、家が増えて、王様に会って、屋敷まで貰うことになった。スローライフとはいったい。
「それと、もう一つ頼みがある」
王様がこちらを見る。
頼み。
嫌な予感がする。
こういう時の頼みは大体面倒ごとだ。前世で上司が「ちょっと頼みがあるんだけど」と言う時は、確実に定時で帰れない案件だった。私はその言葉に何度も殺された。いや、最後は電車だったけど。
「わ、私にできることなら」
「リリアーナが、そなたの白い猫に強い興味を持っている。しばらく王城に滞在し、交流してはくれぬか?」
私はリリアーナ様を見る。
リリアーナ様は期待に満ちた目でシロちゃんを見ている。シロちゃんは私の腕の中で首を傾げた。
『ご主人〜お城にお肉ある〜?』
「あると思うよ」
『じゃあ泊まる〜』
決定が早い。
「ユラちゃん達はどう?」
「お姉ちゃんと一緒なら」
「シュリも泊まってみたい!」
「妾は甘いものがあればよいのじゃ!」
みんな乗り気だった。
まぁ、王城に泊まるなんてなかなかできない体験だ。安全面も多分大丈夫だろう。多分。いや、王城で危険があるならどこでも危険だしね。
「分かりました。数日でよければ滞在します」
「そうか! リリアーナも喜ぶだろう」
「ありがとうございますわ! 白き王様!」
リリアーナ様がシロちゃんに向かって頭を下げる。
シロちゃんは得意げに鳴いた。
『にゃ~』
王女が猫に頭を下げる光景。すごいものを見てしまった。文官さん達がまたざわついている。ゴリラスさんは諦めたような顔をしていた。
こうして私たちは、王城に数日滞在することになった。
豪華な部屋。
王族との交流。
お姫様と白き王。
そして多分、美味しいご飯。
スローライフから遠ざかっている気がするけど、まぁ楽しそうだからいっか。
この時の私はまだ知らなかった。
王城での生活が、想像以上に面倒くさくて、想像以上に甘いものだらけで、そしてまた一人、とんでもない子と出会うことになるなんて。




